6 / 30
第6話 心のざわめき
しおりを挟む
必要な物資を買い込み、予定も立てた所で今日はひとまず終了。万全の状態にするべく、ルチルとクレインは家で身体を休めるのであった。
「あだっ! っつー……」
「きつく巻きすぎたかな? 次は気をつけるね」
「次がないように努力するけどな……」
1日が過ぎ去ろうとしている所で、ルチルはクレインの包帯を交換してあげていた。服はすっかり脱いでもらって、直接患部に薬を塗り込んでいく。
「わっと、とととっ」
「ん、炎が邪魔になってるのか」
「いや燃えたりするわけじゃないから大丈夫だけど……」
「でも傷口が見えづらいんだろ? ふぅん!」
クレインが大きく息を吸い込むと、彼の背中から放出されていた炎が次第に収まっていく。
「え、炎って格納できるんだ。初めて知った」
「できるにはできるが、これ水中で息止めてんのと同じ感覚だからな。ずっと入れてんと体温が上がってきて、むず痒くなってくんだわ」
「そっか、じゃあぱぱっと終わらせないとね」
クレインの厚意に感謝しつつ、ルチルは手短に交換を済ませていく。どうやら彼の治療をしていくにつれ慣れてきた様子。
「なあルチル、お前は炎人についてどれぐらい知ってるんだ?」
「んー……そんなに詳しくないよ。自分の意志で炎に命令できるとか、それぐらい」
このことはニーナに教えてもらった。炎人の出す炎は、基本的には装飾品なので、触れたとしても何も起こらない。そのため服を着ても引火することはないし、風呂に入っても消えない。本人にだけ感じられる熱のみを有しているのだ。
しかし炎を持つ者が『燃やす』という意思を送った時、初めて炎はその機能を果たすのだという。
「ま、そんな感じだな。この炎の仕組みってのは」
「そっちはどんな感覚なの? わたし見ての通りの始人だから、想像つかないんだよね」
「う~むむこれまた口で説明すんのがむずいんだが……こう、ぶわーっと燃え上がる感じ?」
「表現力が乏しすぎる、一切想像できない」
「うるせー! おれはケンカはつえーけど語彙力は爆散してんだよ!」
「よくある男の子の典型って感じですな~。それでいいのか皇子様」
「いいんだよ難しいことは頭いいのに任せておけば!」
「スヴァーダ帝国の明日はどっちだ……!」
雑談に興じながら、治療はあっという間に終わる。あとは寝るだけとなった矢先に――
「ふっ……ははは!」
「んっ?」
クレインは突然笑い出した。
「……どうしたの急に。思い出し笑い?」
「いやちげーよ。お前と話していると楽しいなって」
「楽しい? 本当に?」
「本当だとも。おれの周囲には同年代の女子ってそんなにいねえからよ~」
肩をごりごり回しながら、クレインはぼやくように話す。
「一応姉貴がいるけど、ほとんど城空けてるし。だからみーんなおれより年齢が上なんだよ」
「まずは世話係だろ。それから城の使用人。あと教育係のババア。そんでもって……おふくろだ!」
ルチルの耳がぴくっと動いた。彼女の心の波打ち際に押し寄せていた感情が、それを境に一気に引いていく。
「……お母さん、いるの?」
「いるぜいるぜ。これがやかましいのなんのありゃしねえ」
「……そうなんだ」
「おれが何かする度突っかかってきやがってよ~。もうおれは甘やかされる年頃じゃねーっつぅの!」
「……」
「飯作るのはまだいい、でも下着のサイズまで確認するやつがあるか!? 仮にも皇帝陛下の妻に当たる立場なんだからよ、んな庶民的なことよりもっとやるべきことがあるだろっつーか……」
「……ルチル?」
急に声がしなくなったので、クレインはベッドの方を向く。ルチルは横になっていて、彼に背中を向けていた。
「……話していたら眠くなっちゃったの。だからもうおやすみ」
「あ、ああおやすみ。でもよ、ルチルと話していると楽しいのは事実だからな!」
「それはもうわかったよ……」
程なくしてクレインの寝息が聞こえる。寝相を見るのは2回目であるが、やはり四肢が布団から飛び出した悪い寝相であった。
目を閉じて寝たふりをしていたルチルは、またしてもそんな彼の寝相を見守っている。
「……ごめんね。本当に、ごめんね……」
彼の寝顔に向けて言いたいことはあったが、口にしなかったしできなかった。
大きい感情が雫に変わる前にルチルはナイトテーブルに手を伸ばす。
そこにあった物体を2つ、ルチルは両手で包み込むようにして抱きしめた。片方は昨日子守唄を聴いた貝殻である。
そしてもう片方は、卵が2つほど丸々入りそうな大きさの瓶であった。中には植物や木の実が多数入っており、さながら一つの森のよう。
その中央には、この世の物とは思えない白をした、人の手では決して作れないような形の宝石が置かれている。
(なんで……なんでこんなにも、悲しいの。クレインはお母さんのこと、話してくれただけじゃない……)
(それなのにわたしは……わたしはどうして……)
貝殻と同様に、瓶も母から受け継がれたもの。もちろん先祖代々という点も同様だ。
故にこれには多くの人の思いが込められており、その分だけルチルにとっても宝物だ。
だから今度の冒険には、置いていこうと思っていた。万が一危機に瀕した場合に、失いたくないから。
しかし今クレインと話してみて、持っていくことを決めた。もしも冒険の途中で感情が耐えられなくなってしまったら、抑え込む手段はこれしかない。
まして彼と相談して決めたルートでは、あのヤルンヴィドの近くを通る。3年ぶりに接近して何が起こるのか、ルチル自身もわからないのだ――
さて、睡眠には感情を整理し落ち着かせる効果がある。翌日にもなると、ルチルの気持ちはすっかり整理され、引き締まった気持ちで準備に取り組むことができていた。
「なんだそのでっかいバッグは……」
「これに色々入れていくに決まってんでしょ。ふふーん」
ルチルは滑車と取っ手が付いた四角いバッグを手に、どや顔をクレインに決める。
「倉庫に眠っていたのを頑張って引っ張り出しました!」
「あー、努力は認めるんだが。そんな量持ってたら、緊急時に対応できんのか?」
「え゛っ」
思わぬ指摘にぎょっとするルチル。
「そんな大仰な荷物持っていくのは、旅行屋がパッケージしたツアーに行く時ぐらいだぜ。今回は何があるかわかんねーから……お前がいつも下げている、あのポシェットぐらいで十分だ」
「ええ……そしたらお腹空かない……?」
「パンパンに詰めとけ。そして町とかに着いたら補給してくんだよ」
「んじゃ昨日の買い物には何の意味が……」
「張り切りすぎていたな。はは、これもいい経験じゃねーか?」
慣れたように話すクレインだが、実は彼も本格的な旅はこれが初めてである。
「あとは服のポケットに入れておいたりとかな。旅行者用の服って、そういうのがいっぱい付いてんだよ。おれそれに着替えてーから、今日は服屋に行かね?」
「ん……それは賛成。わたしも別に行きたいお店があるんだ。多分、クレインの準備もそこでできると思うよ」
「おれにも関係ある店? へえ、どんなのなんだか」
朝食を済ませて、ルチルはクレインと町に出る。万が一蒼い炎がバレてしまったら大変なので、クレインには元から着ていた服の上から、さらに全身をすっぽり覆うローブに身を包んでもらうことに。
「ああー、あぢーよ、あづいあづい」
「ごめんね、わたしのお願い聞いてもらっちゃって。もうすぐ到着するからね」
「結構歩いてきたが……もうすぐか」
そこは大通りから入ってくる、裏路地とも呼べる場所。こういった所にはその道のプロしか知らないような、隠れた名店があるものだ。
「ここでーす、『ノワールのよろず屋』。服脱いでいいよ、こんにちはー」
「んん……んんっ? な、なんだこの店は?」
クレインが驚くのも無理はない。そこは鍛冶屋にあるような武器や鎧に加えて、魔道具店でしか見かけない杖やローブも取り揃えられていたのだ。
「はいよーっ、いらっしゃい。おっ!? 誰かと思えばルチルちゃんじゃねえか!?」
「おじいさんこんにちは。この人は鍛冶職人なんだよ、クレイン」
「へえ……こんにちは」
ローブを脱いだ汗だくの顔で、お辞儀をするクレイン。教え込まれたような美しい礼だった。
そして脱いですぐに背中から炎が飛び出す。おじいさんはそれを受けたのか、もっと驚いた様子で叫ぶ。
「……ばあさん! 大変だ!! ルチルちゃんが男連れてる!!!」
「ちょっ!?」
「誤解するようなこと言うなクソジジイ!!」
「かーっ!? なんだお前、初対面の爺さんに向かってジジイとは!! 教育がなってないようじゃな!?」
「いやおめーが突然変なこと言うのが悪いんじゃねーか!!」
「……なんだいうるさいね、こっちは魔道具の修繕で忙し……ってあら?」
「おばあさんこんにちは。えーと……えーとぉ」
「ちょっとあんた!! ルチルちゃんが困ってるじゃないかスカタン!!」
会計口の奥から出てきた、皺が目立つ女性。おじいさんは彼女から盛大にぶっ叩かれる。
「うげえーっ! でもよぉばあさん、男だぞ!? ルチルちゃんが男連れてきたんだぞ!?」
「あんた今日は奥に籠ってずっと武器作ってな……!!!」
「わ、それは困ります。おじいさんには相談したいことがあるんです。こっちの男の子についてなんですけど」
「は?」
突然話題の中心に連行された上に、必然的にこの老人と話さないといけないことを察し、困惑するクレイン。
「彼は斧を扱うんですけど、それがなくなっちゃって。新しいのを見繕っていただければなーと」
「はぁ~~~!? ルチルちゃんが男の為に武器の相談だとぉ!? ばあさんこれは!!!」
「一々口立てるなぁー!!! 早く営業せんかいボケェ!!!」
「んげーっ!!!」
おじいさんはおばあさんに背中をビシバシ叩かれ、武器の販売スペースに移動させられた。
「さっ、あとは二人で話しておいで。武器だけじゃなくって、服の相談にも乗ってくれると思うよ。武器を買う人は大抵が冒険者だから、服も一緒に買うことが多いんだって」
「へぇ……それに加えて魔道具も取り扱ってんだろ? 本当の意味でよろず屋なんだな」
感心しつつクレインはおじいさんの所に向かう。
この店はよろず屋の名が示す通り、武具と魔道具の双方を取り扱っている。主人のおじいさんが武具担当で、おばあさんが魔道具担当。魔法をよく扱うルチルは、おばあさんに用事があった。
「あとすみません、実は赤い鈴を切らしちゃって。新しいのいただけますか?」
「ああ、それでやってきたのかい? 少し待ってなさい」
カウンターの奥に引っ込むおばあさん。2分後には、ご指名通りの赤い鈴を手に戻ってきた。
「一昨日できたばかりの新品さ。しかし旅行先だと、上手く発揮するかどうかは微妙だがねえ」
「え……わたしが旅行に行くって話、どこから」
「町中で話題になってるさ。あの『春風の魔法少女』が、1ヶ月も仕事を休んで旅行だって」
「ふへえ~……壁に目と耳がいっぱい張り付いてるぅ~……」
とほほと落ち込むルチル。自分の影響力がいか程かを実感するのであった。
「ま、私は何をしようが気にしないけどさ。そんな間旅行に行くってんなら、魔法関連の道具も買っといた方がいいんじゃないかい?」
「んー……じゃあ『ルーンポーション』3つと、『魔法布』ください」
「あいよ。『精神石』は?」
「必要ないです」
「……そうかい」
おばあさんに連れられ、ルチルは魔道具の販売スペースに向かう。その間クレインとおじいさんが、斧を前に会話に熱中している様子を横目で見るのだった。
「あだっ! っつー……」
「きつく巻きすぎたかな? 次は気をつけるね」
「次がないように努力するけどな……」
1日が過ぎ去ろうとしている所で、ルチルはクレインの包帯を交換してあげていた。服はすっかり脱いでもらって、直接患部に薬を塗り込んでいく。
「わっと、とととっ」
「ん、炎が邪魔になってるのか」
「いや燃えたりするわけじゃないから大丈夫だけど……」
「でも傷口が見えづらいんだろ? ふぅん!」
クレインが大きく息を吸い込むと、彼の背中から放出されていた炎が次第に収まっていく。
「え、炎って格納できるんだ。初めて知った」
「できるにはできるが、これ水中で息止めてんのと同じ感覚だからな。ずっと入れてんと体温が上がってきて、むず痒くなってくんだわ」
「そっか、じゃあぱぱっと終わらせないとね」
クレインの厚意に感謝しつつ、ルチルは手短に交換を済ませていく。どうやら彼の治療をしていくにつれ慣れてきた様子。
「なあルチル、お前は炎人についてどれぐらい知ってるんだ?」
「んー……そんなに詳しくないよ。自分の意志で炎に命令できるとか、それぐらい」
このことはニーナに教えてもらった。炎人の出す炎は、基本的には装飾品なので、触れたとしても何も起こらない。そのため服を着ても引火することはないし、風呂に入っても消えない。本人にだけ感じられる熱のみを有しているのだ。
しかし炎を持つ者が『燃やす』という意思を送った時、初めて炎はその機能を果たすのだという。
「ま、そんな感じだな。この炎の仕組みってのは」
「そっちはどんな感覚なの? わたし見ての通りの始人だから、想像つかないんだよね」
「う~むむこれまた口で説明すんのがむずいんだが……こう、ぶわーっと燃え上がる感じ?」
「表現力が乏しすぎる、一切想像できない」
「うるせー! おれはケンカはつえーけど語彙力は爆散してんだよ!」
「よくある男の子の典型って感じですな~。それでいいのか皇子様」
「いいんだよ難しいことは頭いいのに任せておけば!」
「スヴァーダ帝国の明日はどっちだ……!」
雑談に興じながら、治療はあっという間に終わる。あとは寝るだけとなった矢先に――
「ふっ……ははは!」
「んっ?」
クレインは突然笑い出した。
「……どうしたの急に。思い出し笑い?」
「いやちげーよ。お前と話していると楽しいなって」
「楽しい? 本当に?」
「本当だとも。おれの周囲には同年代の女子ってそんなにいねえからよ~」
肩をごりごり回しながら、クレインはぼやくように話す。
「一応姉貴がいるけど、ほとんど城空けてるし。だからみーんなおれより年齢が上なんだよ」
「まずは世話係だろ。それから城の使用人。あと教育係のババア。そんでもって……おふくろだ!」
ルチルの耳がぴくっと動いた。彼女の心の波打ち際に押し寄せていた感情が、それを境に一気に引いていく。
「……お母さん、いるの?」
「いるぜいるぜ。これがやかましいのなんのありゃしねえ」
「……そうなんだ」
「おれが何かする度突っかかってきやがってよ~。もうおれは甘やかされる年頃じゃねーっつぅの!」
「……」
「飯作るのはまだいい、でも下着のサイズまで確認するやつがあるか!? 仮にも皇帝陛下の妻に当たる立場なんだからよ、んな庶民的なことよりもっとやるべきことがあるだろっつーか……」
「……ルチル?」
急に声がしなくなったので、クレインはベッドの方を向く。ルチルは横になっていて、彼に背中を向けていた。
「……話していたら眠くなっちゃったの。だからもうおやすみ」
「あ、ああおやすみ。でもよ、ルチルと話していると楽しいのは事実だからな!」
「それはもうわかったよ……」
程なくしてクレインの寝息が聞こえる。寝相を見るのは2回目であるが、やはり四肢が布団から飛び出した悪い寝相であった。
目を閉じて寝たふりをしていたルチルは、またしてもそんな彼の寝相を見守っている。
「……ごめんね。本当に、ごめんね……」
彼の寝顔に向けて言いたいことはあったが、口にしなかったしできなかった。
大きい感情が雫に変わる前にルチルはナイトテーブルに手を伸ばす。
そこにあった物体を2つ、ルチルは両手で包み込むようにして抱きしめた。片方は昨日子守唄を聴いた貝殻である。
そしてもう片方は、卵が2つほど丸々入りそうな大きさの瓶であった。中には植物や木の実が多数入っており、さながら一つの森のよう。
その中央には、この世の物とは思えない白をした、人の手では決して作れないような形の宝石が置かれている。
(なんで……なんでこんなにも、悲しいの。クレインはお母さんのこと、話してくれただけじゃない……)
(それなのにわたしは……わたしはどうして……)
貝殻と同様に、瓶も母から受け継がれたもの。もちろん先祖代々という点も同様だ。
故にこれには多くの人の思いが込められており、その分だけルチルにとっても宝物だ。
だから今度の冒険には、置いていこうと思っていた。万が一危機に瀕した場合に、失いたくないから。
しかし今クレインと話してみて、持っていくことを決めた。もしも冒険の途中で感情が耐えられなくなってしまったら、抑え込む手段はこれしかない。
まして彼と相談して決めたルートでは、あのヤルンヴィドの近くを通る。3年ぶりに接近して何が起こるのか、ルチル自身もわからないのだ――
さて、睡眠には感情を整理し落ち着かせる効果がある。翌日にもなると、ルチルの気持ちはすっかり整理され、引き締まった気持ちで準備に取り組むことができていた。
「なんだそのでっかいバッグは……」
「これに色々入れていくに決まってんでしょ。ふふーん」
ルチルは滑車と取っ手が付いた四角いバッグを手に、どや顔をクレインに決める。
「倉庫に眠っていたのを頑張って引っ張り出しました!」
「あー、努力は認めるんだが。そんな量持ってたら、緊急時に対応できんのか?」
「え゛っ」
思わぬ指摘にぎょっとするルチル。
「そんな大仰な荷物持っていくのは、旅行屋がパッケージしたツアーに行く時ぐらいだぜ。今回は何があるかわかんねーから……お前がいつも下げている、あのポシェットぐらいで十分だ」
「ええ……そしたらお腹空かない……?」
「パンパンに詰めとけ。そして町とかに着いたら補給してくんだよ」
「んじゃ昨日の買い物には何の意味が……」
「張り切りすぎていたな。はは、これもいい経験じゃねーか?」
慣れたように話すクレインだが、実は彼も本格的な旅はこれが初めてである。
「あとは服のポケットに入れておいたりとかな。旅行者用の服って、そういうのがいっぱい付いてんだよ。おれそれに着替えてーから、今日は服屋に行かね?」
「ん……それは賛成。わたしも別に行きたいお店があるんだ。多分、クレインの準備もそこでできると思うよ」
「おれにも関係ある店? へえ、どんなのなんだか」
朝食を済ませて、ルチルはクレインと町に出る。万が一蒼い炎がバレてしまったら大変なので、クレインには元から着ていた服の上から、さらに全身をすっぽり覆うローブに身を包んでもらうことに。
「ああー、あぢーよ、あづいあづい」
「ごめんね、わたしのお願い聞いてもらっちゃって。もうすぐ到着するからね」
「結構歩いてきたが……もうすぐか」
そこは大通りから入ってくる、裏路地とも呼べる場所。こういった所にはその道のプロしか知らないような、隠れた名店があるものだ。
「ここでーす、『ノワールのよろず屋』。服脱いでいいよ、こんにちはー」
「んん……んんっ? な、なんだこの店は?」
クレインが驚くのも無理はない。そこは鍛冶屋にあるような武器や鎧に加えて、魔道具店でしか見かけない杖やローブも取り揃えられていたのだ。
「はいよーっ、いらっしゃい。おっ!? 誰かと思えばルチルちゃんじゃねえか!?」
「おじいさんこんにちは。この人は鍛冶職人なんだよ、クレイン」
「へえ……こんにちは」
ローブを脱いだ汗だくの顔で、お辞儀をするクレイン。教え込まれたような美しい礼だった。
そして脱いですぐに背中から炎が飛び出す。おじいさんはそれを受けたのか、もっと驚いた様子で叫ぶ。
「……ばあさん! 大変だ!! ルチルちゃんが男連れてる!!!」
「ちょっ!?」
「誤解するようなこと言うなクソジジイ!!」
「かーっ!? なんだお前、初対面の爺さんに向かってジジイとは!! 教育がなってないようじゃな!?」
「いやおめーが突然変なこと言うのが悪いんじゃねーか!!」
「……なんだいうるさいね、こっちは魔道具の修繕で忙し……ってあら?」
「おばあさんこんにちは。えーと……えーとぉ」
「ちょっとあんた!! ルチルちゃんが困ってるじゃないかスカタン!!」
会計口の奥から出てきた、皺が目立つ女性。おじいさんは彼女から盛大にぶっ叩かれる。
「うげえーっ! でもよぉばあさん、男だぞ!? ルチルちゃんが男連れてきたんだぞ!?」
「あんた今日は奥に籠ってずっと武器作ってな……!!!」
「わ、それは困ります。おじいさんには相談したいことがあるんです。こっちの男の子についてなんですけど」
「は?」
突然話題の中心に連行された上に、必然的にこの老人と話さないといけないことを察し、困惑するクレイン。
「彼は斧を扱うんですけど、それがなくなっちゃって。新しいのを見繕っていただければなーと」
「はぁ~~~!? ルチルちゃんが男の為に武器の相談だとぉ!? ばあさんこれは!!!」
「一々口立てるなぁー!!! 早く営業せんかいボケェ!!!」
「んげーっ!!!」
おじいさんはおばあさんに背中をビシバシ叩かれ、武器の販売スペースに移動させられた。
「さっ、あとは二人で話しておいで。武器だけじゃなくって、服の相談にも乗ってくれると思うよ。武器を買う人は大抵が冒険者だから、服も一緒に買うことが多いんだって」
「へぇ……それに加えて魔道具も取り扱ってんだろ? 本当の意味でよろず屋なんだな」
感心しつつクレインはおじいさんの所に向かう。
この店はよろず屋の名が示す通り、武具と魔道具の双方を取り扱っている。主人のおじいさんが武具担当で、おばあさんが魔道具担当。魔法をよく扱うルチルは、おばあさんに用事があった。
「あとすみません、実は赤い鈴を切らしちゃって。新しいのいただけますか?」
「ああ、それでやってきたのかい? 少し待ってなさい」
カウンターの奥に引っ込むおばあさん。2分後には、ご指名通りの赤い鈴を手に戻ってきた。
「一昨日できたばかりの新品さ。しかし旅行先だと、上手く発揮するかどうかは微妙だがねえ」
「え……わたしが旅行に行くって話、どこから」
「町中で話題になってるさ。あの『春風の魔法少女』が、1ヶ月も仕事を休んで旅行だって」
「ふへえ~……壁に目と耳がいっぱい張り付いてるぅ~……」
とほほと落ち込むルチル。自分の影響力がいか程かを実感するのであった。
「ま、私は何をしようが気にしないけどさ。そんな間旅行に行くってんなら、魔法関連の道具も買っといた方がいいんじゃないかい?」
「んー……じゃあ『ルーンポーション』3つと、『魔法布』ください」
「あいよ。『精神石』は?」
「必要ないです」
「……そうかい」
おばあさんに連れられ、ルチルは魔道具の販売スペースに向かう。その間クレインとおじいさんが、斧を前に会話に熱中している様子を横目で見るのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
リュッ君と僕と
時波ハルカ
児童書・童話
“僕”が目を覚ますと、
そこは見覚えのない、寂れた神社だった。
ボロボロの大きな鳥居のふもとに寝かされていた“僕”は、
自分の名前も、ママとパパの名前も、住んでいたところも、
すっかり忘れてしまっていた。
迷子になった“僕”が泣きながら参道を歩いていると、
崩れかけた拝殿のほうから突然、“僕”に呼びかける声がした。
その声のほうを振り向くと…。
見知らぬ何処かに迷い込んだ、まだ小さな男の子が、
不思議な相方と一緒に協力して、
小さな冒険をするお話です。
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~
橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。
しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ!
だけどレオは、なにかを隠しているようで……?
そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。
魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説!
「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。
空の話をしよう
源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」
そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。
人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。
生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる