春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第5話 冒険の支度

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 英気を養い着替えをしたら、早速冒険の準備。どこに山賊団が潜んでいるかわからないということで、クレインには家で待っててもらうことに。そしてルチルが真っ先に向かったのは――



「……えっ? しばらくお休みを貰いたいって?」


 宅配物集積所。上司であるオーガスタに仕事の相談である。




「はい。ちょっと気分転換に旅行と思いまして」
「おーおーいいじゃないか行っておいで……とも、手放しに言えない現状。山賊団のチラシに目を通したかい?」
「なんかローゼンの近くで出てるんですよね」
「近くどころか城壁超えられてるよ。逆に言えば、騎士団にバレずに入り込める実力があるってことだ」


 仕事をサボりたいと言っていた時とは一変、オーガスタは真剣な表情でルチルに話す。


「あのまま暴れ回って強盗することもできたはずだ……本当に昨日はラッキーだったんだよ。もしも旅行先で鉢合ったら、生きて帰れないかもしれない。それでも行くんだね?」
「大丈夫です、旅行ですから。そんな危ないことをするわけじゃありません」


「はは、決意変わらずか……ちなみに聞いておくけど、どっち方面に行くんだい?」
「南です。ライヴァンが見えるギリギリの海辺りで」
「南か……」



 ますますオーガスタは表情を重くする。



「……危ないことするわけじゃないって、さっき言われたばかりだけど。まさか『ヤルンヴィド』に行ったりしないよね?」




 その名前が出てきた途端、ルチルは両手を大きく振る。わざとらしく、強調して印象づけるように。


「いやいやいやいや、行くわけないじゃないですか! 大体あの周辺って魔術師団が見張ってて、柵もあって進入禁止になっているでしょう? わざわざ近づいた所で何もいいことありませんし!」
「ん、ルチルちゃんの言う通りだ。近寄らない方が賢明……あーでも地上ルート通るなら話は別なのかな、今は船が出ているけど割高だし……」
「船?」



 ルチルが初めて聞く情報である。そういえば南に行くことは決めたのだが、どういうルートを通っていくか全く考えていなかった。



「うん、ヤルンヴィドの『腐乱』はどんどん拡大していくばかりだ。だんだんと陸路が狭まってるんで、脇を迂回する航路が開拓されてるんだよ。ただ需要が多いのを知ってか、値段吊り上げられてるけどね……」
「その分だけ安全ってことですよね。うーん、貯金と相談してみます」


 休むことも伝えたし、とルチルは立ち去ろうとする。


「あーちょっと待って! 期間はどれぐらいになるのかな! 他の職員のシフトにも関わってくるから、正確な期間を知りたい!」
「えっとそれじゃ……余裕持って1ヶ月でお願いしまーす!」
「はい1ヶ月ねー!」



「……って1ヶ月!? 余裕持つにしても、ちょっと長すぎじゃなーい!?」





 こうして仕事の調整も完了。次に必要なのは物資である。



「すみませんおじさん、なんかこう日持ちして美味しい食べ物いっぱいください」
「お、おうよ、どうしたルチル、今日は結構食い気味だな?」



 ルチルが訪れたのは、普段から食材を買っている市場。行きつけの店は日用品まで何でも揃っており、そこの店主のおじさんとは顔見知りなのである。



「日持ちするってなら『乾パン』がおすすめだ。長期保存可能な魔道具に入っているから、数ヶ月単位で持つよ」
「じゃあそれ3個ください」
「3個ぉ? 結構入っているから1個で十分だぜ!? 味はぱさぱさしているから、3個買うぐらいなら水も買っとけ!」
「じゃあお水も買います」

「……本当に大丈夫か? 買い物の予定ちゃんと立ててるのか?」
「えーと、よくわかんないので、適当に買うことにしました!」
「そ、そんな適当って……なんだかいつものルチルらしくないな?」



 勢いにたじろいでいる店主をよそに、ルチルが買い物を進めていると、店主の後ろからひょっこり顔を覗かせる者が。店主の娘であり、ルチルとは近い年齢の少女だ。



「おっすルチルじゃーん。なんからしくないって聞こえてきたんだけど、何事?」
「んっとね、これから旅行に行くからその準備」
「えー旅行? その割には食料買い込みすぎじゃない? これじゃまるで冒険だよ」
「腐乱地帯が広がっている以上、危険は増してるでしょ。用心に越したことはないない」



 それからもルチルは店主の薦めに応じた食料を、重量や値段と相談しながらどんどん買い込む。かかった時間は30分ぐらい。



「それじゃ、ありがとうございましたーっ」
「はいよー。どこに行くんだか知らないけど、気を付けていくんだよー」


 食料でかなり膨らんだリュックを背負い、ルチルは店を後にするのだった。





「……なんか今日のルチル、いつもと違った」


 その様子を見ていた娘が、父親に向かってぼそりと呟く。


「ええ? いつもと違うって……いつもと同じように元気そうだったけどなあ。まあお金の使い方がどこか打算的だったが」
「きっと何かがあって、それで細かい所まで考えが回っていなかったんだよ。そしてあれは普段の元気じゃない……」



「何か……大いなる『使命』を持っていて、それに向かって頑張ろうとしているんだわ……」


 娘はそう結論付けると、ふうと溜息をつく。


「……ルチルってさ。私達が遊びとかに誘っても、仕事とかなんとかって言って、断ること多いんだよね。だから何考えてんのかわかんない、ふわふわした感じだったけど……今はそれがなくなってた」
「そうか……俺はおっさんだからよくわかんないが。近い年頃から見るとそうなんだな……」





 なんて同年代から噂されていることも気にせず、ルチルは食料を買って一時帰還。家に帰って早々、リュックの大きさにクレインが驚く。


「おまっ、そんなに買い込んできたのか? 逆に食べ切れるのか?」
「クレインが食べるでしょ。それに長持ちするって言われたしへーきへーき」
「あー……もう何も言わねえわ」



 呆気に取られるクレインを前に、ルチルはリュックをソファーの隣に置く。続けてすぐに2階に向かった。



「んー、どうしたんだー?」
「ちょっとやっておきたいことがあってー。ルートの相談!」


 階段の上からそう答えるルチル。そして手に巻物を持って戻ってきた。





「おおー、『レヴス・ラーシル全図』か。いいの持ってるな」
「久しぶりに出したから、埃臭いのは我慢してね。よっと」


 適当な食器で端を押さえつつ、ルチルはテーブル一帯に地図を広げる。この巻物にはレヴス・ラーシルという世界のことが、2万5000分の1サイズで記されているのだ。


「で、わたし達がいるのはここ。ホッドミーミルはアスカンブラ国、その首都ローゼン」
「結構ど真ん中にあるんだな。そしてホッドミーミルって、結構複雑な形してるんだな」



 大きな縮尺で見るとそうでもないのだが、地形の形まで加筆される規模の縮尺だと、その複雑さが際立つ。


 島のように見えて実はしっかりと陸地があったり。平野に突然沼地が現れたり。湖や海との隣接面が複雑だったり。とにかく多様な地形と陸の形を持つのが、世界の中心にある『ホッドミーミル』という大陸だ。



「大きな地震があったり、波に削られると形が変わる……とは言うけど。実際どうしてこんな形になっているのかは、まだわかってないよ」
「まだスヴァーダの方が平坦な作りしてるな。んで、そうだな……」


 クレインはホッドミーミルの最南端を指差す。そこから少し下ろしていけば、彼の目的地であるライヴァン大陸に触れられる。


「ここの『ロンガート港』。関所のマークが付いてる。だとするとスヴァーダの役人がいて、出入りを取り締まっているはずだ」
「その人達に接触すれば、あとは連れていってもらえるね!」
「そうだな。仮におれのことを知らなくても、スヴァーダ国民だって名乗れば対応してくれるだろう」



 必然的に目的地が決まった。あとはそこに至るまでの過程だ。


 それについて話す前に、ルチルは地図の上にコップを置く。下にある地名ごとガラスで隠れてしまった。



「ん? 何してるんだ?」
「ちょっとした現状整理……今コップの下にあるのは、ヤルンヴィドって都市。ここは3年前に『大腐乱』に見舞われちゃってね」
「っ……大腐乱。ホッドミーミルでも起きていたのか」


 クレインが苦い表情をしたのは、その現象がライヴァン大陸でも発生しているからである。



 それまで何事もなかった森林から、突如として原因不明の瘴気が噴き出す。非常に濃度が高いそれは、一度まとわりついたら二度と離れない。人間だろうが植物だろうが生命力を着実に奪われ、生きながらに腐っていくしかない。

 災害のように発生するため対処も困難、原因を探ろうにも瘴気の濃さ故に調査すらままならない。それなのにただ人間の脅威として発生し、着実に生息圏や文化を奪っていく。



 こんな恐ろしい現象が世界の各地で頻繁に見られる中、唯一発生していなかったのがホッドミーミル大陸。故に多くの学者達が、対処のカギはホッドミーミルが握っていると信じ、調査を続けてきた。

 だがルチルが言っている通り、3年前にホッドミーミルでも発生してしまったので、全てが無駄になった。



「腐っている範囲は徐々に広がっていて、コップで隠れている所が大体そう。だからこれを避けていこうと思うの」


 ルチルはそう言いながら、コップのふちをギリギリ沿うように指を動かす。その軌跡は水の上を通っていた。


「なんか聞いた話だと、迂回できる航路があるっぽい。それに乗っていくよ」
「ま、近くを通らないに越したことはねえな。ただ安全が確保できるとなると、相応に高そうではある……」
「察しがよろしいことで。確かに高いらしいけど、実際見ないことには何もわからないよね」


 たははと笑ってみせるが、それでも懐が寂しくなることを覚悟するルチルであった。


「おれが戻ったらその費用も礼として出そう。それで、その前後はどうするんだ?」
「合間合間にちょうどいい町があるから、そこに泊まりつつ行こう。船を降りた後の目標は『マルメ』かな」



 ロンガート港とヤルンヴィドを結んだ直線の、ちょうど中心辺りにある都市を、ルチルは指差す。



「ここは結構規模が大きい町なんだ。規模が大きいってことは、自警団とかあるわけで」
「安全ってことだな。なんか……おれの為に安全策を取ってくれて、申し訳ないな」
「狙われてるって言われたからにはね。そしたらローゼンから出てすぐに行くのは、『ポプラー』になるかな」


 今度はローゼンの下にある都市を指差す。これで点が線としてつながった。


「ここはポプリが特産品の町で……ポプリはわかるよね?」
「えー……ちょっとだけ」
「だよねー。男の子ってそういうの興味ないよねー。ざっくり言いますとお香なんですよ」


 香りがするということは、可愛くておしゃれな物である。このためルチルは若干早口になっていた。


「それもただのお香じゃないの、いっろんな香りを混ぜてるんだよ。果物の皮とかお花もそうだし木の実に香辛料も……」
「わーった、わーったから、それはもう知ってるんだよ! とにかくルートは決まったってことでいいよな?」
「むぅー露骨な話題逸らしぃ。クレインがオッケーなら、わたしもこれでいいよ」



 まだまだポプリについて語りたい気分であったが、ここはクレインの心境を優先し、ルチルは会話を切り上げるのだった。



「で、合間合間にも騎士団や魔術師団のベースキャンプがあるから、そこを中継しつつ行こう!」
「道案内は任せたぜ、本当に。アスカンブラの騎士や魔術師がどれぐらい親切か、そんなのはわかんねーもん」
「ふふふ……このルチルちゃんに色々とお任せなさい!」


 同年代から頼られるという感覚が、ルチルの気分を有頂天にさせるのだった。
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