5 / 30
第5話 冒険の支度
しおりを挟む
英気を養い着替えをしたら、早速冒険の準備。どこに山賊団が潜んでいるかわからないということで、クレインには家で待っててもらうことに。そしてルチルが真っ先に向かったのは――
「……えっ? しばらくお休みを貰いたいって?」
宅配物集積所。上司であるオーガスタに仕事の相談である。
「はい。ちょっと気分転換に旅行と思いまして」
「おーおーいいじゃないか行っておいで……とも、手放しに言えない現状。山賊団のチラシに目を通したかい?」
「なんかローゼンの近くで出てるんですよね」
「近くどころか城壁超えられてるよ。逆に言えば、騎士団にバレずに入り込める実力があるってことだ」
仕事をサボりたいと言っていた時とは一変、オーガスタは真剣な表情でルチルに話す。
「あのまま暴れ回って強盗することもできたはずだ……本当に昨日はラッキーだったんだよ。もしも旅行先で鉢合ったら、生きて帰れないかもしれない。それでも行くんだね?」
「大丈夫です、旅行ですから。そんな危ないことをするわけじゃありません」
「はは、決意変わらずか……ちなみに聞いておくけど、どっち方面に行くんだい?」
「南です。ライヴァンが見えるギリギリの海辺りで」
「南か……」
ますますオーガスタは表情を重くする。
「……危ないことするわけじゃないって、さっき言われたばかりだけど。まさか『ヤルンヴィド』に行ったりしないよね?」
その名前が出てきた途端、ルチルは両手を大きく振る。わざとらしく、強調して印象づけるように。
「いやいやいやいや、行くわけないじゃないですかあんな所! 大体あの周辺って魔術師団が見張ってて、柵もあって進入禁止になっているでしょう? わざわざ近づいた所で何もいいことありませんし!」
「ん、ルチルちゃんの言う通りだ。近寄らない方が賢明……あーでも地上ルート通るなら話は別なのかな、今は船が出ているけど割高だし……」
「船?」
ルチルが初めて聞く情報である。そういえば南に行くことは決めたのだが、どういうルートを通っていくか全く考えていなかった。
「うん、ヤルンヴィドの『腐乱』はどんどん拡大していくばかりだ。だんだんと陸路が狭まってるんで、脇を迂回する航路が開拓されてるんだよ。ただ需要が多いのを知ってか、値段吊り上げられてるけどね……」
「その分だけ安全ってことですよね。うーん、貯金と相談してみます」
休むことも伝えたし、とルチルは立ち去ろうとする。
「あーちょっと待って! 期間はどれぐらいになるのかな! 他の職員のシフトにも関わってくるから、正確な期間を知りたい!」
「えっとそれじゃ……余裕持って1ヶ月でお願いしまーす!」
「はい1ヶ月ねー!」
「……って1ヶ月!? 余裕持つにしても、ちょっと長すぎじゃなーい!?」
こうして仕事の調整も完了。次に必要なのは物資である。
「すみませんおじさん、なんかこう日持ちして美味しい食べ物いっぱいください」
「お、おうよ、どうしたルチル、今日は結構食い気味だな?」
ルチルが訪れたのは、普段から食材を買っている市場。行きつけの店は日用品まで何でも揃っており、そこの店主のおじさんとは顔見知りなのである。
「日持ちするってなら『乾パン』がおすすめだ。長期保存可能な魔道具に入っているから、数ヶ月単位で持つよ」
「じゃあそれ3個ください」
「3個ぉ? 結構入っているから1個で十分だぜ!? 味はぱさぱさしているから、3個買うぐらいなら水も買っとけ!」
「じゃあお水も買います」
「……本当に大丈夫か? 買い物の予定ちゃんと立ててるのか?」
「えーと、よくわかんないので、適当に買うことにしました!」
「そ、そんな適当って……なんだかいつものルチルらしくないな?」
勢いにたじろいでいる店主をよそに、ルチルが買い物を進めていると、店主の後ろからひょっこり顔を覗かせる者が。店主の娘であり、ルチルとは近い年齢の少女だ。
「おっすルチルじゃーん。なんからしくないって聞こえてきたんだけど、何事?」
「んっとね、これから旅行に行くからその準備」
「えー旅行? その割には食料買い込みすぎじゃない? これじゃまるで冒険だよ」
「腐乱地帯が広がっている以上、危険は増してるでしょ。用心に越したことはないない」
それからもルチルは店主の薦めに応じた食料を、重量や値段と相談しながらどんどん買い込む。かかった時間は30分ぐらい。
「それじゃ、ありがとうございましたーっ」
「はいよー。どこに行くんだか知らないけど、気を付けていくんだよー」
食料でかなり膨らんだリュックを背負い、ルチルは店を後にするのだった。
「……なんか今日のルチル、いつもと違った」
その様子を見ていた娘が、父親に向かってぼそりと呟く。
「ええ? いつもと違うって……いつもと同じように元気そうだったけどなあ。まあお金の使い方がどこか打算的だったが」
「きっと何かがあって、それで細かい所まで考えが回っていなかったんだよ。そしてあれは普段の元気じゃない……」
「何か……大いなる『使命』を持っていて、それに向かって頑張ろうとしているんだわ……」
娘はそう結論付けると、ふうと溜息をつく。
「……ルチルってさ。私達が遊びとかに誘っても、仕事とかなんとかって言って、断ること多いんだよね。だから何考えてんのかわかんない、ふわふわした感じだったけど……今はそれがなくなってた」
「そうか……俺はおっさんだからよくわかんないが。近い年頃から見るとそうなんだな……」
なんて同年代から噂されていることも気にせず、ルチルは食料を買って一時帰還。家に帰って早々、リュックの大きさにクレインが驚く。
「おまっ、そんなに買い込んできたのか? 逆に食べ切れるのか?」
「クレインが食べるでしょ。それに長持ちするって言われたしへーきへーき」
「あー……もう何も言わねえわ」
呆気に取られるクレインを前に、ルチルはリュックをソファーの隣に置く。続けてすぐに2階に向かった。
「んー、どうしたんだー?」
「ちょっとやっておきたいことがあってー。ルートの相談!」
階段の上からそう答えるルチル。そして手に巻物を持って戻ってきた。
「おおー、『レヴス・ラーシル全図』か。いいの持ってるな」
「久しぶりに出したから、埃臭いのは我慢してね。よっと」
適当な食器で端を押さえつつ、ルチルはテーブル一帯に地図を広げる。この巻物にはレヴス・ラーシルという世界のことが、2万5000分の1サイズで記されているのだ。
「で、わたし達がいるのはここ。ホッドミーミルはアスカンブラ国、その首都ローゼン」
「結構ど真ん中にあるんだな。そしてホッドミーミルって、結構複雑な形してるんだな」
大きな縮尺で見るとそうでもないのだが、地形の形まで加筆される規模の縮尺だと、その複雑さが際立つ。
島のように見えて実はしっかりと陸地があったり。平野に突然沼地が現れたり。湖や海との隣接面が複雑だったり。とにかく多様な地形と陸の形を持つのが、世界の中心にある『ホッドミーミル』という大陸だ。
「大きな地震があったり、波に削られると形が変わる……とは言うけど。実際どうしてこんな形になっているのかは、まだわかってないよ」
「まだスヴァーダの方が平坦な作りしてるな。んで、そうだな……」
クレインはホッドミーミルの最南端を指差す。そこから少し下ろしていけば、彼の目的地であるライヴァン大陸に触れられる。
「ここの『ロンガート港』。関所のマークが付いてる。だとするとスヴァーダの役人がいて、出入りを取り締まっているはずだ」
「その人達に接触すれば、あとは連れていってもらえるね!」
「そうだな。仮におれのことを知らなくても、スヴァーダ国民だって名乗れば対応してくれるだろう」
必然的に目的地が決まった。あとはそこに至るまでの過程だ。
それについて話す前に、ルチルは地図の上にコップを置く。下にある地名ごとガラスで隠れてしまった。
「ん? 何してるんだ?」
「ちょっとした現状整理……今コップの下にあるのは、ヤルンヴィドって都市。ここは3年前に『大腐乱』に見舞われちゃってね」
「っ……大腐乱。ホッドミーミルでも起きていたのか」
クレインが苦い表情をしたのは、その現象がライヴァン大陸でも発生しているからである。
それまで何事もなかった森林から、突如として原因不明の瘴気が噴き出す。非常に濃度が高いそれは、一度まとわりついたら二度と離れない。人間だろうが植物だろうが生命力を着実に奪われ、生きながらに腐っていくしかない。
災害のように発生するため対処も困難、原因を探ろうにも瘴気の濃さ故に調査すらままならない。それなのにただ人間の脅威として発生し、着実に生息圏や文化を奪っていく。
こんな恐ろしい現象が世界の各地で頻繁に見られる中、唯一発生していなかったのがホッドミーミル大陸。故に多くの学者達が、対処のカギはホッドミーミルが握っていると信じ、調査を続けてきた。
だがルチルが言っている通り、3年前にホッドミーミルでも発生してしまったので、全てが無駄になった。
「腐っている範囲は徐々に広がっていて、コップで隠れている所が大体そう。だからこれを避けていこうと思うの」
ルチルはそう言いながら、コップのふちをギリギリ沿うように指を動かす。その軌跡は水の上を通っていた。
「なんか聞いた話だと、迂回できる航路があるっぽい。それに乗っていくよ」
「ま、近くを通らないに越したことはねえな。ただ安全が確保できるとなると、相応に高そうではある……」
「察しがよろしいことで。確かに高いらしいけど、実際見ないことには何もわからないよね」
たははと笑ってみせるが、それでも懐が寂しくなることを覚悟するルチルであった。
「おれが戻ったらその費用も礼として出そう。それで、その前後はどうするんだ?」
「合間合間にちょうどいい町があるから、そこに泊まりつつ行こう。船を降りた後の目標は『マルメ』かな」
ロンガート港とヤルンヴィドを結んだ直線の、ちょうど中心辺りにある都市を、ルチルは指差す。
「ここは結構規模が大きい町なんだ。規模が大きいってことは、自警団とかあるわけで」
「安全ってことだな。なんか……おれの為に安全策を取ってくれて、申し訳ないな」
「狙われてるって言われたからにはね。そしたらローゼンから出てすぐに行くのは、『ポプラー』になるかな」
今度はローゼンの下にある都市を指差す。これで点が線としてつながった。
「ここはポプリが特産品の町で……ポプリはわかるよね?」
「えー……ちょっとだけ」
「だよねー。男の子ってそういうの興味ないよねー。ざっくり言いますとお香なんですよ」
香りがするということは、可愛くておしゃれな物である。このためルチルは若干早口になっていた。
「それもただのお香じゃないの、いっろんな香りを混ぜてるんだよ。果物の皮とかお花もそうだし木の実に香辛料も……」
「わーった、わーったから、それはもう知ってるんだよ! とにかくルートは決まったってことでいいよな?」
「むぅー露骨な話題逸らしぃ。クレインがオッケーなら、わたしもこれでいいよ」
まだまだポプリについて語りたい気分であったが、ここはクレインの心境を優先し、ルチルは会話を切り上げるのだった。
「で、合間合間にも騎士団や魔術師団のベースキャンプがあるから、そこを中継しつつ行こう!」
「道案内は任せたぜ、本当に。アスカンブラの騎士や魔術師がどれぐらい親切か、そんなのはわかんねーもん」
「ふふふ……このルチルちゃんに色々とお任せなさい!」
同年代から頼られるという感覚が、ルチルの気分を有頂天にさせるのだった。
「……えっ? しばらくお休みを貰いたいって?」
宅配物集積所。上司であるオーガスタに仕事の相談である。
「はい。ちょっと気分転換に旅行と思いまして」
「おーおーいいじゃないか行っておいで……とも、手放しに言えない現状。山賊団のチラシに目を通したかい?」
「なんかローゼンの近くで出てるんですよね」
「近くどころか城壁超えられてるよ。逆に言えば、騎士団にバレずに入り込める実力があるってことだ」
仕事をサボりたいと言っていた時とは一変、オーガスタは真剣な表情でルチルに話す。
「あのまま暴れ回って強盗することもできたはずだ……本当に昨日はラッキーだったんだよ。もしも旅行先で鉢合ったら、生きて帰れないかもしれない。それでも行くんだね?」
「大丈夫です、旅行ですから。そんな危ないことをするわけじゃありません」
「はは、決意変わらずか……ちなみに聞いておくけど、どっち方面に行くんだい?」
「南です。ライヴァンが見えるギリギリの海辺りで」
「南か……」
ますますオーガスタは表情を重くする。
「……危ないことするわけじゃないって、さっき言われたばかりだけど。まさか『ヤルンヴィド』に行ったりしないよね?」
その名前が出てきた途端、ルチルは両手を大きく振る。わざとらしく、強調して印象づけるように。
「いやいやいやいや、行くわけないじゃないですかあんな所! 大体あの周辺って魔術師団が見張ってて、柵もあって進入禁止になっているでしょう? わざわざ近づいた所で何もいいことありませんし!」
「ん、ルチルちゃんの言う通りだ。近寄らない方が賢明……あーでも地上ルート通るなら話は別なのかな、今は船が出ているけど割高だし……」
「船?」
ルチルが初めて聞く情報である。そういえば南に行くことは決めたのだが、どういうルートを通っていくか全く考えていなかった。
「うん、ヤルンヴィドの『腐乱』はどんどん拡大していくばかりだ。だんだんと陸路が狭まってるんで、脇を迂回する航路が開拓されてるんだよ。ただ需要が多いのを知ってか、値段吊り上げられてるけどね……」
「その分だけ安全ってことですよね。うーん、貯金と相談してみます」
休むことも伝えたし、とルチルは立ち去ろうとする。
「あーちょっと待って! 期間はどれぐらいになるのかな! 他の職員のシフトにも関わってくるから、正確な期間を知りたい!」
「えっとそれじゃ……余裕持って1ヶ月でお願いしまーす!」
「はい1ヶ月ねー!」
「……って1ヶ月!? 余裕持つにしても、ちょっと長すぎじゃなーい!?」
こうして仕事の調整も完了。次に必要なのは物資である。
「すみませんおじさん、なんかこう日持ちして美味しい食べ物いっぱいください」
「お、おうよ、どうしたルチル、今日は結構食い気味だな?」
ルチルが訪れたのは、普段から食材を買っている市場。行きつけの店は日用品まで何でも揃っており、そこの店主のおじさんとは顔見知りなのである。
「日持ちするってなら『乾パン』がおすすめだ。長期保存可能な魔道具に入っているから、数ヶ月単位で持つよ」
「じゃあそれ3個ください」
「3個ぉ? 結構入っているから1個で十分だぜ!? 味はぱさぱさしているから、3個買うぐらいなら水も買っとけ!」
「じゃあお水も買います」
「……本当に大丈夫か? 買い物の予定ちゃんと立ててるのか?」
「えーと、よくわかんないので、適当に買うことにしました!」
「そ、そんな適当って……なんだかいつものルチルらしくないな?」
勢いにたじろいでいる店主をよそに、ルチルが買い物を進めていると、店主の後ろからひょっこり顔を覗かせる者が。店主の娘であり、ルチルとは近い年齢の少女だ。
「おっすルチルじゃーん。なんからしくないって聞こえてきたんだけど、何事?」
「んっとね、これから旅行に行くからその準備」
「えー旅行? その割には食料買い込みすぎじゃない? これじゃまるで冒険だよ」
「腐乱地帯が広がっている以上、危険は増してるでしょ。用心に越したことはないない」
それからもルチルは店主の薦めに応じた食料を、重量や値段と相談しながらどんどん買い込む。かかった時間は30分ぐらい。
「それじゃ、ありがとうございましたーっ」
「はいよー。どこに行くんだか知らないけど、気を付けていくんだよー」
食料でかなり膨らんだリュックを背負い、ルチルは店を後にするのだった。
「……なんか今日のルチル、いつもと違った」
その様子を見ていた娘が、父親に向かってぼそりと呟く。
「ええ? いつもと違うって……いつもと同じように元気そうだったけどなあ。まあお金の使い方がどこか打算的だったが」
「きっと何かがあって、それで細かい所まで考えが回っていなかったんだよ。そしてあれは普段の元気じゃない……」
「何か……大いなる『使命』を持っていて、それに向かって頑張ろうとしているんだわ……」
娘はそう結論付けると、ふうと溜息をつく。
「……ルチルってさ。私達が遊びとかに誘っても、仕事とかなんとかって言って、断ること多いんだよね。だから何考えてんのかわかんない、ふわふわした感じだったけど……今はそれがなくなってた」
「そうか……俺はおっさんだからよくわかんないが。近い年頃から見るとそうなんだな……」
なんて同年代から噂されていることも気にせず、ルチルは食料を買って一時帰還。家に帰って早々、リュックの大きさにクレインが驚く。
「おまっ、そんなに買い込んできたのか? 逆に食べ切れるのか?」
「クレインが食べるでしょ。それに長持ちするって言われたしへーきへーき」
「あー……もう何も言わねえわ」
呆気に取られるクレインを前に、ルチルはリュックをソファーの隣に置く。続けてすぐに2階に向かった。
「んー、どうしたんだー?」
「ちょっとやっておきたいことがあってー。ルートの相談!」
階段の上からそう答えるルチル。そして手に巻物を持って戻ってきた。
「おおー、『レヴス・ラーシル全図』か。いいの持ってるな」
「久しぶりに出したから、埃臭いのは我慢してね。よっと」
適当な食器で端を押さえつつ、ルチルはテーブル一帯に地図を広げる。この巻物にはレヴス・ラーシルという世界のことが、2万5000分の1サイズで記されているのだ。
「で、わたし達がいるのはここ。ホッドミーミルはアスカンブラ国、その首都ローゼン」
「結構ど真ん中にあるんだな。そしてホッドミーミルって、結構複雑な形してるんだな」
大きな縮尺で見るとそうでもないのだが、地形の形まで加筆される規模の縮尺だと、その複雑さが際立つ。
島のように見えて実はしっかりと陸地があったり。平野に突然沼地が現れたり。湖や海との隣接面が複雑だったり。とにかく多様な地形と陸の形を持つのが、世界の中心にある『ホッドミーミル』という大陸だ。
「大きな地震があったり、波に削られると形が変わる……とは言うけど。実際どうしてこんな形になっているのかは、まだわかってないよ」
「まだスヴァーダの方が平坦な作りしてるな。んで、そうだな……」
クレインはホッドミーミルの最南端を指差す。そこから少し下ろしていけば、彼の目的地であるライヴァン大陸に触れられる。
「ここの『ロンガート港』。関所のマークが付いてる。だとするとスヴァーダの役人がいて、出入りを取り締まっているはずだ」
「その人達に接触すれば、あとは連れていってもらえるね!」
「そうだな。仮におれのことを知らなくても、スヴァーダ国民だって名乗れば対応してくれるだろう」
必然的に目的地が決まった。あとはそこに至るまでの過程だ。
それについて話す前に、ルチルは地図の上にコップを置く。下にある地名ごとガラスで隠れてしまった。
「ん? 何してるんだ?」
「ちょっとした現状整理……今コップの下にあるのは、ヤルンヴィドって都市。ここは3年前に『大腐乱』に見舞われちゃってね」
「っ……大腐乱。ホッドミーミルでも起きていたのか」
クレインが苦い表情をしたのは、その現象がライヴァン大陸でも発生しているからである。
それまで何事もなかった森林から、突如として原因不明の瘴気が噴き出す。非常に濃度が高いそれは、一度まとわりついたら二度と離れない。人間だろうが植物だろうが生命力を着実に奪われ、生きながらに腐っていくしかない。
災害のように発生するため対処も困難、原因を探ろうにも瘴気の濃さ故に調査すらままならない。それなのにただ人間の脅威として発生し、着実に生息圏や文化を奪っていく。
こんな恐ろしい現象が世界の各地で頻繁に見られる中、唯一発生していなかったのがホッドミーミル大陸。故に多くの学者達が、対処のカギはホッドミーミルが握っていると信じ、調査を続けてきた。
だがルチルが言っている通り、3年前にホッドミーミルでも発生してしまったので、全てが無駄になった。
「腐っている範囲は徐々に広がっていて、コップで隠れている所が大体そう。だからこれを避けていこうと思うの」
ルチルはそう言いながら、コップのふちをギリギリ沿うように指を動かす。その軌跡は水の上を通っていた。
「なんか聞いた話だと、迂回できる航路があるっぽい。それに乗っていくよ」
「ま、近くを通らないに越したことはねえな。ただ安全が確保できるとなると、相応に高そうではある……」
「察しがよろしいことで。確かに高いらしいけど、実際見ないことには何もわからないよね」
たははと笑ってみせるが、それでも懐が寂しくなることを覚悟するルチルであった。
「おれが戻ったらその費用も礼として出そう。それで、その前後はどうするんだ?」
「合間合間にちょうどいい町があるから、そこに泊まりつつ行こう。船を降りた後の目標は『マルメ』かな」
ロンガート港とヤルンヴィドを結んだ直線の、ちょうど中心辺りにある都市を、ルチルは指差す。
「ここは結構規模が大きい町なんだ。規模が大きいってことは、自警団とかあるわけで」
「安全ってことだな。なんか……おれの為に安全策を取ってくれて、申し訳ないな」
「狙われてるって言われたからにはね。そしたらローゼンから出てすぐに行くのは、『ポプラー』になるかな」
今度はローゼンの下にある都市を指差す。これで点が線としてつながった。
「ここはポプリが特産品の町で……ポプリはわかるよね?」
「えー……ちょっとだけ」
「だよねー。男の子ってそういうの興味ないよねー。ざっくり言いますとお香なんですよ」
香りがするということは、可愛くておしゃれな物である。このためルチルは若干早口になっていた。
「それもただのお香じゃないの、いっろんな香りを混ぜてるんだよ。果物の皮とかお花もそうだし木の実に香辛料も……」
「わーった、わーったから、それはもう知ってるんだよ! とにかくルートは決まったってことでいいよな?」
「むぅー露骨な話題逸らしぃ。クレインがオッケーなら、わたしもこれでいいよ」
まだまだポプリについて語りたい気分であったが、ここはクレインの心境を優先し、ルチルは会話を切り上げるのだった。
「で、合間合間にも騎士団や魔術師団のベースキャンプがあるから、そこを中継しつつ行こう!」
「道案内は任せたぜ、本当に。アスカンブラの騎士や魔術師がどれぐらい親切か、そんなのはわかんねーもん」
「ふふふ……このルチルちゃんに色々とお任せなさい!」
同年代から頼られるという感覚が、ルチルの気分を有頂天にさせるのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
リュッ君と僕と
時波ハルカ
児童書・童話
“僕”が目を覚ますと、
そこは見覚えのない、寂れた神社だった。
ボロボロの大きな鳥居のふもとに寝かされていた“僕”は、
自分の名前も、ママとパパの名前も、住んでいたところも、
すっかり忘れてしまっていた。
迷子になった“僕”が泣きながら参道を歩いていると、
崩れかけた拝殿のほうから突然、“僕”に呼びかける声がした。
その声のほうを振り向くと…。
見知らぬ何処かに迷い込んだ、まだ小さな男の子が、
不思議な相方と一緒に協力して、
小さな冒険をするお話です。
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~
橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。
しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ!
だけどレオは、なにかを隠しているようで……?
そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。
魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説!
「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。
空の話をしよう
源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」
そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。
人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。
生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる