春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第3話 頼みと迷いと

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 とりあえず腹が減った。


 ルチルもそうだが男の子――クレインに至っては、あまりの空腹に起き上がってすぐ倒れてしまうほどだった。


 なので揃って食事を取ることにした。色々あった直後なので、調理はしたくない気分。そして何たる偶然か、リビングのテーブルにはアップルパイの箱が置かれてある。





「あむっ、はぐはぐ……」
「うっめー!! はぐはぐっ!!」


 アップルパイ8切れを、二人で分けて食べる。クレインは脇目も振らずアップルパイを平らげ、ちょうど半分の4つをもう腹に収めてしまった。


「いやー悪いな! これ有名な店のやつなんだろ? 値段も高いだろうに、分けてもらっちゃって!」
「いいよ~。そもそも8切れなんて一人じゃ食べきれないって思っていたもん」


 ルチルはアップルパイを食べながら会話を進める。1切れを母に、という考えはとっくに抜け落ちてしまっていた。





「ふう……ごちそうさま。それにしてもクレイン……あっ、様とか付けた方がいい?」
「いやあ? そんなのむしろ全然いらねえ。普通に接してくれよ」
「そっか、じゃあクレインだ。なんか皇子様って言う割には、庶民の金銭感覚あるんだね?」


 ルチルのイメージにおける貴族なら、『もっと美味いものをよこせ!』とか言いそうであった。


「そういう教育を受けていたからな。民の心を知るには現場に出ることから、だ」
「わーお、思いのほか自由~。でも……だったらどうしてって話になるけど」



 食事を取れる元気は戻っていたが、包帯が巻かれた傷は痛々しく腫れている。当のクレイン本人も、時々疼くのか押さえて痛そうにしていた。



「ああそれはだな……いててっ」
「大丈夫? 鎮痛のポーションあるよ?」
「いやそれには及ばねえ……気合で我慢してやる。うっ……」
「もーっ、話を遮るほど苦痛なんじゃない。ちょっと待って!」



 ルチルはやれやれと立ち上がり、キッチンの棚から薄い緑色の液体が入った瓶を持ち出す。これがポーションである。しかも家庭に常備する用の原液であり、薬草をそのまま閉じ込めたような香りがする。



「原液50ミリを水で薄めて……はい」
「匂いからして甘ったれぇ……きついわ」
「痛い方がきついでしょ。ほらほら飲む飲む」
「わーっ、自分で飲むから堪忍してくれぇ」


 ルチルの圧に負けたクレインは、渋々ながらもポーションを飲み干すのだった。


「うぐえー、あ゛ーっ……」
「……スヴァーダ。スヴァーダ帝国の皇子様かあ」


 今自分の目の前にいる、甘ったるいポーションをちまちまと飲む男の子が、そうだというのだからルチルは驚きが隠せない。




 ルチルが住んでいる国アスカンブラ、それは世界の中心にある大陸『ホッドミーミル』に位置する。

 そこから南の海を渡った先には『ライヴァン』という大陸があり、スヴァーダはその中で最も規模が大きい『帝国』だ。



 太陽の加護を受けた皇帝の下に人々は繁栄し、今や武力面でも経済面でも強い影響力を持つ。もちろん文化だって幅広く発展している。

 以上がルチルの中でのスヴァーダに関する知識だが――そこからやってきた人物が、こんなにも軽い性格ということで、ちょっと新鮮味を感じているのだった。





「……あー……楽になったかも」
「ほーれ見たことか。それで? どうしてそんな傷を負うことになったの?」



 クレインがポーションを飲み干したのと同時に、口直しの水を差し出す。そして事情を伺うのだった。



「うーん……そうだな。まずはお前が遭遇した赤い連中について話さないとな」
「赤い連中……」


 さっきの男達がクレインを狙っていることは、うっすらと予想ができていた。


「あいつらは『ウットガル山賊団』って言うんだ。おれの祖国スヴァーダ……というかライヴァン大陸全土。そこら一帯を根城にして暴れ回っている、山賊の集まりだよ」
「山賊って言う割には、海超えてアスカンブラまで来てるけど……」
「そうなんだよ、南を拠点にしているって割には北まで出ている。国の皆が知らない情報だ」
「そうなんだ……?」


 するとこの情報を持ち帰ることができたら、山賊団への有効な対策が見つかるかもしれない。


「じゃあそれを調べるために、敵の拠点まで乗り込もうとしていたの?」
「いや、単に近くで悪さしている連中いたから、とっちめてやろうとばーっと」
「おいおい」

「で、木箱に隠れてチャンスを伺ってたんだが……それが北に運ばれる物資だったらしくてよ。間違えられて運ばれここまでって感じでさ~」
「かっこよく言ってるけどドジ踏んでるじゃん……」


 思わず抜けた声でツッコんでしまうルチル。


「んで、途中で箱開けられて、それでバレて捕まりかけた。だから死に物狂いで逃げ出して、今に至るってわーけーよぉー」
「その傷は逃げ出すのに受けた傷ってことね」
「そーいうこと。いやー……予想以上の強さだった」


 強さという単語を聞いて、ルチルは首を傾げる。


「傷を負うぐらい戦ってきたんだろうけど、武器は何使ってるの?」
「斧だ! 戦闘用に調整された、バトルアックスってやつだ。でも逃げる時に落っことしてきちまった」
「やっぱりなんか……だめだね」
「おいおい失望したような目で見るなー!?」




 ドジさについてはさておいて、クレインという少年の事情は把握できた。すると次の話題は必然的に、今後の予定となっていくが――




「なあ、アップルパイ美味すぎて忘れてたけど。お前の名前はなんて言うんだ?」
「えっ? ああっ、確かに紹介していなかったね。わたしはルチルって言います」
「ルチルか……ルチル」



 するとクレインは、ソファーからおもむろに立ち上がり――



 正面に座っていたルチルの隣までやってくると、頭を下げた。



「……えっ?」
「頼む。ただでさえ助けてくれたのに、重ねて頼んでしまうが。おれをスヴァーダまで連れていってほしい」



 アップルパイに食らいついていた時とは打って変わった、真剣な声だ。



「おれはホッドミーミルの地理はともかく、詳しい情勢なんてわからん。どこが安全で通行可能か見当もつかない。加えて連中がここまで来ているんだ、南に行けば行くほど数は増えるだろう」


「目をつけられている以上、こっちにいるライヴァン人にも迂闊に接触できない。そもそもどこにいるかすらもわからないんだからな……」



「あと、詳細は言えないんだが……おれの存在は国外に知られていないんだ。だから大人を頼ろうにも時間がかかるだろうし、そんなことしたら、連中だって勘づくかもしれない」


「安全に進むにはお前の協力が必要なんだ……ルチル。礼については後で考えるが、必ずすると約束しよう。どうかおれに力を貸してくれないか?」





 真剣に頼まれたからこそ、ルチルは一旦首を横に振る。


「えっと、その……わたしは普通の女の子だよ。皇子様を守って送り届けられるような力は持っていない」
「……」



「でも今のあなたには、わたしぐらいしか頼れる人がいないんだよね……だからちょっと考えさせて。明日に結論を出してもいい?」
「……ああ。そうだよな、急にこんな話されてもな」



「そうだよ、話題飛躍しすぎ。日も暮れたんだし、今日はお風呂に入って寝よう!」





 という提案により、二人は入浴して一息つく。そして揃ってルチルの自室で寝ることになった。


「おれは別に下のソファーでもいいんだが……」
「わたしが不安なの。近くにいて存在を確認できないと……もしかしたら襲われるかもしれないんだし」



 ルチルは自分の部屋にあったテーブルを押しのけ、そこに布団を敷いた。自分が寝ると申し出たのだが、クレインは聞かずに先に寝そべってしまう。



「もー、なんだか申し訳ないな……皇子様にこんな対応なんて。服だってそれっぽいの着てもらってるけど、男の子用ってわけじゃないし」
「助けてもらっているのに贅沢は言えねえよ。安心して寝られるってだけでも十分だ」


 本当に性格がいいな、とルチルは感心する。一応性別を問わず着用できるローブを着たクレインは、窓の外をじっと見つめていた。


「月が出ているな。半月だと少し不安があるが……やっとくか」




 クレインは立ち上がり、窓際まで進む。そしてポケットから物体を取り出し、月の光が当たる場所に置いた。




「それは何?」
「ペンダントだよ。だけどちょっと特別でな、これには月の光を閉じ込めておくことができるんだ」


「なんか……神秘的だね。ロマンチックかも」
「それ以上に実用的だ。こいつを使うと、おれの魔法が強化されるんだよ」


「魔法? クレインの魔法って……」
「説明はまた今度でもいいか? 今日はもう疲れた」
「あ、ごめんね。それじゃあ……おやすみ」
「おう、おやすみ」





 それから数分と立たずにクレインは寝息を立てた。さらに様子を見ていると、布団から足を投げ出し、枕が半分ほどずれていく。


 あまりにも寝相が悪いものだから、一周回って笑いがこぼれてくるルチル。そのような喜びとは裏腹に、彼女は眠れないでいた。



(……クレインはわたしを頼ってくれている。でもそれはきっと……ううん、絶対危険な旅)


(わたしはどうすればいいんだろう? お母さん……)




 ベッドの上で膝を抱えて、窓から差し込む月の光を見ながら、一人考え込む。



 彼女の手に握られていたのは、宝石と間違えてしまいそうな、透明な貝殻。何回も握られているようで、手の跡がうっすらと残っている。




(お母さんだったらなんて言うかな。薦めてくれるかな、止めてくれるかな……)


(……ううん。仮定の話をしたって意味がないよ。大事なのは今……)



 ルチルはそっと目を閉じて、貝殻の穴を耳に押し当てた。




 この貝殻はルチルの先祖から代々受け継がれてきたのだと言う。耳を澄ませると聞こえてくるのは、波の音ではない。





『さあ行かん 我は行かん 風の赴くままに』――

『巡る風 巡る世界 やがて辿り着かん』――

『ときめきは 迷い子を黙し導く羅針盤』――

『いざ行かん 鳴動が舞い踊る彼方へ』――





(……ときめき)



 美しい女性の歌声。ルチルは小さい頃からこの歌を子守歌として聞いてきた。母も同じようにしており、それどころか先祖代々の習わしなのだと言う。


 よって一族の誰もが、この歌を好いている。そして好きな歌にルチルは背中を押された。



(ときめきかぁ……そうだ、今のわたしはとてもときめいている)

(だって……近い年齢の男の子と、こんなに距離を縮めるの、初めてなんだもん)




 今のルチルは、クレインのひどい寝相にすらも心躍らせていた。きっとこれまでの生活を変える、何かが待っているだろうと。



 彼女の予感を肯定するように、窓から月の光と、そよ風が差し込む。




(山賊に目をつけられているんだから、命がいくつあっても足りないかもしれない……)

(でも正直、そんな不安なんかより、ときめきの方が勝っちゃってるな)



(……行こう。行かなくちゃ。わたし、クレインと一緒に旅をしてみたい)

(これが風の導きだと言うのなら……素直に従ってみたい。今はすごくそんな気分……)
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