春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第2話 白蒼の少年

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「わっ、えっ、ちょっ、どうしよ……!」


 困惑するルチルだったが、ひとまず近寄って男の子の容態を確認することにした。



 服を突き破っている傷は数十箇所もあり、ほとんどが治っていない――できたばかりの新しい傷だ。加えて出血もひどく、呼吸をする度に滴り落ちていく。


 彼は肩で息をしており、目は一向に開ける様子がない。時々びくっと口角が上がり、呻き声が出てくる。苦しみを感じているのは言うまでもないだろう。



「とにかく治療しないと……! えっと、治療するためには……!」



 救急キットは家に置いてある。そして今いるのは家に近い場所。この事実からルチルが出した結論は――



「とりあえず……家に帰る!!」




 今まで運んできたどんな荷物よりも、男の子は重かった。負傷しているので全体重をルチルに預ける他ないのだ。




 なんとか彼を引っ張り上げ、背中におぶることに成功。腕にアップルパイの袋を引っかけて、両手は男の子を支えるのに使っているので杖を口でくわえる――



「ふおおおおおー! いへまでいっひょくへーん!」



 利き手と反対どころか、口である。普段慣れないの域を超えていた。



 ルチルの放った風魔法は彼女の予想以上の威力を放ち、森の木々を何本か斬り落とす勢いで、彼女達を運んでいくのだった。





「……ぶげえっ!!!」



 ルチルは予測通り家まですっ飛んでこれた――が、上手く魔法をコントロールすることができず、壁に顔から激突。



 これにて魔法は強制的に遮断され、なんとか到着できた。でも家の壁は石で造られているので、痛くないわけがない。とはいえおぶっていた男の子は無事だったので、痛みを感じた甲斐があったと思うルチルであった。



「あっ、ああ~っ、鼻が痛い……でも、その前にっ、この子だっ」



 ひりひりする感覚をこらえつつ、ルチルは根性で男の子を運んでいき、家に入る。





 家は二階立てになっており、上に普段使っているベッドがある。が、そこまで運ぶ元気はなかったので、リビングのソファーに男の子を寝かせるのだった。



「んひ~鼻痛い……鼻が痛くて集中が削がれるぅ~……」



 救急キットを持ってきて、早速男の子の治療を行う――前に、鎮痛効果のある軟膏を自分の顔に塗った。スースーしてきて気持ちよくなってきた所で、改めて治療を開始。



「えーと……とりあえず傷口を拭いて、薬塗って、包帯とか巻くか」



 ルチルは回復術のプロではないので、大人達がやっていたのを見たことある、ぐらいの知識で治療を行う。


 男の子の息がまだあるのが幸いだったか。これで息をしていないとかだったら、ルチルは慌てて大声を出していただろう。





 やることが決まればあとはこなすだけ。ルチルは傷の多さに驚きながらも、てきぱきと治療を進めていく。


「う゛っ! ううっ……ああ……」



 傷口が染みるのか、男の子は時折痛そうな声を上げる。しかし治療が進んでいくに連れて、苦しそうだった呼吸は徐々に落ち着いていく。心なしか表情も和らいでいた。



「……どう? 痛くない? あと3分の1ぐらいあるから、頑張ってね」
「……」


 意識があると確認したルチルは、男の子にそう声をかけてみたり。しかし反応はない。まだ応答するだけの気力は戻っていないのだろうか。




(……それにしても)


(綺麗なお洋服だなあ……どんなお店に行ったら買えるんだろ)



 治療が終わりに近づいていくに連れ、ルチルの興味はそちらに向いていた。


 今は傷と血に濡れてしまって、ボロボロになっていたが、そうではなかったらとても整った衣服なのだろうと。



 肌触りがとても良く、よく見ると肩回りにはマントのような布切れを身につけている。装飾も左右対称に作られており、それも大量生産は難しそうな複雑なもの。ブーツや手袋も同様に、普段の生活ではお目にかかれないような、高級品であることをうかがわせる。


 この男の子のために作られた特注の一品――そう思ってしまうような、どこか高貴さを感じさせる服装だった。



「ん……あれ?」


「よく見たら、これ背中と脇が隠れていない……?」



 背中の傷を治療するべく、彼をひっくり返した時に気づいた。高貴な服装だったが造形は独特で、背中は肩回りを除いて、脇に関しては一切布で覆われていない。


 そしてその覆われていない場所から、蒼白い炎が噴き出していたのである。



 しかしこれを受けても、ルチルは一切驚かない。というのも彼のような存在というのは、レヴス・ラーシルにおいてはよく見かけるからだ。


「炎が身体から出ている人……暑いからこういう服装なんだっけ。確か名前は……」





 思い出す前に事態は一変。ルチルは家の外から、何者かが近づいてきたのを察知した。



「……!? またまた何なの……?」



 その気配はとても大きい物だった。町で過ごして普通の人間と通り過ぎる中には、一切感じない異様な気配。


 ちらっとルチルは男の子を流し見た。治療の結果からか、穏やかな呼吸を繰り返している様子を見て、一命は取り留めたと一安心する。


 だが同時に、今外にいる気配はこの男の子に関係するのではないかと、嫌な予感がしたのだ。



「……確認してみないことには、何もわからないよね。大丈夫、わたしにはこれがある……」



 自分を励ますように呟いたルチルは、オーバーオールのポケットから赤い鈴を取り出し、左手に握って外に出る。





 握ったことで安心したのか、杖を持つのを忘れてしまった。これでは風の魔法が上手く使えない。だが結果としてそれはいい判断だったと言えるだろう。





「……っかしーな、確かに気配がしたんだが……」
「おいおい、いい加減にしろよ。気配っつったって、さっきの突風と間違えたんじゃねえのか?」


「いや、そもそもだって、あいつが逃げていったのはこっちの方角だろ! 現に森には血の痕跡があった! 近くに隠れているのは間違いねえ!」
「だったらこの辺の家を探して回るか? 一軒一軒虱潰しにか? 大きな騒ぎを起こすなって、ボスに言われてんのによぉ……」




 といった会話を繰り広げているのは、赤い腰みのを着た男二人。マントのように布切れを羽織っているが、上半身は裸であり、他にも無精ひげやらすね毛やらがやたら目立つ。住宅街という環境においては、浮いていることこの上ない。




 そんな二人がルチルの家の目の前で話していたものだがら、14歳の少女はもう呆れる他ない。



「……あのー、何してるんですか。ここわたしの家の前なんですけど」



 意を決してルチルは話しかける。それで男達は彼女に気がついたのか、のっそのっそと接近してきた。



「おおっと、悪いな嬢ちゃん。俺達怪しい者じゃねえんだ」
「ただ人を探しているだけなんだ――な? 別に騒ぎ立てに来たわけじゃねえ」



 正面に立たれると、彼らはとても大きな存在に思えてくる。身長はルチルの倍はあり、普段実感しない高さから見下ろしてくる。そもそも少女と男という時点で、必然的に体格差がある。



 一瞬ルチルは迫力負けしそうになった――が、それでも屈しない。鈴を握る手を強めてさらに続ける。



「そろそろ家に帰ってくる人がいます。その人達に見つかったら、まず通報されますよ、あなた達」
「な~にだったらその前に終わらせるさ。ついでだ嬢ちゃん、俺達の人探しに協力してくれねえか?」
「協力してくれたらクローネ硬貨を……そうだな、金ピカのを5枚やろう。悪い話じゃねえだろ?」


 金で買収しようとしている。そういうことをするのは大抵、目先の欲にくらんでいるろくでもない人間なのだ。


「……嫌ですけど。わたしはあなた達に立ち去ってほしいだけです。なのになんで」
「まず褐色肌してんだ。この辺じゃ見かけねえから、印象には残っているだろ?」


 加えて人の話を一切聞かずに、自分達のペースで進めている。もはやルチルに男達を許す道理がなかった。


「あとはそうだな、金髪だ。そして青い目してて、えっと――」
「あれ忘れんなよ、! ぶっちゃけ褐色肌うんぬんより、こっちの方が忘れられねえ」



「おっとそうだったな、ぐへへ……とにもかくにも蒼い炎だ。お嬢ちゃん、何か知らねえか?」





 予感が確信に変わる。間違いなくこの小汚い男達は、自分が治療したあの男の子を狙っているのだ。


 そして男の子の高貴な服装も合わせると――なんとなく答えは見えてきたようなもの。


 もしも杖を持っていたら、戦闘する意思があると思われて、男達は攻撃を仕掛けてきたかもしれない。このような情報は与えてくれなかっただろう。





「……一切知りません。だから帰ってください」
「おっと~? そいつはいただけねえなあ。俺達は成果上げなきゃ帰れねえのよ。つーわけで――てめえを手土産にしてやらぁ!!!」



 男が手を上げてルチルに襲いかかろうとした瞬間――


 ルチルは左手の鈴を軽く握り、そしてルーンを込めた後に放り投げる。



 すると、鈴はその小さな形から想像できない、甲高い音を繰り返し鳴らす。突然鼓膜を刺激されて、男達は一瞬たじろいだ。



「なっ!? お、おい何をした小娘がぁっ!!」
「お前達は騎士団のお縄につけー!!」
「ぬがーっ!?!?」



 追撃とばかりに、ルチルは男達の顔面目掛けて、ポシェットに入れていた赤い球体をぶつける。


 それには『赤辛子あからし』と呼ばれるスパイスを粉末状にしたものが凝縮されており――顔にぶつけてやると非常に刺激的。



「うげええええ!!! いだっ、いだだだだーーー!!!」
「しみるううう!!! お、覚えてろよ小娘ぇぇぇぇぇーーー!!!」




 目を押さえてその場に崩れ落ち、痛みに悶絶する男達を尻目に、ルチルは急いで家に退散するのだった。





 そして戻ってきたルチルは、急いで扉の鍵を閉め、窓のカーテンを閉める。二階にもぱぱっと移動し、あらゆる侵入口を塞ぎ、中の様子をうかがえないようにした。


 最後のカーテンを閉める時、ちらっと外を見る。すると未だ赤辛子煙幕攻撃に苦しむ男達は、鎧を着た騎士達に囲まれており――



「貴様ら!! ここで何をしている!!」
「げえっ、本当に来やがった!? まさか、あの鈴か……!?」
「ふん、冥途の土産に教えてやろうか? あれは我々騎士団直通の魔術が込められていてな、音が鳴ったらすぐに駆け付けるようになっているのだ!」
「なんだとぉぉぉぉそんなアイテムがぁぁぁぁぁ……!!!」





 鈴を持たせてくれた人に感謝しながら、ルチルはそっとカーテンを閉める。あれは一人暮らしの緊急時用にと、ローゼンの町の魔術師団をまとめている人がしたためてくれた物だ。


 とはいえ使い切りなので、使ってしまった以上は改めて受け取りに行かないといけない。今後の予定が一つ増えたとルチルが考えていると――



「……お前、おれを助けてくれたのか?」




 低くて芯のある声が耳に届く。



 もしかしてと思ってソファーの方を見ると、予感は的中。男の子が起き上がって、ルチルを見つめていたのだ。




「しかもあいつらも追い払ってくれて、本当に助かった……」

「……おれの名はクレイン。南の『スヴァーダ』って国で、皇子をやらせてもらっている」
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