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終いの棲家
しおりを挟む返事をするのに、数秒の間があったように思う。
「な、に?」
言葉が喉に詰まって、上手く出ない。
「ブランドン様から、預かり物がございます。貴方が来店した時に渡して欲しいと」
「それ、は」
なんだ?と、言い終わる前に、笑顔の紳士はスッと、ドアを開け放った。
「どうぞ、ゆっくりとお会いになって来て下さい。その後にお渡しいたします」
怪訝な顔をするシロウを見て、店員は補足の言葉を口にした。
「今、お声掛けしたのは、ブランドン様との約束を確実に成すためです。もしお客様に今日お渡し出来なかったら、私はブランドン様との約束を破った事になってしまいますから」
そのまま促されて外に出る。
ジャリジャリと靴底から響く音を聞きながら、ブランドンの墓に向かう。
…私に…渡したいもの?…
砂利道から、よく手入れされた芝生の広がる墓地に入る。
広い敷地に、ポツンポツンと距離を空けて石碑が配置されている。
来るのは三度目。
一度目は、ブランドンがまだ存命だった時に、『死んだらここに会いにきてくれ』と、案内された。
二度目はブランドンの訃報を聞いた後、入院していた病院から直行した。あの時は酷い豪雨で、そうだ、あの店は空いていなかったのだ。
陽は地平線に沈みかけ、薄暗がりの中をシロウは目的の石碑に辿り着く。
ブランドン・グロスと、その妻の名前が刻まれた石碑リースをかけ、ひざまづく。
シロウ自体は無宗教の為、胸の前で十字を切る事も、手を組む事もせず、ただ冷たい墓石に右手を添えた。
「ブランドン。お久しぶりです」
大きな案件で怪我人が多数出た事。
その中に、ハロルドも含まれている事を詫びた。
貴方から託された男であるのに。
申し訳ありません。と。
それから愛おしげに石碑の表面を撫でた。
「貴方、何を預けたんですか?」
心の中で問うても、返事などないのは判っているが、実はもう、預かりもが何なのか気になって、長居する気分ではなくなっていたのだ。
「まったく。貴方という人は……」
ブランドン・グロスという男は、その地位と年齢に似合わず、子供っぽい部分のある男だった。
「おすすめのボディーソープとかだったら怒りますからね」
共に過ごした病院での日々を思い出して、シロウの口元に微笑みが宿った。
「おや、もうよろしいので?」
店内に入ると、直ぐに件の店員が気づいて近寄って来た。
「では、コチラを」
レジ台の横の引き出しのカギを開け、中から、A4サイズの茶封筒を取り出した。
「これが、あの方からだと示す証拠は?」
すぐに受け取らないシロウを見て、店員は面白そうに口元を緩めた。
「なんだ?」
「いえ、ブランドン様がおっしゃった通りだなと思いまして。証拠は中に。ブランドン様しか持ち得ない物、が中に御座います」
しばしの逡巡の後、美しくネイルを塗った指が茶封筒を受け取った。
それには厚みがあり宛名はない。ただ裏を見ると蝋で封をしてあり、中身をすり替えた形跡はない。
「あ、あとコレを」
メモ用紙と共に渡されたのは。
「カギ?」
「ブランドン様のご自宅のカギです。ブランドン様はそこにお一人で住まれ、最後に救急車で運ばれる時も、そこから搬送されました」
真摯な瞳が、ジッとシロウを見つめた。
「フジタ様、車なら三十分もかかりません」
その眼差しと口調から、暗に立ち寄って欲しいという意思を感じた。
「寄れたら、寄ろう」
どちらとも取れる返事をして、頭を下げる店員に背を向けた。
ブランドン…貴方が過ごしていた場所…。
店員に返した言葉とは裏腹に、運転席にその身体を滑り込ませる時には、シロウの中で、『その場に行こう』という気持ちが固まっていた。
日が暮れた農道を、メモに書かれた地図通りに進む。
途中、基地に連絡して今晩は戻らない旨を伝えた。
なんとなく長い夜になりそうな気がしたのだ。
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