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愛おしい過去 ⑳ 貴方の『一番』になりたかった
しおりを挟む「きもちいい」
小さな声が、喘ぐ隙間に漏れ出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは男の退官まで、一週間と迫った日だった。
珍しく休みの申請が通り、一人で下界に出掛けていたシロウが基地に帰って来た。
士官室のデスクで、分厚い本を読んでいた男が、栞を挟んで本を閉じる。
「おかえり、シロウ」
にこやかに迎える男に、シロウは大股に近づいた。長い黒髪が歩くたびに優雅に揺れる。
「ブランドン」
基地内でも、二人きりの時は名前で呼び合っている。
デスクを挟んで向いあったシロウが、男に真剣な眼差しを向ける。
「なんだい?」
「貴方、サイズはいくつですか?」
「んん?服の?それとも靴かね?」
「どちらも違いますよ」
シロウは手にしていた紙袋から、小箱を三つ取り出した。
「貴方の体格的に、Mはあり得ないと思いましたので、その上のサイズを選んで来ました」
カラフルな小箱を男のデスクにぽんぽんと並べる。
「何だね?このキャラクターは、ウマ?と、ゾウ?と、ステゴザウルス??お菓子かね?コレは?」
男が不思議そうにシロウを見上げる。
「コンドームですよ。スキン。使った事くらいあるでしょう?」
「なっ……⁈」
「とりあえず寝室に行きましょう」
「な、なに?」
「恋人が、スキンを準備して寝室に誘っている意味が、まさかわからないとおっしゃる?」
シロウは大袈裟に首を傾げた。
「いやまだ昼間…」
「はい?昼間にセックスしてはいけない理由は何ですか?」
「こ、こんな時期だ。急な来客が無いとも言えんし」
それを聞いたシロウは、スタスタと扉まで行き、ガチャン!と勢いよく内カギを閉めた。
そして振り向く。
「あとは何ですか?」
「んぅ……」
動揺する男の目の前に、シロウは一瞬で回り込んできた。
「私はここでも構いませんよ?」
「なん、シ、ちょっと待ちなさい。のしかかるんじゃない、これ!待ちなさい!」
男の言葉を完全に無視して、シロウはその唇をふさいだ。
「ん、んう」
ガッチリと肘関節を抑えられて、舌を絡めるシロウに、男はされるがままだ。
自分が教えた関節技で、まさかこんな目にあうとは夢にも思わなかっただろう。
うねる舌の感触をしばらく堪能した後、膨らんだ男の股間を見て、シロウは満足気に口を離した。
ふー、ふー、と荒く息をしながら、やっと解放された口で、男は負けを宣言する。
「わ、わかったっ、寝室に行こう」
「そのまま寝ていて下さい」
ベッドに仰向けになった男の上に、シロウが跨る。そして、手早く男のベルトを外し、ファスナーを下げた。
マジマジと、太く立派なブツを観察しなが、パッケージと見比べるシロウ。
『あぁもう、見ていられない』と、男は両手で顔を覆った。
それにしても。
「なぜ急に、あー、『ソレ』を買ってきたんだね?」
「挿れて欲しいんですよ、貴方に。だから必要なんです」
「挿れ……」
二人は何度となく性行為を重ねたが、扱きあったり、口を使ったりで、いわゆるアナルセックスをした事は無かった。
男は顔を覆っていた両手で、シロウの肩を掴んで、押し返した。
「だめだシロウ。その事については、以前にも話し合っただろう?私とお前では、体格が違いすぎる」
「だから?」
「傷つけるためにする行為じゃないだろう」
男はシロウの身体に傷がつく事を殊更に嫌がった。
今まで挿入しなかったのはその為だ。
「別に内臓が破裂するわけでもないでしょう?多少血が出ようが、私は構いませんよ」
言いながら封を切ろうとしたゴムは、男に取り上げられた。
「ブランドン。あと一週間しかないのに、私のお願いを聞いて下さらないんですか⁈」
語気を強めるシロウに睨まれて、男は一瞬怯んだ。そして気づく。
ーあぁ、それが原因か、と。
男の退職、それに伴うシロウ・フジタの士官への昇進。
それは別離へのカウントダウンでもあるのだ。
部隊を離れれば、連絡を取り合う事すら難しくなる。
あと七日という明確な期限。
それが真っ昼間から、恋人を情事に誘うなどという行為に駆り立てたのだ。
「ただ、じっとしていてくだされば良いんです。ブランドン。
一度だけで良いんです。たった一回だけ」
男を見下ろすシロウの、長い髪がパラパラと落ちて、その顔に影が増す。
シロウの眼差しは、悲し気であった。
「貴方の体力を削るようなことはしません」
服の上から、シロウの手がゆっくりと男の胸を撫でる。
「貴方の体調が良くないのも、痩せてきてるのも、私が一番わかっています。貴方の身体を一番知ってる私が。だから一回だけ」
「……シロウ」
手を伸ばして、黒髪を耳にかける。
その手に、シロウが頬をすり寄せた。
「……痛い時は無理しないと約束しておくれ」
シロウは曖昧にうなづいた。
男はゆっくりと上体を起こし、自身の背中とヘッドレストの間にマクラを挟んだ。
「起きていた方が、呼吸が楽なんだ」
着ていたカーディガンを脱ぎシャツを脱ぎ、顕になった裸体は、最盛期よりは劣るが、それでもシロウより厚みがある。
「おいで」
広げられた両腕の中に滑り込む。
「ブランドン……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
硬い男根が、じわじわとシロウの腸壁に馴染んでいく。
男はゴムを付けた指で、しつこいくらいに拡張に時間をかけた。
そのおかげか、挿入時の痛みは想像していたよりずっと楽だった。
「動けそうかい?」
コクンとシロウはうなづき、恐る恐るという感じで腰を上下させる。
ゴリゴリと異物感の強かった男のペニスは、やがて擦れるたびにシロウに快楽をもたらした。
「っ、は、あ……ッ」
「シロウ、やはり痛いなら」
男の心配そうな声に、ふるふると首を振るだけで精一杯だった。
『一回だけ、一度だけ』と自分に言い聞かせるシロウの気持ちとは裏腹に、身体は、もっと刺激を、もっと奥に、と求めて止まない。
「…き、……」
「ん?」
「きもちいい」
喘ぐ隙間にそれだけ声にする。
そして、ぎゅうっと瞳を閉じて、射精に向けて腰の動きを早める。
ビュルビュルと飛んだ白濁が、男の身体を汚し、ベッドに脱ぎ散らかした二人の衣服にまで掛かる。
「すいません、すぐ、退きますから」
荒い息を吐きながら、男の上から降りようとするその身体を、太い腕が引き寄せた。
「シロウ。少し、こうしていよう」
しっとりと汗をかいた身体を抱きしめ合って、お互いの昂まりが収まるのを待った。
「貴方の、熱を、ずっと覚えています」
未だナカにある男のペニスが、萎えずに存在を主張している。
だが、これ以上刺激するのは無理だろう。
密着していると、男が胸の奥でゼーゼーと、雑音混じりの呼吸をしているのが、如実に解るのだ。
「無理強いして……ごめんなさい」
「私は大丈夫だよ。謝らなくていい」
「ブランドン」
背中に回した腕に精一杯の愛しさを込めた。
次に抱きしめ合えるのはいつだろう。
キスできるのは?セックスは?
ーあぁ、貴方の一番が、私だったら良かったのに……。
もう、諦めたはずの願いが胸の奥で疼いた。
次の日から二人は、式典の準備やら、互いの仕事の引き継ぎと確認、本部のお偉い方への挨拶回りと、忙殺された。
共にいられる時間は一気に減り、同じベッドで眠ることも叶わずに、あっさりと、最後の七日間は過ぎた。
あの昼間の明るい寝室で、初めてした行為が、本当に、最初で最後の、たった一回になったのだった。
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