誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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愛おしい過去 ⑲ 貴方は私を選ばない

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 男の実技指導は、中々にハードなものだった。

 基本的にはシロウを第一班の訓練に参加させつつ、合間の時間に体術や武器の扱いなどを自身が指導する。

 ほかの隊員にとっては、休憩に充てられる時間に、休む事を許されない。

 そんな過酷な[特別待遇]にも関わらず、次の朝には、平然と訓練に参加しているシロウを見て、まわりの隊員も、さすがは士官から指名を受けた男だ。シロウ・フジタは特別な人間なのだ。と、そんな風に受け入れて行った。


 また、様々な国からの協力要請に対して、通訳無しで話し合えるシロウの語学力も注目された。

 通常、七部隊のトップである本部の大佐が、依頼を受けるかどうかを判断する。
 そして、各部隊の特性に合わせて仕事が割り振られるのだ。

 場合によっては、依頼国の特使が部隊の官舎を訪れる事もある。
 その時に、相手国との関係性を崩さず、尚且つ自部隊の隊員の負担を無理のないものにする。
 協力はする、報酬は得る、しかし、隊員に無駄な怪我人が出ない様に交渉し、配置させる。

 その手腕が、シロウは飛び抜けて上手かった。

 子供の頃から、義父の遺産目当てのやからと対峙してきた経験値と度胸が、ここで生かされたと言っても良いだろう。

 一年もしない内に、シロウは士官の右腕だと認知され、常に一緒にいる二人の姿は、部隊では日常の光景になっていた。








 ーそれから、五年の月日が経った。





 深夜……。
 ふと、寒さに目が覚める。

「……ブランドン?」

 いつも隣に寝ている男の姿が、ベッドにない。

 そっと寝室を出ると、男は士官室のチェアに座り、ぼうっ、と窓の外を眺めていた。


「ブランドン」

 声を掛けると、男はひどく驚いた様子でこちらを見た。シロウの気配に全く気づいていなかったのだ。

「満月ですね」

「あ、あぁ」

 バツが悪そうに、男はシロウから視線を外した。

 わざと核心には触れず、シロウは男の横に立って、静かに夜空を見上げた。

「星空鑑賞も悪くありませんが、明日の仕事に支障が出ない程度にして下さいね」

 それだけ言ってシロウはきびすを返す。
 うしろで、男がチェアから立ち上がる気配をがした。

 シロウに続いて寝室に戻った男は、並んでベッドに横になると、言い辛そうに「ちょっと考えてしまったんだよ」と口を開く。

「….あと何回、こうやってお前と夜を過ごせるだろうと、ね」

 あぁ、やはりそんな事を考えていたのか、とシロウは胸の奥がチクリとするのを感じた。         




 シロウの立場は、次の士官として揺るぎない物になっていた。
 しかし、それは男がいつ部隊を去っても良い様に、準備が整ったとも言えるのた。

 更に言えば、男がこんな風に感傷的になる日は、ハロルド・リーに会った日、と決まっている。


 男は数ヶ月前から、特別講師として大学の仕事を再開した。
 今日も大学に出向いてきたのだ。

 男が教授職に復帰した理由は、明確だ。

 ハロルド・リーの入学。その一点に尽きる。




 シロウも班長職を務めながら、男の指示で実技の講師として、何度か大学に同行していた。


 未来の可能性に溢れた若い学生達は、シロウには酷く眩しく見えた。

「数年後には、殆どがお前の部下になる。今から、優秀だと思う生徒を頭の中で選抜しておきなさい。指導しながら、将来の部下、自分の右腕にしたい者を見定めるんだ」

「それは、ハロルド・リー以外でも?」

「勿論だよ」

 少しひねくれた質問かと思ったが、男はあっさり承諾した。


「シロウ、確かにハロルドの事はお前に頼んだ。でも、特別扱いしてくれと言っている訳ではないんだよ」

 貴方にとって特別である時点で、私にとっても特別なんですがね……、そんな嫌味は心の中だけに留めた。と、言うのも。


 成長したハロルドは、明るく、友人も多く。
 座学の成績も良ければ、実技の授業にも前向きで、一人の生徒として嫌な点が少しも無かったからだ。

 技の見本として、他の生徒の前で投げ飛ばした時も、素直に驚き『ちょっと今の覚えたいから、もう一回投げてくれ』と、
 恥も感じさせぬ口調で頼んできたのだ。

 また、男にも自分にもよく懐いた。
 ハーフアップにした自分の黒髪を指差しながら、俺もフジタ先生くらい伸ばすんだ、と笑顔で言われた時は大層驚いたものだ。

 男にとって『特別ななにか』であるハロルドは、シロウにとって脅威だったはずなのに……。
 今では将来の部下の一人として考えている。癪だが。






 あと何回夜を共に……。

 そんな事を考える程。
 それ程に自分を大事に想ってくれるのに。

 しかし、それでも男はハロルド・リーを選ぶのだろう。自分と居る時間を減らし、大学で教授としてハロルドと過ごす時間を作る。

 男の胸に顔を埋め、シロウは切ない気持ちを抱えながら、瞳をとじた。






 いっそ、お前を憎めれば楽だったのに、
 ハロルド。



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