94 / 100
愛おしい過去 ⑲ 貴方は私を選ばない
しおりを挟む男の実技指導は、中々にハードなものだった。
基本的にはシロウを第一班の訓練に参加させつつ、合間の時間に体術や武器の扱いなどを自身が指導する。
ほかの隊員にとっては、休憩に充てられる時間に、休む事を許されない。
そんな過酷な[特別待遇]にも関わらず、次の朝には、平然と訓練に参加しているシロウを見て、まわりの隊員も、さすがは士官から指名を受けた男だ。シロウ・フジタは特別な人間なのだ。と、そんな風に受け入れて行った。
また、様々な国からの協力要請に対して、通訳無しで話し合えるシロウの語学力も注目された。
通常、七部隊のトップである本部の大佐が、依頼を受けるかどうかを判断する。
そして、各部隊の特性に合わせて仕事が割り振られるのだ。
場合によっては、依頼国の特使が部隊の官舎を訪れる事もある。
その時に、相手国との関係性を崩さず、尚且つ自部隊の隊員の負担を無理のないものにする。
協力はする、報酬は得る、しかし、隊員に無駄な怪我人が出ない様に交渉し、配置させる。
その手腕が、シロウは飛び抜けて上手かった。
子供の頃から、義父の遺産目当ての輩と対峙してきた経験値と度胸が、ここで生かされたと言っても良いだろう。
一年もしない内に、シロウは士官の右腕だと認知され、常に一緒にいる二人の姿は、部隊では日常の光景になっていた。
ーそれから、五年の月日が経った。
深夜……。
ふと、寒さに目が覚める。
「……ブランドン?」
いつも隣に寝ている男の姿が、ベッドにない。
そっと寝室を出ると、男は士官室のチェアに座り、ぼうっ、と窓の外を眺めていた。
「ブランドン」
声を掛けると、男はひどく驚いた様子でこちらを見た。シロウの気配に全く気づいていなかったのだ。
「満月ですね」
「あ、あぁ」
バツが悪そうに、男はシロウから視線を外した。
わざと核心には触れず、シロウは男の横に立って、静かに夜空を見上げた。
「星空鑑賞も悪くありませんが、明日の仕事に支障が出ない程度にして下さいね」
それだけ言ってシロウは踵を返す。
うしろで、男がチェアから立ち上がる気配をがした。
シロウに続いて寝室に戻った男は、並んでベッドに横になると、言い辛そうに「ちょっと考えてしまったんだよ」と口を開く。
「….あと何回、こうやってお前と夜を過ごせるだろうと、ね」
あぁ、やはりそんな事を考えていたのか、とシロウは胸の奥がチクリとするのを感じた。
シロウの立場は、次の士官として揺るぎない物になっていた。
しかし、それは男がいつ部隊を去っても良い様に、準備が整ったとも言えるのた。
更に言えば、男がこんな風に感傷的になる日は、ハロルド・リーに会った日、と決まっている。
男は数ヶ月前から、特別講師として大学の仕事を再開した。
今日も大学に出向いてきたのだ。
男が教授職に復帰した理由は、明確だ。
ハロルド・リーの入学。その一点に尽きる。
シロウも班長職を務めながら、男の指示で実技の講師として、何度か大学に同行していた。
未来の可能性に溢れた若い学生達は、シロウには酷く眩しく見えた。
「数年後には、殆どがお前の部下になる。今から、優秀だと思う生徒を頭の中で選抜しておきなさい。指導しながら、将来の部下、自分の右腕にしたい者を見定めるんだ」
「それは、ハロルド・リー以外でも?」
「勿論だよ」
少し捻くれた質問かと思ったが、男はあっさり承諾した。
「シロウ、確かにハロルドの事はお前に頼んだ。でも、特別扱いしてくれと言っている訳ではないんだよ」
貴方にとって特別である時点で、私にとっても特別なんですがね……、そんな嫌味は心の中だけに留めた。と、言うのも。
成長したハロルドは、明るく、友人も多く。
座学の成績も良ければ、実技の授業にも前向きで、一人の生徒として嫌な点が少しも無かったからだ。
技の見本として、他の生徒の前で投げ飛ばした時も、素直に驚き『ちょっと今の覚えたいから、もう一回投げてくれ』と、
恥も感じさせぬ口調で頼んできたのだ。
また、男にも自分にもよく懐いた。
ハーフアップにした自分の黒髪を指差しながら、俺もフジタ先生くらい伸ばすんだ、と笑顔で言われた時は大層驚いたものだ。
男にとって『特別ななにか』であるハロルドは、シロウにとって脅威だったはずなのに……。
今では将来の部下の一人として考えている。癪だが。
あと何回夜を共に……。
そんな事を考える程。
それ程に自分を大事に想ってくれるのに。
しかし、それでも男はハロルド・リーを選ぶのだろう。自分と居る時間を減らし、大学で教授としてハロルドと過ごす時間を作る。
男の胸に顔を埋め、シロウは切ない気持ちを抱えながら、瞳をとじた。
いっそ、お前を憎めれば楽だったのに、
ハロルド。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説


目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?
ルームシェアは犬猿の仲で
凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。
新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。
しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉
掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。
犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。


代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。


婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる