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愛おしい過去 ⑯ それでも一緒にいてくれますか?
しおりを挟む「ごめ、なさい」
まるで子供に戻ってしまった様な、幼い口調だった。
「シロウ」
男の手が、落ち着かせる様に背中をなでる。
「ごめんなさい」
「シロウ、おいで」
男は立ち上がれないシロウを抱えて、ベッドまで運んだ。
座らせて、冷えない様にバスタオルでその身体を包む。
うつろな暗い瞳に、自分の姿が映っている。
だが、シロウは認識しているのかいないのか。
ただひたすらに涙が流れ出ている。
「お前は何も悪くないよ」
そう言って、男は、自分もタオルを羽織っただけの姿で、シロウを抱きしめた。
……温かい……。
全身を包む温もりを感じながら、シロウは目を開けた。
「私、寝ていましたか?」
いつのまにかパジャマを着て、男と二人でベッドで抱き合って横になっていた。
「そうだね」
真実を言えば、シロウは散々泣いた後に過呼吸を起こした。そして、それが治まったと思ったら急に意識を失った。
恐らく、自分の過酷な幼少期について、他人に話したのは今回が初めてなのではないか?と男は思っていた。
そして、それはとてつもないストレスだったのだろう。
戦場に行った仲間がPTSDで、急に意識を失うのを見た事がある。
シロウの身にも、同じ様な事が起こったのだと考えた。
だが、目覚めたシロウが何も覚えていない様子だったので、男は話を合わせた。
「ブランドン」
「なんだね?」
「今は、私をどう思っていますか?」
「生きていてくれて良かった、と思っているよ」
「それだけですか?」
「シロウ。お母様の事は、悲しい事故だよ。お前が殺した訳じゃない」
じっと自分を見つめるシロウに、男は続けた。
「お前が、私を遠ざけようとしたのはそれが理由かな?『人殺しが幸せになるべきではない』と。お前にとっては、独りで生きている事自体が、お母様への懺悔なのだね」
「ブランドン」
「うん?」
「退院の日取りが決まったのでしょう?」
「うん⁈誰から聞いた?」
「主治医が」
おしゃべりなんだなぁ、と男は呟いた。
「貴方といられる時間は、もう少ない。
復職したら……あんな、上下関係の厳しい場所で。ただの新人である私が、貴方のそばになんか居られるわけがない。次の士官。なんて周りを納得させられる訳がない。だから」
「それも、理由の一つなのだね?そうかそうか」
ふふ、と軽く男は笑った。
「シロウ、お前、私を誰だと思っているんだね」
「だれ、とは?」
「私は士官なんだよ?」
シロウは意味がわからなかった様で、ゆっくりと何度か瞬きした。
「つまりね、私に表立って意見出来る人間は居ないと言う事だよ?」
「いない…」
「シロウ、もう眠りなさい。お前が心配している事は何も起きないよ」
ゆっくりと背中を撫でていると、シロウはやがて目を閉じて、寝息を立て始めた。
この男の仄暗い過去が、『独り』を選択させている。
「本当はさみしいだろうに」
疲れた顔をして眠るシロウが堪らなく愛おしかった。
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