誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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愛おしい過去 ⑮ 母の再婚相手

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 腕を、男の身体にまわす。
 男の胸に顔を埋めて、トクトクと響く心音に耳を傾ける。


「部隊の身上調査書に、どこまで書かれているのかは知りません。ただ、私の両親は放火による火災で亡くなった事になっていると思います」

「あぁ。確かに、そう記載されていた」

「それは嘘です」

 ぴったりと肌を合わせたまま、シロウは告白した。

「嘘?」

「私が殺しました」

 男の心音が、少し速くなる。

 シロウはそのまま、告白を続けた。


「母は一人で、私を育てていました。実の父についてはよく知りません。
 特別聞こうとも思った事もありません。
 私は母と二人きりの生活に、なんの不満も無かったからです。狭い部屋の小さなベッドで、毎晩、母に抱きしめられながら眠るのが好きでした。私は幸せでした。

 でも、母は違ったんです。

 ある時、身なりの良い一人の男を連れて来て再婚すると言いました。『コレで幸せになれる』と言いました。
 母は、私がいるだけでは幸せでは無かったんだと知って、ショックでした」

 シャワーでシロウの身体を温めながら、男は黙って聞いていた。

「でも、母の期待はあっけなく崩れました。
 義父の屋敷に着いた途端に、母は地下室に閉じ込められ、私は連れて行かれた二階の男の部屋で、裸になれと言われました」

「なんだと?」

 ドッ、と男の心臓が跳ねたのが分かった。

「自分では見えないので、どのくらい跡が残っているか判りませんが」

 そう言って、シロウは男から身体を離し、長い髪を左胸の前にまとめる。
 そして、男に背中を向けた。

「っ、これは」

 あらわになったシロウの後ろ姿。
 目立つ火傷の跡のほかに、よく見ると無数のみみず腫れのような跡がある。
 薄紅色のそれは背中一面に。そして腰から尻の一部にも。

「なんという事を……」

 いつもは長い髪に隠れている場所に、これ程の傷があったとは。

 言葉に詰まった男が、そっと背中を撫でた。
 年月が経っているからか、触れても肌に凹凸は無い。それはまるでシロウの身体の一部になって、表皮の下に潜んでいるのだ。


「義父は毎晩仕事から帰って来ると、私を鞭で打ちました。そして、もし私が逃げたら、母を殺すと言いました。
 義父は最初から、抵抗出来ない玩具が欲しかったのだと思います。

 気が済むまで鞭を振るうと、私にパンやクッキーの入った袋を投げて寄越しました。
 私はそれを持って、地下室に行き母と分け合って食べました。

 地下室のドアには鍵が掛けられて、母の姿を見る事は出来ませんでした。
 ただ、背伸びしてやっと届く位置に、小さな穴が開けられていて、私はそこから母に食べ物を差し入れました。

 わずかに、手だけが母に触れる事ができました。

 母は、私に謝りながらずっと泣いていました。

 そんな日々がどのくらい続いたのか、記憶は曖昧ですが……私の体は痩せ細って、階段を登るのにも這って行かなければならない程に、体力も落ちました。

 ある夜、義父は私を鞭打った後、酒を飲んでソファで眠り始めたんです。

 服を拾い集めて部屋を出ようとした私は、物音に気づいて、窓の外を見ました。

 窓には鉄格子がはめられていて、開ける事は出来ませんでしたが、暗い庭に一台のトラックが見えました。

 数人の男が、荷台から何かを抱えて来て、屋敷の壁に立てかけると、それに火を付けました。

 後からわかった事ですが、男は表向きは投資家として成功し、裏では法外な利子を取って、金貸しのような事をしていたようです。
 きっと恨まれる事も多かったのでしょう。

 広がっていく炎をみて、私は『チャンスだ』と思いました。

 ついさっきまで自分の体を打っていた鞭を持って、そっと部屋を出ました。

 ドアノブに何重にも鞭を巻き付けて、義父が目を覚ましても、簡単には部屋から出られない様にしました。

 自分が逃げる為の時間を稼ぎたかったんです」

 シロウは、疲れた様にシャワールームの壁にもたれた。

「この身体の火傷は、必死で走っている時に転んで、上から落ちて来た天井の梁の下敷きになった時のモノです。
 燃える梁から、本当に、死にものぐるいで這い出して、玄関の内鍵を開けました。
 振り返って、燃え盛る屋敷を見ました。
 義父が追いかけて来ない事に安堵しました。
 そして、不意に笑いが込み上げました。
 私を踏み躙った義父に『勝った』と。そう思いました」

 一呼吸ついて、弱々しい声でシロウは続ける。

「外は雪が降っていて、その寒さと、それから、痛みが、私を冷静にさせました。
 顔や、腕から、たくさん血が流れて……足元に血溜まりが出来ていたんです。

 泣きました。

 どれほど泣いても、崩れ落ちる屋敷からは

 シロウはずるずると、その場にしゃがみ込んだ。

「母が、いたのに、あの中には、母が」

 膝を抱えて顔を伏せる。
 震える肩が、声が、シロウの後悔を物語る。

「私は、自分が逃げる事ばかり考えて、地下室にいる母の事を、ただの一瞬も思い出さなかった」

「シロウ」

「私は、母を見殺しにした」






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