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愛おしい過去 ⑬ 蜜月
しおりを挟む満月の穏やかな明かりが、病室の窓から室内を照らしている。
ベッドの上から伸びる影が、付いたり離れしながら、やがてぴったりと重なってベッドに沈んだ。
ちゅ、ちゅ、と病室にリップ音が響きはじめる。
二人の眠る前の戯れは、一夜ごとに、かける時間も行為も深いものになっていた。
シロウが使っていた簡易ベッドは、昨夜からお役御免となり、病室の隅に立てかけられている。
男の武骨な指が、長い髪を丁寧にまとめると
ベッドの端に寄せた。
「なんだか潰しそうで怖いな」
男は、添い寝する自分の身体の大きさに、少しばかり躊躇する。
「昨日もそうおっしゃってましたね。心配なら別々に寝ましょうか?」
「意地悪言わないでおくれ」
拗ねた少年の様に口を尖らせた男は、すぐにいつもの穏やかな顔に戻ると、愛おし気にシロウの唇を吸った。
そして、深く深く舌を差し入れた。
目を閉じているからか、余計に他の感覚が敏感になっている。
男の手がシャツに伸びたのを感じただけで、ぴくり、と身体が反応する。
唇を合わせたまま、男は片手でぷつんぷつんとボタンを上から外していく。
まるで夢でも見てるような心地だ。
開いたシャツの下、素肌を露わにすると、今度は下着に手を入れて窮屈そうに押し込められていた、シロウのペニスを開放する。
そして感嘆の声を上げた。
「おまえは、本当に、こんな所まで美しいなんて…」
ムクリと身体を起こした男が自分を見下ろしている。
凝視されているのが『ナニ』なのか。
解りすぎて恥ずかしさに身体が震えた。
身をよじろうとしても、男の両手はしっかりとシロウの腰を捉えていて、その視線か逃れる事ができない。
ヒクヒクと震えるピンク色の先端から、一雫、透明な液体が竿を伝って陰毛の隙間に沈んだ。
「良かった」
「な、にがですが」
羞恥で顔を背けているシロウに、男が顔を近づけた気配がした。
「私のが使い物になるのか、ちょっと心配だったんだよ」
シロウはその言葉に、そおっと目を開けてみた。
互いの身体の隙間から見える男の股間は、パジャマの上からでも、ハッキリとわかる程にそそり立っていて、背筋がゾクゾクする位に煽情的な光景だった。
男は自身のパジャマの上を脱ぎ捨て、下着から立派な男根を引っ張り出す。
そしてシロウの顔の横に手を付くと、互いの下半身を擦り合わせるようにして身体を近づけた。
男は、熱を帯びた真剣な眼差しでシロウを見つめて来る。
視線を外す事が出来ずに、シロウも黒く艶めく男の瞳を見つめ返した。
『熱い……』
擦り付け合うペニスも、互いの上がる息も。
男は、動きに緩急をつけながら自身の男根でシロウのペニスを愛撫する。
亀頭の先端から溢れ出した二本分のカウパーが、擦れる度にクチュクチュと音を立てる。
「う、んっ」
自然と声が漏れ、シーツを握る手に力が入る。
「シロウ。握るならコッチを」
男は優しい口調で諭し、シロウの手首を掴むと、自身の身体に導いた。
「首でも、肩でも」
話しながらも腰の動きは止めずに。
「あ、でも、キズつけてしまうかも、ッ」
シロウは喘ぐ合間に、やっとの思いで言葉を搾り出す。
「お前は優しいな。大丈夫だから」
戸惑いながらも、震える手を男の腕に伸ばす。
そして、逞しい腕を握りしめながら、迫り来る衝動に耐えた。
ガクガクと震える身体も、潤む瞳も。
全てさらけ出したまま、男の眼前でイッた。
その瞬間でさえ、お互いの瞳を見つめたまま。
生温かい体液が、腹の上に広がっていくのを感じる。
『あぁ、こんな顔までも知られてしまった』
「ブランドン……」
ふー、と息を整えたシロウは、人差し指で軽く男の唇をなぞった。
うっすら汗ばんだ身体。
自分に覆い被さる男は、まだ達していない。
「じっとしていて下さい」
シロウは射精した直後のまだ震える身体を少しずらして男のモノに手を伸ばす。
「大きい」
まるで無意識につぶやいた言葉だった。
「シロウ、わ、私のは良いから」
若干あわてた様に、男が腰を引こうとする。
だが、血管の浮き出た立派なペニスは、未射精のままで。
「苦しそうですよ」
シロウは離す気など更々無かった。
右手で握るソレは、熱く硬くため息が出るほ『男』として完璧なモノだった。
ゆるゆると上下に擦ると、男も射精寸前だったようだ。
ぐっ、と全身に力が入り、ビュルビュルと白濁を吐き出す。
ふー、ふー、と苦しそうに息をしながら、男はシロウに体重を預けてくる。
ベッドの上で広い背中を両手で抱きしめた。
二人で重なり合ったまま、互いの身体の熱が収まるのを待った。
やや雲が出始めた様だ。室内を照らしていた月光が弱くなっている。
薄暗がりの中、シロウは男の身体を愛おしくなでた。
「すまない、重かっただろう」
呼吸が落ち着いた男は、身体を起こしてベッドサイドに腰掛ける。
シロウも起き上がると、マクラをクッション代わりにしてヘッドボードにもたれた。
「お前、私なんかが相手でよかったのかね?」
「何をいまさら。貴方こそ、あの少年の為に、こんな事までやってのけるんですね」
「な、に?」
男が返事を返すまでに数秒の間があった。
無表情に自分を見るシロウの姿を、大きく見開いた瞳で凝視した。
男の脳が、言われた言葉の意味を理解するのに更に数秒を要した。
ーそして。
「シロウ!それは違う!」
男は勢いよくシロウの両腕を掴んだ。
元々筋肉質な大きな手で力任せに握られて、痛い程だったが、そんな事はひとつも感じさせない澄ました顔でシロウは続けた。
「私の行動は、さぞかし滑稽だったでしょう?」
ふ、と軽くため息をついた。
「この容姿を褒められたのは、初めてだったので、本当に、そんな事で有頂天になってしまって。わたしは、簡単に貴方に恋をした」
「シロ…」
「それが貴方には丁度良かったのでしょう?男である私の相手をして恩を作っておけば、ハロルド・リーの将来が更に安定したものになる。そう思ったのでしょう?」
まるで何を言っているのか判らないという顔で、男はシロウを見つめる。
「ここまでにしましょう。約束通りあの少年が入隊したなら、面倒は見ますよ。ですから、これ以上の行為は必要有りません。
あと、士官にしてやるとかいう話も。無かった事に。わたし、出世欲は無いんですよね」
「おまえは、何を……」
「お互い冷静でいられる内に、この話は終わりにしましょう」
「なら、ならなぜ私を信じられないのか、その理由を教えておくれ」
「なぜ?」
シロウの瞳が、睨む様に男を見上げた。
「いいですか!よく見なさい!」
怒気を孕んだ声だった。
「コレが!美しい⁈」
男の手を振り払い、はだけたままだったシャツを脱ぎ捨てた。
「誰が聞いたって嘘だってわかりますよ!」
身体半分に広がる火傷の跡を。
それを見ても男は美しいと言ってくれた。
嬉しかった。
嘘でも良かった。
「前にも言いましたが、貴方の身体を傷つけた事は申し訳なく思っています。だから、もうこんなセックスまがいの事をしなくても、貴方に頼まれた事はやりますよ」
これでいい。
充分夢を見た。
一生分恋をした。
これ以上は、望み過ぎというものだ。
幸せを望みすぎると、きっと絶望する事になる。
死んだ母の様に。
「お前、それは本心ではないだろう?」
「本心ですよ」
「ではなぜ、泣いているんだ、シロウ」
大きな手がひんやりと冷たいシロウの頬を包み込んだ。
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