誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

文字の大きさ
上 下
86 / 100

愛おしい過去 ⑪ 自覚

しおりを挟む




 ゆっくりと顔を離してから、シロウは、
 驚いた顔で自分を見ている男に話しかけた。

「怒らないんですね」

「おまえ、怒るなと言ったじゃないか」

 困った様に眉をしかめて、男は答えた。

「確かに言いましたが、嫌なら怒るのでは?ちなみに私は、あなたに息子扱いされるのは嫌です」

「な、に?」

「一般的に言って、親子はキスはしませんね?」

「えぇと、つまり?おまえは、私に息子扱いされたくなくてキスしたっていうのかい?」

「まぁ、そうですね。あと、ただの上司と部下でもキスしませんね?」

「だがシロウ、おまえは」
 
 なにやら反論されそうな気配を感じて、シロウはもう一度、その厚い唇に口付けた。

 男は…拒むでもなく怒るでもなく、ただただ驚きのままに、シロウの行為を受け入れた。

 そして。

 太い腕がシロウの身体を捉え、一瞬で体勢が逆転する。

 ベッドに仰向けにされたシロウは、自分に覆い被さる男の大きな身体に圧倒されていた。

 これ程までに体格差があったのだと、改めて感じてしまう程に雄々しく逞ましい身体だ。

 内心の動揺を隠して、男の出方を待つ。

 男は、真剣な面持ちで、言葉を選びながら慎重に尋ねた。

「お前も『嫌なら怒る』、そうだろう?」  

「そうですね。今の状況は嫌ではないですよ」 

「では、ええと、その、好きなのかね?つまり、わたしを?」

 それを聞いたシロウは、無表情に大きな体の下から這いずりだすと、簡易ベッドに潜って布団を頭から被った。

 言葉にされた途端に、急に恥ずかしくなったのだ。
 体中が熱くて、どうにかなってしまいそうだ。

 他人に『好きだ』と意思表示する事が、これ程恥ずかしいものだとは知らなかった。

 なにせシロウ・フジタは、両親を亡くしてから、人間嫌いをこじらせすぎて、他人に好意を持つという事がなかったのだ。相手が異性でも同性でも、だ。

 シロウは自分がしてしまった事に激しく動揺していたし、自分は今とんでもなくみっともない顔をしているに違いないと思った。

「これ、シロウ」

「なんですか」

「逃げるんじゃない、私だけが恥ずかしいだろうっ」

「逃げてません」

「じゃあ、そこから出てきなさい」

「……今は無理です」

 布団の中から、くぐもった声が応える。

「なら、せめて髪は乾かしなさい。風邪を引くよ」  

「そんなヤワじゃありません」

「……髪が痛むよ?」

「……それは……そうですね」

 ムクッと起き上がったと思ったら、余程顔を見られたくないのか、頭から布団を被ったまま足早にシャワールームに向かって駆けていく。


 男はその後ろ姿を見つめて、なんとまぁ、可愛い事だと思う。

 それから、髭に囲まれた自分の口元を手で触ってみた。

 重なったシロウの唇の感触を思い出す。
 首に回された腕が震えていた事も。

 思い出す程に自分の顔が燃えるように熱くなり、そして、自分の股間が軽く勃起していることに驚いた。

『まいったな』

 ばさりと、ベッドに仰向けになった男は、ガーガーと響くドライヤーの音に紛れ込ませて『この歳で、なんて事だ…』と呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

ルームシェアは犬猿の仲で

凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。 新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。 しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉ 掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。 犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...