誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

文字の大きさ
上 下
85 / 100

愛おしい過去 ⑩ 初めてのキス

しおりを挟む






「……老眼ですか?」

「ふはっ!お前、真っ赤な顔でそんな事言ったって、全然皮肉に聞こえないよ!あっはっは!」

 朗らかに笑う男とは反対に、シロウの心臓ははち切れんばかりに高鳴っていた。

 なにせ、この二十数年の人生の中で、『美しい』などと称されたのは、今が初めてだったのだから。

「ふーっ」 

 ひとしきり笑い終えた男は、シロウの肩に顔を寄せた。

「すまない、ちょっと苦しくなってしまった」

 そう言えば、大きな声を出すのは主治医に禁じられていたのだ。

 こん、こん、と出る咳が、この男を傷つけてしまった自分に課せられた十字架の様に感じられた。


 シロウは戸惑いながらも、呼吸が落ち着くまでその背中をさすった。丁度抱きしめる体勢になる為、自分の心臓の音が聞こえてしまわないかと緊張しながら。

「やっぱりお前は優しい男だ」

 肩に接する額は暖かい。

「甘い香りがするなぁ」

「……まぁ、アップルパイですから」
 
「お腹が空くから隠してしまおう」

 身体を起こした男は、ふっと微笑んだ。

 そして、シロウのシャツのボタンを上から一つ一つ留めていく。



「そう言えば、お前に私の家族の話をした事はなかったかな。
 私はお前の身の上を知っているのに、フェアじゃないね」

 男はいつもと変わらない穏やかさで話し出した。

「結婚はしたんだ。でも、妻は息子が三歳の頃に他界した。癌だった。
 息子には、そりゃあもう嫌われてね」

「なぜですか?」

「どうして良い医者をお母様につけなかったのか。どうしてお母様を残して仕事に行ったのか。お母様を殺したのはお父様だ、とね。あの子も感情の吐き出し方がわからなかったのかもしれない」

 男は、寂しげに笑った。

「まぁ、その後も色々あって今は絶縁状態なんだ」

 はい、出来た。
 と、ボタンを留め終えたシャツの上から、シロウの薄い胸をぽん。と叩いた。

「息子は、ちょうどお前と同じ歳なんだよ」

 そうか、とシロウは合点がいった。
 この男は、息子と過ごしているつもりなのだ。同じ歳、同じ髪の色に瞳の色。

 実の息子に嫌われた寂しさを、自分と居ることで埋めようとしているのだ。

 下っ端の隊員に休暇を取らせてまで傍に置きたがる理由は、それだったのだ。


 これ程、肌が触れる様な事しても男の股間が僅かもエレクトしないのが、その証拠。

 私達が擬似親子だから、なのだ。
 
      



 男の希望は解った。けれど。

「私は嫌です」

「ん?」

「すいません。先に謝罪しておきます」

「シロウ?」

「怒らないで」

 言いながら男の太い首に腕を回して、そおっと厚みのある唇を喰んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルームシェアは犬猿の仲で

凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。 新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。 しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉ 掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。 犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...