誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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愛おしい過去 ⑨ 美しい男

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 シトシトと降り続く冬の雨。
 窓から入る冷気を遮断する為に、シロウは分厚いカーテンを閉めた。

「ありがとう」  

 ベッドにいる男が声を掛ける。



 日々は穏やかに過ぎ、男の怪我の状態も少しづつ良くなって行った。

 短い距離なら杖で歩行しても良い事になり、入浴も部屋にあるシャワールームを使っても良い事になった。(ただし、どちらもシロウがそばにいる事が条件で)

 男について知る事も増えた。

 野菜が嫌いで、隙あらばシロウの皿に移そうとする事とか。 

 立派な体格の割には運動は嫌いで、リハビリに行きたがらない事とか。

 あとは読書が好きで、院内にある図書室で大量の本を借りてきては、消灯時間まで読んでいる事とか。

 この日も、シャワーはどうするのか聞くと、まるで辞書のように分厚い本を読みながら、キリの良いところまで読んでからにすると言うので、遠慮なく先に使う事にした。


「あ、シロウ!」

 後ろから呼ばれて振り向く。
 男はシロウの揺れる黒髪が好きで、わざとこのタイミングで呼び止めた。
 だが、そんな思いをシロウは知るはずもない。

「今日はアップルパイの香りのシャワージェルを買ったんだ。使った感想を聞かせておくれ」

 基地の備品とは違い、ここではどんな香りの物も使えるため、男は喜々として売店で色々と買って来るのだ。

 一昨日買って来たシャンプーはハチミツ入り。昨日買ってきたのはチョコレートの香りのボディーソープ、今日はアップルパイ。

 恐る恐る使ってみると、林檎の瑞々しさと、シナモンのスパイシーな香りがふわっと漂って、シャワールームは、ティータイムのカフェさながらの甘くて幸福な香りに包まれた。

「なんだか美味しそうな香りだね」   

 本から視線を外して、男はシロウを見た。

「自分がデザートにでもなった気分ですよ」



 シロウは、ぱさりとガウンがわりのシャツだけ羽織って、簡易ベッドに腰掛ける。  


 足を組んで、長い髪をタオルで拭きながら、そう言えば、とシロウは思いついたことを口にした。

「ご家族は面会には?確か今は休暇扱いのはずですよね?」

 任務中と違って、今なら家族や友人との接触が許されるはずだ。

「どなたかいらっしゃる予定は?」

 院内では、男の息子として認知されているシロウだ。その場にいたら面倒な事になるだろうと、面会者が来る時は席を外すつもりなのだ。

「いないんだ」

「はい?」

「私には家族は居ない」

 思いもよらない返答に、シロウは数分沈黙した。

「シロウ」  

 至極真面目な顔で、男はシロウを見つめる。

「はい」

「もう一枚何か着てくれんか?」

「はい?」

「目のやり場に困る」

 男は、すすすー、とぎこちなく視線をズラす。

「下は履いてますよ?」

 ちょっとした悪戯心のつもりで、シロウは、バサっとシャツの前をはだけて見せた。

「これ!シロウ!」

 アワアワと両手で顔を覆う男を、シロウは面白そうに見た。

 そのまま、ベッドに両手を突いて男の腰を跨ぐと、相手の顔に自分の顔を近づける。

「貴方だけですよ、そんな反応をするのはね。こんな火傷だらけの身体を見て、ナニがどう困るのでしょうね?」

 今までのシロウの経験上……。

「コレを見た相手の反応は二通りしかありません。
 一、見たくなさそうに顔を背ける。
 ニ、可哀想に、とあからさまに哀れむ。
 反応を見る為に、ワザと髪は左側に寄せて焼けた皮膚が良く見えるようにしているんです」

 こんな風にね、と細い指で髪を掻き上げて見せる。

「一の場合は、相手に大した利用価値はありません。
 が、ニの場合は最大限利用させて貰います。『可哀想』という心情に漬け込むと、意外と色んなお願い事を聞いてもらえるんですよ。
 なかなか便利でしょう。この身体は」


「お前……大切な自分の身体を、道具の様に言ってはいけない」

 自分に馬乗りになっているシロウの右頬を、男はゆっくりとなでた。

「……今日みたいな雨の日は痛むのかね?」

「特には。子供の頃の火傷ですし。まぁ、天気が悪いと古傷が傷むという話はよく聞きますがね」

 男の黒い瞳の中に、首を傾げる自分の姿が見える。

「そう言えば貴方、よく私にさわれますね。醜いでしょうに」

「シロウ……。私はおまえの身体を、そんな風に感じた事は無い」

「本当にそうでしょうか? 
 綺麗事を言うだけなら、だれにだって出来ますよ?」

 はあ、と溜息を吐いて男はサイドテーブルに本を置いた。

「では、どうしたら私の言葉を信じるんだい?」

「さぁ?ご自分で考えてみては?」

「おやおや、イジワルな息子だ」  

 男は、ふぅむ。と顎髭をモジャモジャ掻いてから「では…」と、両手を伸ばした。 

 その手は躊躇なくシャツの下に入り込み、シロウの素肌の感触をまさぐった。

「もう少し、こちらにおいで」

 引き寄せる力は意外に強く、一瞬でその胸に捕らえられた。

「あ……」

 驚いているシロウに構わず、腰を右手で抱き寄せる。
 それから男の左手は、優しくシロウの火傷の跡をなぞった。

 右頬、首筋、肩から腕の先までを丁寧に撫で下ろし、そのまま右手を掴むと、うやうやしくその甲に口付けた。

 目を見開いて自分を見るシロウに、男はいつものように穏やかに微笑んだ。
 その顔は、これでも信じない?と尋ねているようにも見える。


「お前は美しいよ」   

 

















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