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愛おしい過去 ④ それは、興味か嫉妬か愛情か
しおりを挟む「あの子をおまえに頼みたい」
「頼む、とは?」
男は数秒、少年を見つめた。
そして名残惜しそうに、ゆっくりと振り向き歩き出す。
「一度戻ろう、あの子に見つかってしまう」
シロウも踵を返し歩き出した。
帰りのタクシーで、男はずっと無言だった。
少年の外見から、男の親戚かもと推測した。だが、それなら逃げる様に去る意味がわからない。
男が口を開いたのは、病室に戻ってパジャマに着替えた後だった。
温度管理された室内で、酸素を外し深呼吸する。
呼吸しやすい様に、ベッドの頭部をギャッジアップするシロウに、男は『ありがとう』と告げる。
そして。
「あの子は」と、話し出した。
「数年後にはお前の母校に進学する。そして、我々の部隊に入隊することが決まっているんだ。あの子には他の選択肢が無い」
選択肢がない?
ベッドに腰掛けて、シロウは男を見る。
寂しげに伏せられた目。
「この歳だ。どうしたって私はあの子を置いて先に逝く。だから、おまえに託したい。私の代わりに、そばにいて見守って欲しい」
ふいに、男の手が伸びてシロウの右頬に触れた。
火傷の後遺症で、その部分の感覚は鈍い。
だが、ゴツゴツと骨っぽい、その手の温もりを確かに心地良いと感じた。
「私の頼みを聞いてくれるか?」
真剣な眼差しで見つめられて、シロウもまた、真っ直ぐに黒い瞳を見つめ返した。
「要求してくれと言ったのはわたしの方ですから。嫌だなんて言いませんよ」
「ありがとう、シロウ」
柔和に微笑んだ男の手が、頬をひとなでして離れて行くのを、名残惜しいと思った。
そして、あの少年は貴方にとって、『何』なのか、と出かかった言葉を飲み込んだ。
たかだか数日密に過ごしただけの男。
そのプライベートにズカズカと踏み込むほど、自分は無礼な人間ではない。
けれども。
この男には、大切にしたい相手がいるのだと知った今。
シロウの胸中には、ドロドロとした形のない、悪意にも似た淀みが溜まりつつあった。
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