誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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愛おしい過去 ②

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「うーむ……」

 目を閉じてしばらく考えて、男は口を開いた。

「今は無理だ」

「はい?」

「おまえに頼みたい事は思いついたよ。でも、上手く説明できない」

 どういう事だ?
 シロウは訝しげに男を見た。

「退院、いや、せめて外出できるようになったら話すよ。お前も疲れたろう?基地に帰って休みなさい」

「それは命令ですか?」

「いや、そう言う訳では」

 シロウは無言で立ち上がると、クローゼットに放り込んだ自分の荷物を解き出した。
 男が病棟に運ばれた際に、男の荷物をクローゼットに運び込んだ。任務先から、病院まで直行したために、シロウが持ち歩いていた自分の荷物も一緒に入れていたのだ。


「……シロウ、もしかして泊まって行ってくれるのかね?」

「うやむやのうちに、借りを作って終わりにしたくないんです」

 一度横になった男は、起き上がって笑顔でシロウを見た。

「嬉しいな。この部屋は一人部屋だろう?少し寂しいなと思っていたんだよ。セルジオも、手術のあと基地に戻ってしまったし」

 男と同期だと言う医官は、第一基地からヘリで飛んで来て、手術の指揮をとった後、他の怪我人に対応するために、忙しく帰って行った。


「病棟スタッフに言って、簡易べットを借りよう。着替えは、あぁ病院の地下に大きな売店があるから、大概のものは揃うよ」

 にこにこと、男は説明を続ける。

「食事も、地下にカフェが。おまえは何が好きなのかね?
 わたしは今日は行けないが、好きな物を食べてくるといい。
 支払いは、私のカードを使いなさい。セルジオに持って来てもらって、ここに入っているから」

 手を伸ばしてサイドテーブルの引き出しを開けた。
 なんと警戒心のない。


 子供の様にはしゃぐ男に毒気を抜かれて、シロウはただ、わかりましたと頷くだけだった。






 部屋にあるシャワールームを使い、ドライヤーで髪を乾かす。
 ことさら静かにしていたつもはない。

 ーが。
 男はグッスリ眠っていて、起きる気配がない。


 特殊部隊の士官ともあろう人間が、無防備に寝顔を晒して、と思う。




 男のベッドの横に、簡易ベッドを設置して横になる。

 しげしげと隣に眠る男の寝顔を眺めた。

 一体どんな頼み事をする気だろう。


 重くになって来るまぶたが、自分も疲れているのだと教えてくれる。



 瞳を閉じて、耳を澄ます。
 消灯時間を過ぎた院内は静かで、聞こえるのは横にいる男の寝息だけ。


 だれかの寝息を聞きながら眠るのはいつぶりか。  

 幼い頃に母親の胸に抱かれて眠っていた頃。実にそれ以来かもしれない。

 そしてシロウ・フジタにとってその夜は、久しぶりに夢も見ずに熟睡できた夜だった。






 深夜、目を覚ました男が、大きな手でシロウの頭を撫でたことにも気づかない程に。






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