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ひねくれ者
しおりを挟む「シンシアはバイタルが安定しとる。このまま医務室でワシが診るわい」
医官トップのセルジオ・キースは、シンシアの上司であるシロウ・フジタにそう告げる。
ベッドを挟んで対面に立つ男は、表情を変えずに、横たわる部下を見下ろしていた。
第二部隊所属のシンシア・ロードライドは、何日にも渡る拘束の後、第一部隊所属のハロルド・リーによって救出された。
失血と、撃たれた場所からの感染。複数の骨折と、惨憺たる状態だったが一命は取り留めた。
今は静かに眠っている。
運び込まれた時は蝋人形の様だった顔色も、赤みが戻ってきていた。
「任せます」
それだけ言って、シロウはシンシアから視線を外す。
そのタイミングで、ベッドを囲むカーテンの向こうから声が掛かる。
「先生、戻りました」
「シーアか。どうじゃったハロルドは?」
シーアはセルジオの部下で、もう一人の重症患者であるハロルド・リーの処置に出向いていた医官だ。
救出にあたっては、ハロルドも無傷では済まなかった。
三発の銃弾を受け、顔にも縫うほどの傷を負った。
本来ならこの医務室で治療を続けるはずだった。
ーが。
本人が断固として自室に戻ると言い張ったのだ。
シーアはその粘りに根負けして、同室のパートナーに処置道具を渡した。
ところが、今度はそのパートナーから、ハロルドの高熱の知らせが来て、部屋まで抗生剤を打ちに行く羽目になったのだ。
ハロルドの容態を聞き終わったセルジオは、部下に休むように促した。
そして、じっとシーアの報告に耳を傾けていたシロウに声をかける。
「お主、ハロルドの様子を見に行かんのか?」
「なぜ私が?」
「心配しとる癖に」
「……シーア・ロドリゲスには手間を取らせたようだ。何か手当を付けておきますよ」
シロウはそっけなく話を逸らして、カーテンを開ける。
医務室に居た数人のスタッフが、慌てて作業を止めて会釈した。
「ひねくれ者め」
カーテンの向こうに消えるシロウの背中に、呆れたようなセルジオの声が投げかけられる。
「何かあれば内線を繋いで下さい」
それだけ返して、シロウ・フジタは医務室を出た。
国内最強と噂されれる、この特殊部隊において、第一部隊と第二部隊を率いるのがシロウ・フジタだ。
お堅い立場にありながら、その外見は実に特異だ。
細身の体を特注の隊服に包み、黒々とした髪は長く、肩より少し下の位置で揃えられている。
常に香水の香りを漂わせ、まぶたや爪までも美しく塗られている。
陶器の様に白い肌も相まって、どこか中性的な雰囲気を醸し出していた。
第一部隊の官舎内にあるシロウの自室。
カーテンを閉めたままの薄暗い部屋だ。
シロウは灯りも点けずにチェアに腰掛ける。
デスクから煙管を取り出し、葉を詰め火を付けた。
そして。
大きな溜息と共に煙を吐き出す。
数日ぶりの煙の味はひどく不味く感じた。
ハロルド・リーが負傷した。
その事実は、シロウにとって特別に重い。
「だから、本部に来いと言ったのに」
自分に付いて本部に来れば、給料も、その身の安全も約束されるのに。
いつ死ぬかわからない、現場の兵隊でいたいなんて……どうかしている。
しかもその理由が『ルームメイトと離れたくないから』だというではないか。
揺蕩う煙の中で目を閉じる。
「まったく。上手くいかないものだな……」
普段は髪で隠している右頬に触れながら、シロウは一人の男に想いを馳せた。
ーそれは。
若かりし頃、この部隊で自分の上司だった男。
シロウにハロルドを託し、死んでしまった男。
そして。
たった一度だけ。
シロウ・フジタにその肌の温もりを与えてくれた男だった。
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