誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

文字の大きさ
上 下
66 / 100

治療開始

しおりを挟む



 医務室には、静かな緊張感が漂っていた。

 三つあるベッドの一番奥に、アリスとアリスのパートナーがいるようだ。
 何人ものスタッフが、仕切りになっているカーテンを出たり入ったりしている。

 一人のスタッフが俺達に気づいて『こちらに』と、片手を挙げた。

 俺は車イスを押して中に入る。

 血液の渇き具合を確認したスタッフは、
「隊服は切ります」と、ハロルドに告げた。

「あぁ、やりやすいようにしてくれ」

「パートナーの方、これを着けて。ベルトを外してください」

 差し出された使い捨ての手袋を着けて、ハロルドの正面に屈んだ。
 片手しか使えないハロルドのベルトに手を掛ける。

 ハロルドに、じっと見つめられながらベルトを引き抜く。なんだか妙な絵面だな……。

 外し終わると、後ろで待ち構えていたスタッフが立ち位置を変わる。

 血液のこびりついた服が、大きなハサミで手早く切られていく。肌を傷つけないのかと覗きこんだら、ハサミの先は丸くなっていて、直接皮膚には当たらないようになっていた。

 上も下も脱がされたハロルドには、大きなタオルが掛けられた。

「そっちの準備はできたか?」

 カーテンの中からじーさんの声がした。

「はい、先生」

 返事を聞いたじーさんが、カーテンを開ける。

 一瞬、中のベッドに横たわるほとんど裸の男が見えた。肌は熱を感じさせない程に青白くて、知識の無い俺にも危険な状態だって事がわかる。


 ハロルドの正面に回ったじーさんは、
「シンシアとは何か話せたか?」と、ハロルドに尋ねた。

「機内で一度意識が戻って、その時に少し。なぁ、助けてくれるよな?」

「当然じゃ、ワシを誰だと思うとる。サーシャ、撮影は?」

「バッチリ~」

 背後から聞こえた声に驚いた。
 サーシャ、いつの間に入って来たんだ。
 イラつく。なんだよこの状態で撮影って!

「いいんだ、レイ。これが証拠になるんだ」

 振り向いたハロルドが、なだめるように俺に語りかける。眉間にシワでも出来てたのかな。苛々してるのがバレたみたいだ。

「ボウズ、お主はハロルドの横に来い。右側じゃ」

 デカイ吸水シートを広げながらじーさんに指示される。

 なんだろうと思っていると、ハロルドの右手が腰に回った。

「っ!アンタ、なに…」

「ボウズ!動くでない!」

 こんな時にふざけるな、と言う間もなくじーさんに叱責された。

「お主はそのままハロルドを押さえておれ。ハロルド、泣きたかったら泣いても良いぞ。ま、泣いても止めんがな」

 早口で告げたじーさんの言葉の意味を、俺はすぐに知る事になる。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

ルームシェアは犬猿の仲で

凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。 新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。 しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉ 掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。 犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...