誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

文字の大きさ
上 下
51 / 100

別れ際のキス

しおりを挟む






「あ、来たみたい」

 ミクニが食堂の窓から外を見る。

 朝日も昇らない暗闇の中を、タクシーのライトが近づいて来る。

「忘れ物ない?パスポートちゃんと持ってる?」

「だーいじょうぶだって。お前に言われて、もう三回は確認したぞ」

「だってさあ、空港とは距離があるから簡単に取りに戻れないし……」

「申し訳ありません、ハロルド様。
 わが学園長は自分と同じ様に、他の方も忘れ物をすると思っていらっしゃるのです」

 こんな時間にも関わらず、キヨとラシュウルは起きて来た。

 パジャマの上にナイトガウンを羽織って「外は寒いから」と暖かなスープを出してくれる。
 レイと二人でありがたく頂いた。

「あとコレね。機内食も出るだろうけどさ、移動時間が長いから食べてね」

 ミクニから手渡された紙袋はずっしりと重く、中にはワックスペーパーに包まれた具だくさんのサンドイッチが入っている。

「おっさんが作ったのか?」

 横から覗き込んだレイの言葉に、ミクニは笑って首を振った。

「あはは、ないない。僕、料理した事ないんだ。ほら、夕食作ってた男の子覚えてる?あの子から頼まれたんだよ。このスープもね」

 急に尋ねて来た俺達の為に、ここまで気遣ってくれるのか。
 優しい、優しい子供達ばかりだ。

「ミクニ、ありがとうって伝えてくれ」 

 俺はイスに掛けていたバッグを開き、潰れないように、荷物の一番上に紙袋をのせた。



 玄関に移動して、ドアの前で振り返る。

「ここでいい、じゃあな、ミクニ。
 カルロスに伝えとけ。嫌いなにーちゃんが押しかけて来て悪かったなって」

「もー!何でそんな言い方するのっ!
 カルロスが見送りに来ないのは、体調崩してる子の部屋に行ってるからなの!
 わざわざ溝を深めるような伝言しないでよっ」

 なんだ、そうなのか?



「レイさま、あの、お気をつけて」

 少し寂しそうな顔で、ラシュウルはレイを見上げた。

「うん……」

 部隊の規則上、また来るとは言えない。次の約束も出来ないレイは、言葉に詰まってるようだ。

「レイさま、わたしは大丈夫です。心配しないで下さい」  

 なんとか笑顔を作るラシュウルに、レイも口角を上げて見せる。

 そして、ラシュウルの頭を軽く撫でた。

 もう、会えるかもわからない、レイの希望。

 レイはラシュウルの後ろに立つキヨを見て「頼む」とだけ言い、キヨは静かに頷く。
 二人の姿を目に焼き付ける様に見つめてから、ミクニに視線を移した。

「じゃあな、おっさん。泊めてくれてありがとう」

 素直に感謝を口にするレイに、ミクニは面食らったみたいに「う、うん」と返事をした。








 ギィ、と分厚いドアを開けると、勢いよく風雪が吹き込む。
 中が冷えない様に、しっかりと閉めてから、雪の上に足を踏み出す。

 ドライバーがタイミングよく後部座席のドアを開けてくれたので、急いで乗り込んだ。

「悪いな、こんな時間に」

 俺の言葉に、ドライバーは振り返ってバチンとウインクした。

「学園から、たーっぷりチップ弾んでもらったから問題ないよ!」

 そう言えばミクニが、配車アプリで支払いは済ませてあるって言ってたな。


 降りしきる雪の中、俺達を乗せたタクシーは、ハンドルを切り、明かりの灯る学園を背に走り出す。




「あ!」

 ドライバーが、小さく叫んで急ブレーキをかけた。

 なんだ?

 驚いてる俺達に、後ろを見ろ、と指を指す。

 二人揃って振り向くと、白く息を吐いて、いま別れたばかりのキヨが駆けてくる。

「キヨ⁈」

 驚いたレイが、急いで窓を開ける。

「レイさまっ!」

 窓が開き切るのももどかしく、キヨは 早口で話し出した。

「ほんとは疑っていましたっ!ただ会いたいだけだと、学園長に言われても、彼を……ラシュウル君を部隊の予備兵にでもする気じゃないかって」

 長い髪が乱れるのも構わずに、キヨは真剣な眼差しでレイに訴える。

「ごめんなさい、レイさまっ!貴方は彼を心配して、何時間も掛けて会いに来てくれたのにっ!貴方を疑ってごめんなさいっ」

 レイは、雪から守るようにキヨの顔を両手で覆って引き寄せた。
 濡れそぼって頬に張り付く髪をよけてやる。

「わかった。キヨ解ったから、もう中に戻れ」

「レイはそんな事で怒りゃしない。お前も、そんなの言わなきゃバレないのに。初対面の人間なんか信頼できなくて当然だ」

 きゅう、と口を結びキヨは俺を見た。

「でも、自分の思考が、恥ずかしくて。申し訳なくて……」

 そう言ってから、キヨはレイの耳元に顔を寄せて何か囁く。
 そしてそのまま、レイの頬に口付けた。


「貴方達が窮地の時には、きっとお役に立ちます」







「にいさまっ!」

 コートを抱えたラシュウルが、慌てた様子でこちらに走って来る。

 それを見たキヨは窓から離れた。

「失礼しました。レイ様、ハロルド様。運転手さん、出して下さい」

 そう言ったキヨの顔は、すっかり大人びた、ラシュウルのルームメイトの顔に戻っていた。

 動き出した車窓から、ひざまづいてコートを掛けられるキヨが見えた。
 それから、小さなラシュウルを抱き寄せるのも。




「バックミラー確認したら、この雪の中を追いかけてくるんだから、びっくりしたよ!風邪引かなけりゃ良いが」

 ドライバーが、キヨの行動をそんな風に心配した。

「レイ、何か言われたか?」

「……」

 レイ?
 俯いて返事をしないレイの顔を覗き込んで、ギョッとした。

 色白なレイの肌が、見た事ないくらい真っ赤に染まっていたからだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

ルームシェアは犬猿の仲で

凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。 新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。 しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉ 掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。 犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...