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別れ際のキス
しおりを挟む「あ、来たみたい」
ミクニが食堂の窓から外を見る。
朝日も昇らない暗闇の中を、タクシーのライトが近づいて来る。
「忘れ物ない?パスポートちゃんと持ってる?」
「だーいじょうぶだって。お前に言われて、もう三回は確認したぞ」
「だってさあ、空港とは距離があるから簡単に取りに戻れないし……」
「申し訳ありません、ハロルド様。
わが学園長は自分と同じ様に、他の方も忘れ物をすると思っていらっしゃるのです」
こんな時間にも関わらず、キヨとラシュウルは起きて来た。
パジャマの上にナイトガウンを羽織って「外は寒いから」と暖かなスープを出してくれる。
レイと二人でありがたく頂いた。
「あとコレね。機内食も出るだろうけどさ、移動時間が長いから食べてね」
ミクニから手渡された紙袋はずっしりと重く、中にはワックスペーパーに包まれた具だくさんのサンドイッチが入っている。
「おっさんが作ったのか?」
横から覗き込んだレイの言葉に、ミクニは笑って首を振った。
「あはは、ないない。僕、料理した事ないんだ。ほら、夕食作ってた男の子覚えてる?あの子から頼まれたんだよ。このスープもね」
急に尋ねて来た俺達の為に、ここまで気遣ってくれるのか。
優しい、優しい子供達ばかりだ。
「ミクニ、ありがとうって伝えてくれ」
俺はイスに掛けていたバッグを開き、潰れないように、荷物の一番上に紙袋をのせた。
玄関に移動して、ドアの前で振り返る。
「ここでいい、じゃあな、ミクニ。
カルロスに伝えとけ。嫌いなにーちゃんが押しかけて来て悪かったなって」
「もー!何でそんな言い方するのっ!
カルロスが見送りに来ないのは、体調崩してる子の部屋に行ってるからなの!
わざわざ溝を深めるような伝言しないでよっ」
なんだ、そうなのか?
「レイさま、あの、お気をつけて」
少し寂しそうな顔で、ラシュウルはレイを見上げた。
「うん……」
部隊の規則上、また来るとは言えない。次の約束も出来ないレイは、言葉に詰まってるようだ。
「レイさま、わたしは大丈夫です。心配しないで下さい」
なんとか笑顔を作るラシュウルに、レイも口角を上げて見せる。
そして、ラシュウルの頭を軽く撫でた。
もう、会えるかもわからない、レイの希望。
レイはラシュウルの後ろに立つキヨを見て「頼む」とだけ言い、キヨは静かに頷く。
二人の姿を目に焼き付ける様に見つめてから、ミクニに視線を移した。
「じゃあな、おっさん。泊めてくれてありがとう」
素直に感謝を口にするレイに、ミクニは面食らったみたいに「う、うん」と返事をした。
ギィ、と分厚いドアを開けると、勢いよく風雪が吹き込む。
中が冷えない様に、しっかりと閉めてから、雪の上に足を踏み出す。
ドライバーがタイミングよく後部座席のドアを開けてくれたので、急いで乗り込んだ。
「悪いな、こんな時間に」
俺の言葉に、ドライバーは振り返ってバチンとウインクした。
「学園から、たーっぷりチップ弾んでもらったから問題ないよ!」
そう言えばミクニが、配車アプリで支払いは済ませてあるって言ってたな。
降りしきる雪の中、俺達を乗せたタクシーは、ハンドルを切り、明かりの灯る学園を背に走り出す。
「あ!」
ドライバーが、小さく叫んで急ブレーキをかけた。
なんだ?
驚いてる俺達に、後ろを見ろ、と指を指す。
二人揃って振り向くと、白く息を吐いて、いま別れたばかりのキヨが駆けてくる。
「キヨ⁈」
驚いたレイが、急いで窓を開ける。
「レイさまっ!」
窓が開き切るのももどかしく、キヨは 早口で話し出した。
「ほんとは疑っていましたっ!ただ会いたいだけだと、学園長に言われても、彼を……ラシュウル君を部隊の予備兵にでもする気じゃないかって」
長い髪が乱れるのも構わずに、キヨは真剣な眼差しでレイに訴える。
「ごめんなさい、レイさまっ!貴方は彼を心配して、何時間も掛けて会いに来てくれたのにっ!貴方を疑ってごめんなさいっ」
レイは、雪から守るようにキヨの顔を両手で覆って引き寄せた。
濡れそぼって頬に張り付く髪をよけてやる。
「わかった。キヨ解ったから、もう中に戻れ」
「レイはそんな事で怒りゃしない。お前も、そんなの言わなきゃバレないのに。初対面の人間なんか信頼できなくて当然だ」
きゅう、と口を結びキヨは俺を見た。
「でも、自分の思考が、恥ずかしくて。申し訳なくて……」
そう言ってから、キヨはレイの耳元に顔を寄せて何か囁く。
そしてそのまま、レイの頬に口付けた。
「貴方達が窮地の時には、きっとお役に立ちます」
「にいさまっ!」
コートを抱えたラシュウルが、慌てた様子でこちらに走って来る。
それを見たキヨは窓から離れた。
「失礼しました。レイ様、ハロルド様。運転手さん、出して下さい」
そう言ったキヨの顔は、すっかり大人びた、ラシュウルのルームメイトの顔に戻っていた。
動き出した車窓から、ひざまづいてコートを掛けられるキヨが見えた。
それから、小さなラシュウルを抱き寄せるのも。
「バックミラー確認したら、この雪の中を追いかけてくるんだから、びっくりしたよ!風邪引かなけりゃ良いが」
ドライバーが、キヨの行動をそんな風に心配した。
「レイ、何か言われたか?」
「……」
レイ?
俯いて返事をしないレイの顔を覗き込んで、ギョッとした。
色白なレイの肌が、見た事ないくらい真っ赤に染まっていたからだ。
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