50 / 100
穏やかな眠り
しおりを挟むキヨが用意してくれた部屋は、壁際にニ段ベットがあり、キルティングのベットカバーが掛けてあった。
部屋の中央に敷かれたラグの上には、木製の小振りなテーブル。
窓際には大きなバスケットが置いてあり、布製の動物のぬいぐるみが耳や足をのぞかせている。
クリーム色の壁。オレンジや赤など暖色系を使ったファブリックが、見た目にも暖かさを感じさせる。
キヨの話では、低年齢の入学者用に開けてある部屋なんだそうだ。
俺は応接室から持ってきたコートやバックを室内のウォールハンガーに掛け、ブーツを脱いでベットに寝転がる。
柔らかな寝具が、ふんわりと俺の体を受け止めた。
子供時代を過ごした実家の部屋とは大違いだ。
あそこにあったのは、寝るためだけのベットと最低限の収納。
子供部屋らしい装飾一つない、まるで物置きの様な寒々しい部屋だった。
天井に描かれた、ハンドペイントらしい鳥や花のイラストを見上げながら、ぼんやりと、そんな事を思い出した。
この部屋からは……不安を抱えてやって来る子供に向けた、愛情みたいなものを感じる。
暖かく眠れますように。
孤独を感じませんように。
……そんな心遣いを感じるのだ。
寝心地の良いベットに横になっている内に、自然に瞼が下りて来て、俺はそのまま瞳を閉じた。
「おやすみなさいです、レイさま~」
「おやすみなさいです~」
「うん、おやすみ」
うとうとしていたみたいだ。
ドアの向こうから聞こえる声に、目を開く。
「ハロルド?寝てるのか?」
ベットサイドに腰掛けて、俺の顔を覗き込むレイ。
蒸気したピンク色の肌が色っぽい。
子供用のボディーソープだろうか。
甘くて優しい、ミルクの様な香りがする。
「いや、起きてる」
見た事のない服を着てるのが気になって尋ねると、キヨが用意してくれたのだと言う。
ニットキルトのブルーのパジャマ。
胸元にワンポイント……ワニ?いや恐竜か?
これはコレで、なんか可愛くていいな。
「なぁ、ハロルド。凄く気持ちよかったぞ。ここの風呂場はデカくって、バスダフが、こんっっなに広くて!」
思い切り両手を伸ばしてスケールを伝えようとするレイが、愛しくて仕方ない。
「アンタも来れば良かったのに」
……まあ、それは俺も考えたんだが。
お前の裸を見てそそり立つチンコを、子供達に晒すわけにはいかない……と思い直したわけだ。
「今日は髪、乾かしてるんだな」
横になったまま手を伸ばす。
さらさらとした手触りを楽しみながら、レイの髪を梳く。
「あの子達の髪を乾かしたら、お礼にって俺の髪にドライヤーかけてくれたんだ」
言いながらレイは、俺の横に空いたわずかなスペースに体をねじ込んできた。
俺は壁際にズレて、レイが落っこちない様に腰を引き寄せる。
「レイ、早朝にここを出る。まだ暗い内だ。
ラシュウルとキヨには伝えてある。
あの双子と仲良くなったなら、今のうちに挨拶してきたらどうだ?」
俺の言葉に、レイはハッとした様に顔を強張らせ、それから静かに目を伏せた。
「いや、いい。なんて言ったら良いのか判らな、い」
ケホッ。
「レイ?」
「っ、調子に乗って、しゃべりすぎた」
ゲホゲホと苦しそうに咳き込むレイの背中をさする。
あ、痛むのは喉なんだから背中をさすっても意味ないのか?
「待ってろ、飴が残ってるから」
手を離して起きあがろうとした俺の胸に、レイはグリグリと額を押し付けて来る。
「だいじょうぶ、だ」
そう言って俺の上に身体を預け、胸に顔を埋める。
苦しそうな息遣いを肌で感じながら、俺はレイの背中を撫で続けた。
やがて、落ち着いたのかゆっくりと息を吐く。
「……ハロルド」
「ん?」
「ここの子供は、みんな幸せそうだな」
「あぁ」
「来れて良かった」
レイは居心地の良い場所を探すように、もぞもぞと体を動かしてから、しばらく沈黙した。
「レイ?」
見ると、瞳を閉じてすうすう、と穏やかに寝息を立てている。
寝た?のか?
こんな事、初めてだ。
出会った日から今まで、この男が自然に入眠した事は一度も無い。
ラシュウルに、会えたからだ。
俺の推測は当たってた。
少年兵だった子供が、自分がレスキューした結果、幸せな生活を送っている。
今のラシュウルの状態そのものが、
スラムから這い上がったレイの選択を肯定している。
安心したんだろう。
頭のどこかで、ずっと張ってた緊張の糸が切れた。そんな感じだろうか。
眠るレイの肩をそおっと抱く。
もしかしたらレイは、これをきっかけに一人で眠れる様になるかも知れない。
この男と肌を合わせる事が無くなると思うと寂しい。
ーが。
レイの不眠を、強引にセックスで解消して来た事に後悔はあるのだ。
一日の終わりに、目を閉じて眠りに落ちる。それが自然な事で、あるべき状況だ。
レイは多分、人生で初めてそれを体感している。
甘い香りの髪に顔を寄せて、俺も目を閉じる。
眠る為に俺が必要じゃなくなっても、俺と一緒にいてくれるか、レイ。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説


目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?
ルームシェアは犬猿の仲で
凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。
新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。
しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉
掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。
犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。


代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。


紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる