誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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穏やかな眠り

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 キヨが用意してくれた部屋は、壁際にニ段ベットがあり、キルティングのベットカバーが掛けてあった。
 部屋の中央に敷かれたラグの上には、木製の小振りなテーブル。


 窓際には大きなバスケットが置いてあり、布製の動物のぬいぐるみが耳や足をのぞかせている。

 クリーム色の壁。オレンジや赤など暖色系を使ったファブリックが、見た目にも暖かさを感じさせる。

 キヨの話では、低年齢の入学者用に開けてある部屋なんだそうだ。


 俺は応接室から持ってきたコートやバックを室内のウォールハンガーに掛け、ブーツを脱いでベットに寝転がる。

 柔らかな寝具が、ふんわりと俺の体を受け止めた。





 子供時代を過ごした実家の部屋とは大違いだ。
 あそこにあったのは、寝るためだけのベットと最低限の収納。
 子供部屋らしい装飾一つない、まるで物置きの様な寒々しい部屋だった。 


 天井に描かれた、ハンドペイントらしい鳥や花のイラストを見上げながら、ぼんやりと、そんな事を思い出した。



 この部屋からは……不安を抱えてやって来る子供に向けた、愛情みたいなものを感じる。

 暖かく眠れますように。
 孤独を感じませんように。
 ……そんな心遣いを感じるのだ。

 寝心地の良いベットに横になっている内に、自然に瞼が下りて来て、俺はそのまま瞳を閉じた。








「おやすみなさいです、レイさま~」
「おやすみなさいです~」
「うん、おやすみ」

 うとうとしていたみたいだ。
 ドアの向こうから聞こえる声に、目を開く。

「ハロルド?寝てるのか?」

 ベットサイドに腰掛けて、俺の顔を覗き込むレイ。
 蒸気したピンク色の肌が色っぽい。

 子供用のボディーソープだろうか。
 甘くて優しい、ミルクの様な香りがする。

「いや、起きてる」

 見た事のない服を着てるのが気になって尋ねると、キヨが用意してくれたのだと言う。

 ニットキルトのブルーのパジャマ。
 胸元にワンポイント……ワニ?いや恐竜か?

 これはコレで、なんか可愛くていいな。


「なぁ、ハロルド。凄く気持ちよかったぞ。ここの風呂場はデカくって、バスダフが、こんっっなに広くて!」

 思い切り両手を伸ばしてスケールを伝えようとするレイが、愛しくて仕方ない。

「アンタも来れば良かったのに」

 ……まあ、それは俺も考えたんだが。

 お前の裸を見てそそり立つチンコを、子供達にさらすわけにはいかない……と思い直したわけだ。


「今日は髪、乾かしてるんだな」

 横になったまま手を伸ばす。
 さらさらとした手触りを楽しみながら、レイの髪を梳く。

「あの子達の髪を乾かしたら、お礼にって俺の髪にドライヤーかけてくれたんだ」

 言いながらレイは、俺の横に空いたわずかなスペースに体をねじ込んできた。
 俺は壁際にズレて、レイが落っこちない様に腰を引き寄せる。

「レイ、早朝にここを出る。まだ暗い内だ。
 ラシュウルとキヨには伝えてある。
 あの双子と仲良くなったなら、今のうちに挨拶してきたらどうだ?」

 俺の言葉に、レイはハッとした様に顔を強張らせ、それから静かに目を伏せた。

「いや、いい。なんて言ったら良いのか判らな、い」

 ケホッ。

「レイ?」

「っ、調子に乗って、しゃべりすぎた」

 ゲホゲホと苦しそうに咳き込むレイの背中をさする。

 あ、痛むのは喉なんだから背中をさすっても意味ないのか?

「待ってろ、飴が残ってるから」

 手を離して起きあがろうとした俺の胸に、レイはグリグリと額を押し付けて来る。

「だいじょうぶ、だ」  

 そう言って俺の上に身体を預け、胸に顔を埋める。

 苦しそうな息遣いを肌で感じながら、俺はレイの背中を撫で続けた。




 やがて、落ち着いたのかゆっくりと息を吐く。

「……ハロルド」

「ん?」

「ここの子供は、みんな幸せそうだな」

「あぁ」

「来れて良かった」

 レイは居心地の良い場所を探すように、もぞもぞと体を動かしてから、しばらく沈黙した。

「レイ?」

 見ると、瞳を閉じてすうすう、と穏やかに寝息を立てている。






 寝た?のか?

 こんな事、初めてだ。

 出会った日から今まで、この男が自然に入眠した事は一度も無い。




 ラシュウルに、会えたからだ。

 俺の推測は当たってた。

 少年兵だった子供が、自分がレスキューした結果、幸せな生活を送っている。  
 今のラシュウルの状態そのものが、
 スラムから這い上がったレイの選択を肯定している。


 安心したんだろう。
 頭のどこかで、ずっと張ってた緊張の糸が切れた。そんな感じだろうか。

 眠るレイの肩をそおっと抱く。

 もしかしたらレイは、これをきっかけに一人で眠れる様になるかも知れない。

 この男と肌を合わせる事が無くなると思うと寂しい。

 ーが。

 レイの不眠を、強引にセックスで解消して来た事に後悔はあるのだ。

 一日の終わりに、目を閉じて眠りに落ちる。それが自然な事で、あるべき状況だ。

 レイは多分、人生で初めてそれを体感している。




 甘い香りの髪に顔を寄せて、俺も目を閉じる。

 眠る為に俺が必要じゃなくなっても、俺と一緒にいてくれるか、レイ。



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