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過保護なルームメイト
しおりを挟む応接室に戻ったタイミングで、ドアチャイムが鳴った。
「あ、帰って来たかな?中で待っててね」
ミクニはそう言って、玄関に向かう。
ソファに腰を下ろす俺の横で、レイは突っ立ったままだ。
「どした?」
立ち上がって、俺より低い位置にある顔を覗き込む。
「レイ?なに、緊張してんの?」
眉間にできてるシワを、俺は親指でぐいぐい伸ばした。
レイは、止めろと言わんばかりに首をぶんぶんする。
「べ、つに緊張なんか、してない」
ギロッと睨まれて、俺は笑みがこぼれた。
「そうそう、れーくんはそれで良いの」
離した手で、つるりとした頬をひと撫でする。
「俺の好きな顔」
パシッ!
レイにしては軽い力で頭を叩かれた。
「変な事言うな」
ホントノコトイッタダケナノニ。
その時ドアがノックされて、
「失礼します」と言う声がした。
開いたドアから、一人の[男]が入って来る。
背筋を伸ばし、音も無く近づいてくるその姿は、[子供]と形容するには余りにも完成された造形だった。
腰まである長い長い白髪、透けるように白い肌。
その色と対照的な、眼鏡の奥の紅い瞳。
脱いだばかりだろう。コートを左脇に抱え素早く革手袋を外し、俺達の前に立つ。
背も高い。百八十はあるだろう。
「お待たせして申し訳ありません。レイ・ダベンハイム様と、ハロルド・リー様ですね」
右手をレイに差し出し、つぎに俺と握手した。
「わたくしは、ラシュウル君のルームメイトで……」
ん?なんだ?
名前だけ聞き取れなかった。
「我が国の発音は独特ですので、わたくしの事は、キヨとお呼び下さい」
慣れた反応なのか、気にする風もない。
「キヨ、お前歳は?いくつ?」
「ふふ、未成年に見えませんか?十六歳です」
目尻を下げ、口角は上げる。
完璧な微笑みだ。
ミクニの言った言葉が理解出来た。
この見た目、柔らかな物腰、突然現れた異国の大人二人相手に、スマートに挨拶出来る度胸。
いったい何のケアが必要なのかと思うほどに、パーフェクトな男だ。
「一度着替えて参ります。
ラシュウル君と一緒に戻りますので、少しお待ち頂けますか?」
「あぁ、わかった」
ふわふわとなびく髪が、ドアの向こうに消えるのを、レイと静かに見送った。
ラシュウルの救出に成功した、あの日。
彼を医療スタッフに任せた後、俺達は残党の粛清をすませて基地に帰った。帰りのヘリの中で、レイの口数は少なかった。
部屋で動き易い服装に着替えたレイは、すぐにジムに向かった。
そして夕食時になっても帰らず、俺は様子を見に行ったのだ。
ジムに併設されているプールに、レイの姿はあった。
他の隊員は食堂に向かったのだろう。利用者はレイだけだった。
プールの反対側の端で、こちらに背を向けている。
不意に。
トプン、とその姿が水中に消えた。
「レイ?」
水紋がゆっくりとプール全体に広がっていく。
潜った?
壁を蹴って泳ぎ出すのか?
だが、レイの体は水面に出る事なく、水の揺らぎも静止した。
なんだ?なにしてる?
……長すぎる。
どれだけ潜ってる気だ!
胸がざわついて、自然と早足になる。
五十メートルプールの端が、やけに遠く感じた。
なんで上がってこない?
足でも攣ったのか?
もう、ここから飛び込もうかと思った瞬間ー。
パシャッ!と水が跳ねあがり、レイが顔を出した。
ゲホンゲホンと、苦しそうに咽せるレイに走り寄って、腕を掴んで強引に水中から引っ張り上げた。
「ハロルド。なんだ?」
「おま、コッチのセリフだ!何分沈んでる気だ!」
「うるさいな」
俺の腕を振り払って立ち上がると、ラダーハンドルに掛けたタオルを取る。
「あの子が」
呼吸が整ったタイミングで、レイは口を開いた。
「あ?」
「俺が見つけた時、頭を水がめに突っ込まれてた」
乱暴に髪を拭くレイの横顔が暗い。
「苦しかっただろうと思って」
「思って?」
「俺は、殴られたり、蹴られたりはよくあったけど、そういえば水責めにされた事はないなと思って。だから」
「だから、体感してみたって言うのか?」
「そうだ。邪魔されないように、人が居なくなってから試したんだ」
なんでそこまで、と、その時の俺は思った。
これから先も、多くの子供と関わるだろう。その一人一人が受けた傷を全部背負っていたら、レイの方が潰れてしまうとも思った。
この男は、それ程感情移入した相手と、どんな言葉を交わすのだろう。
やがて、キヨに連れられて小柄な少年が現れた。
白金色の髪、翡翠色の瞳。
見覚えがある。
ラシュウル・シウバ・バーミリオンだ。
「ラシュウル……」
レイの声は、わずかに震えていた。
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