誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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「誰だアンタ」

 出迎えた童顔の男に、レイはあからさまに不機嫌な声を出した。

「ひえっ、えっと、ハロルド?」

 車イスの上で狼狽うろたえるミクニが、俺に助けを求める。
 タクシー料金を精算し終えた俺は、レイをなだめにかかった。

「レイ。その顔やめろ。コイツはこの施設のトップ。ほら、写真手に入れてくれた奴だ。睨むなよ」

「……ふうん。ケホッ。写真、ありがと」

 レイは、ぽそっと小声で感謝の意を表した。
ホッとしたのか、ミクニは人懐っこい笑顔を浮かべた。

 くりんくりんの茶色い髪と丸顔のせいで、余計に幼く見える。

「どういたしまして~!
 ハロルドが電話の向こうで泣いて頼むから頑張っちゃった~」

「え」

「泣いてねぇ!ミクニ!お前はテキトーな事いうな!」

「あははっ!ハロルド、久しぶり~君が友達連れてくるなんて意外!」

「あぁん?どーゆー意味だよ?」

「どーゆー意味って、そのままだよー。だって学生時代のキミってさあ」

「おい」

 ミクニの背後で今まで存在を消していた男が低音ボイスで割って入る。
 
「入るなら早くしろ。中の室温が下がる」

 黒い髪に、黒い瞳。背丈はレイより少し高いくらい。痩せ型で無表情。
 カルロス……。
 父親違いの俺の弟。

 久しぶりの再開だと言うのに、眉ひとつ動かさない。

「あ!そうだね!入って入って、中で話そう」

 不穏な気配を感じたのか、ミクニは慌てて俺達を招き入れた。

 重厚な扉を閉めると、外の冷気が遮断されて、ホワッと暖かな空気に包まれた。

「あったかいな」

「でしょー!建物自体は古いんだけど、その分造りがしっかりしててね、機密性もバッチリなんだ!」

「ミクニ、使うのは応接室か?」

「あ!うん、そうだね」

 カルロスはそれだけ確認すると、車イスのミクニを置いて、スタスタと歩いて行ってしまった。

「アイツ、いつもあんな感じか?」  

「え?カルロス?そうだけど?」

 自走しようとしたミクニが、ハンドリムに手を掛けた状態で止まった。

「子供を保護する施設なのに、あんなで良いのか?」

「え?なにが?」

 ミクニはキョトンとした顔で、俺を見上げる。無愛想で子供に泣かれたりしねぇのか?まあ、俺が心配する事じゃないか…。

 ぐいっ!
 急に腕を引かれて驚いた。
 レイが口を尖らせて俺を見ている。

『だれだあれ?』

「うん?あぁ、カルロスか?弟だ。俺の。髪と瞳の色が一緒だろ?」

 レイは金色のマツゲをパシパシさせた。

『弟⁈アンタより年下なのか?すごくオッサンに見えるぞ?』

 ぶっ!
 吹き出した俺に、「え、何?」とミクニが振り向く。

「カルロスが老けて見えるってよ」

 えぇ?と、ミクニは眉間にシワを寄せた。

「それ本人に言わないでよね。え~と、ごめん、名前は?」

『……』

「レイだ。レイ・ダベンハイム」

 喉が痛いんだろう、口をつぐんだままのレイに代わって返事をする。

「レイ君ね。歳で言ったら、ハロルドが一番上なんだから、ハロルドが一番オジサンだよ!僕はハロルドより一歳若いし、カルロスは更に僕より一歳若いもん!」

 にまっ、とミクニは笑う。
 何の張り合いだよ、全く。

「ハロルドは、ゲボッ」

 咳き込んだレイは、俺に早口で訴える。

『ハロルド、アンタはオジサンじゃない。下っ腹の出てるおまえの方がオジサンだって、その茶色い奴に言ってやれ』

 お互いに軽口を叩くのは、それなりに気心知れてる相手だからだ。だが、レイは不服だったらしい。

 俺は笑って、レイの背中をポンポンたたいた。

「おい、ミクニ。ラシュウル・シウバ・バーミリオンは?」

 ミクニの後をついて歩きながら、ここに来た目的の人物の所在を尋ねる。

「いまねぇ、ちょうど市内に買い物に行ってるんだ。君も来るなら来るって連絡してくれれば良かったのに」

「コッチはコッチで事情があんの」

 正直、あのクソ上司に仕事を入れられる可能性を、飛行機の離陸直前まで捨てられなかったのだ。

 レイが再び俺の腕を引いて、口を動かす。あぁ、ハイハイ。通訳ね。

 レイの言葉を読み取って、ミクニに伝える。

「買い物って一人でか?救助されてから まだ数ヶ月だろ?異国に一人で大丈夫なのか?」

「そこは問題ないよ。過保護なルームメイトが一緒だからね。あ、あそこのドアが開いてる部屋が応接室」

 俺達は話しながら、開け放ってあるドアをくぐって室内に入った。

「カルロス、ドア開けといてくれてありがとう」

「……あぁ」

 室内の隅にあるパーテーションの向こうからカルロスの返事が聞こえた。
 すりガラス越しに、ポットやカップを用意しているらしい姿が透けて見える。

「あ、コートはそこに掛けて。どうぞ座って座って。長旅だったでしょ?お腹空いてる?」

 ケホッ、ケホッ!

 ソファに座ろうとしたレイが咳き込む。
 乾燥した外気を吸っていたせいか?水分で潤した方が良さそうだ、なんて思っていたら、、。

 カチャカチャと陶器の擦れる音がして、カルロスがトレーに載せたカップを運んできた。

「あぁ、わる……」

「おい」

 俺の言葉を遮って、カルロスが口を開く。その視線は、真っ直ぐレイを見ている。

「その男、さっきから咳をしているが、感染症か? ここに居る人間は簡単に別の場所に行けないんだ。
 害を出すようなら帰ってくれ」
 

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