誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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キスじゃねぇのかよ!

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「こりゃ!舌圧子をかむでない!」


 食堂の隅で、イスに座ったレイが医務のじーさんに怒鳴られている。

「ハロルド!ぼさっとしとらんで、手伝わんかっ!」

 レイの後ろで壁にもたれていた俺も怒られた。

「あー、はいはい」


 なんで、こんな場所で診察を受けているかというと……。
 楽しみにしていた連休を目の前にして、レイが負傷したからだ。

 廃工場を占拠して、違法薬物を製造販売している奴等と地元の警察が、立ち退きに向けて、話し合いを設ける事になった。
 俺達は、一応の後方支援という体で現場に立ち会ったのだ。
 が、実際は激しい銃撃戦になり、レイの側にあった配管が撃ち抜かれ、吹き出したガスを直に吸った。

 その時は、少しむせたくらいで本人も大丈夫だと言っていたのだが…。







 任務を終えて基地に帰り、のんびりと夕食を摂っていた時だ。
 レイが急にゲホゲホと、咳き込んだと思ったら。
 血を吐いた。
 口元をおさえていた右手に付いた鮮やかな赤色の飛沫を見て、本人よりも俺が驚いた。

 医務室に行こうと説得する俺と、断固拒否するレイ。
 お互い譲らず。結果、騒ぐオレ達を見ていた同僚が、医務室からじーさんを呼んでくれたのだが……。

「レーイ。ほら、あーってしろ」

 ぷいっ!

「あのな、診察できねーから」

 ぷい、ぷい!

 拒否かよ。
 まぁ、わかってだけど。

「おい、ダベンハイム!口開けろ、クチ!」
「ほらほら、がんばれ!」
「怖くない怖くない!」

 周りで賑やかに励ます同僚達に、レイは冷ややかな視線を返すと、握り拳を突き出した。

「ひゃー!」
「怒った怒った~!」
「逃げろ~」

 ゲラゲラと笑いながら散っていく奴等を見ながら、じーさんは「かえって機嫌が悪くなっとるじゃろうが」と、眉間に皺を寄せる。


「ほりゃ、指を出せ!コレなら良いじゃろ」

 黒い往診バッグから、パルなんとかいう指に挟む小さな医療機器を取り出して、レイの前にかざす。
 むすぅ、とした顔でレイはそっぽを向いたままだ。

「ガスの影響が肺まで達してるか判断したいんじゃ。ワシも仕事じゃ。いくらボウズが嫌がったとて、最低限の事はせんとな。そうじゃろ、ハロルド?」

 ギロッと睨まれて、俺はやれやれと思いながら、レイに声掛けする。

「レイ、指一本出すだけだから、な?
 じーさんだって何もしないで帰るわけにいかねーだろ?」

「俺が、ゲホッ、呼んだわけじゃない」

「分かってる。お前、医者嫌いだもんな。でもなレイ。任務の後に体調の悪い奴がいたら、診察するのが医務の仕事なんだよ。血を吐くってのは普通の状態じゃない、だろ?」

 レイが渋々出した左手の人差し指に、じーさんは機器を取り付けた。小さな画面に98%と表示される。

「数値は問題ないの。終わりじゃ、痛くも痒くも無かったじゃろう?」

 仏頂面のレイをスルーして、じーさんは、ちょいちょいと俺を手招きして食堂から出る。

 レイの視界から外れた場所で、カバンから、何やら小箱を取り出して俺に渡してきた。

「炎症止めを渡しておく。うま~くやれ」

「薬はコレだけか?血を吐いたぞ?」

「喉粘膜の表面が焼けとるんじゃ。出血はしょうがあるまい。
 本人があんな頑固じゃからのう。こんなマイルドな効き目の薬しか出せんわ。

   まぁ、肺機能は問題無さそうじゃから、妥協してやるわい。
 早く回復させたいなら、なるべく喉を休める。熱い飲食物は避ける」

 抗炎症剤、殺菌剤配合。ふむふむ。
 箱を開けて中身を確認する。アルミシートに個包装されたソレは……。

「デカいな」

 直径二センチ位あるぞ、この錠剤。

「飲むんじゃないぞ?舐めるんじゃぞ?噛まずに長い時間口腔内に留めるほど、効果が出やすいからの」

「了解」
 
 スウェットのポケットに薬を押し込みながら、俺はじーさんの後ろ姿を見送った。



 この前、発熱した時はレイの意識が朦朧としてたから、薬を飲ませる事に成功したが。
 今回は、状況が違うからな。どうやって口に入れさせるか……。 

 考えながら食堂に戻ると、待ち構えていたようにレイが駆け寄って来た。
 ムギュッ!と俺の服の裾を掴む。

「なんっ…っ」  

 ケホッ。

『何の話しだった?』

 口の動きで言葉を伝えてくる。
 お互いに、読唇術が使えるってのは便利だな。

「あー、休暇中に無理させるなって」

『外出するなって言われたか?』

 神妙な面持ちで俺を見上げる。

「いや、そこまでは」

 ほっとしたのか、レイは握っていた俺の服を離した。


「もし、痛みが辛いなら旅行は延期しても」

「嫌だ!行くッ……ゲボ!ゲボ!絶対、いっ、んだ」

 掠れた声で、そんな風に懇願されちゃ…。俺だって断れないだろうが。


 まいったな。

 今回は見送って、回復した頃に予定を組み直すつもりでいたのに。
 レイの子供に対する情は、俺が思ってるより強いみたいだ。



「わかった。アリスに配車依頼してくる。お前は部屋に戻ってな」

 レイを先に帰した俺は、遠回りだが、いったん売店に寄ってから事務所に向かう。
  




「そろそろ来ると思ってたわ。士官様の許可様が下りてるから、予定通り行けるわよ」

 アリスはそう言って、二人分のパスポートを持って来た。


 あの上司の事だ、直前になって仕事を入れられる嫌がらせも危惧してたが。

 レイとの約束は守ってるんだな……。
 意外だ……。



「三時間後に迎えを頼みたい。行き先は空港だ」

「うふふ、もう連絡済みよ」

「仕事が早いな」   

「チケット取ってあげたの誰だと思ってるのよ?」

 俺は売店で買ったばかりのキャンディの箱を開けて中身をアリスに渡す。辺りに甘いイチゴの香りが漂った。

「あら、お駄賃コレだけじゃ嫌よ?」

「わかってるって、ちゃんとした土産買ってくるからよ。いつも助かってる」


 俺は、じーさんから貰った薬をキャンディの箱に入れ変えた。

「外箱だけ欲しかったんだ。見なかったことにしてくれ」

 カウンターに頬杖をついたアリスは、不敵に微笑んだ。

「良いわよお、別料金ね!」



  


 レイは自分のベッドで、ガシガシと濡れた髪を拭いていた。シャワーを浴びていたらしい。ちなみに、出掛ける予定があるからか、ちゃんと服は着てる。

「車、手配したぞ。迎えは三時間後だ。空港まで移動して、ラシュウルのいる国まで飛ぶ」

 俺はわざとレイの目の前を横切って、窓際のデスクに腰掛けた。

 ポケットからパスポートとキャンディの箱を取り出してデスクに置く。

 そして、レイには未開封だと思わせる為に、さっきとは逆の側面をパキパキと音を出しながら箱を開いた。

 中から一つ取り出して口に入れる。

「なんだ、ソレ?」

 よし、レイが興味を持った。

「飴。ラシュウルのいる国は乾燥してるからな。舐めてると唾液が出て喉を守れる。 まぁ、痛めない為の予防みたいなもんかな。向こうにも持ってくけど」


 じっと見てくるレイに、何気ないフリで聞いてみる。

「舐めるか?」

「あめ……」

「そう、フツーに売店で売ってるただの飴」

 立ち上がったレイの顔が、ずいっと近づいて、すんすんと匂いを嗅がれた。
 やばい、怪しまれてるか?

「なんだ?どうー」

 言い終わらない内に、レイは両手で俺の顔を固定して、口をくっつけてきた。

 は?

 俺が混乱してる間に、ぬるり、とレイの舌が入って来る。

 キス?なんでこのタイミングで⁇

 柔らかな舌が口内を掻き回し、上顎を舐め、舌を絡めとる。


 おもわず腰を引き寄せようとした俺の手を、レイはパチンと叩いた。
 しかし尚も舌を抜かずに、ピタピタと俺の舌の表面をまさぐっている。

 なんだ、何なんだ?一体どうしたいんだ⁈


 やがてレイは、俺の口の中にある薬を器用に舌を使って唇まで移動させた。
 カロン、と音を立ててソレがレイの口に移る。

 ちゅ、と音を立てて唇が離れた時、俺はやっとレイのしたかった事がわかった。

 飴が欲しかっだけなのかよ…っ!

 ワナワナふるえる俺に、レイが首をかしげる。

「なんだ?ハロルド、寒いのか?」

「いや、舐めるなら新しいのをやるのに……」

「もしかしたら、薬かもと思って。アンタが舐めてるヤツなら安全だ」

 信用してもらってありがたい。
 いや、信用されてないから口移し?
 あーもう!

 今日は寝ないで出発する予定だから、当然セックスもしないつもりだったのに。

 こんな事されたら、身体が反応するだろうが!

「ちょっと、俺もシャワー……」

 若干の前屈みで移動する俺に、
「なんだ?今度は腹が痛いのか?」
 と、問い掛けてふたたび首を傾げるレイだった。

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