誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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楽しい休日 やり直し! 後半

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 最初に入ったパティスリーでは、
『何を選んだらいいか分からない』というレイに、店のお薦め商品を二品買った。


 店員に誕生日なんだと伝えると、ドリンクをサービスすると言うので、恐縮するレイに構わずアイスコーヒーを二つ頼んだ。

「ハロルドっ!俺も払う!」

 併設されてるカフェスペースに移動する俺に、レイは慌てた様子でついて来た。

「主役は黙って奢られてろ」

 たとえ仮初かりそめでも誕生日は誕生日だ。

「でもっ」

「じゃあ、来月!」

「え」

「来月!俺誕生日だから、来月はお前が俺に奢ってくれ、それでどうだ?」

「……わかった」

 渋々と言う風にレイは頷いた。

 テーブルに座ると、程なくしてドリンクとケーキが運ばれて来た。

「なんか、豪華になってる……」

 金縁の大きな皿に、赤いフルーツソースで描かれた『ハッピーバースデー』の文字。綺麗に盛り付けられたケーキに、レイは戸惑っているみたいだ。

「どっちから行く?フルーツ?チョコ?」

「え、ええと、こっち」

 金箔とベリーの載っているチョコレートケーキにフォークをさす。

 レイは一口頬張って、ぎゅーっと目をつぶった。

「歯が溶けそうだ」

 なんだその感想は?
 口に合わないのか?

 俺も同じケーキにフォークを入れた。

「うわ、すげえな、脳みそが驚くレベルで甘い」 

「アンタは嫌いな味か?」

「いや、美味い」

「そうなんだよ、美味いよな」

 お互いの食レポの下手さに笑い合いながら完食した。

 レイがたまに見せる笑顔は、どうしようもなく可愛くて、あぁ好きだなあ、とこんな瞬間にも痛感する。

 それから、予定通りにレイの服を数着買い、強い日差しが気になったから、お揃いで帽子も買った。
 カラフルなディスプレイの雑貨屋に入ったり、屋台で試食を勧められたナッツを買ったりもした。





 せっかくの誕生日だし、昼食はレストランに入ろうとしたら、
『堅苦しいのは嫌だ』とレイが渋い顔をしたので、ドライバーお薦めのビストロに入る。

「そういや、れーくん酒は?」

「飲まない」

「うーん、じゃあノンアルで乾杯するか」

「おい、あんまり大袈裟にするな。そんな、乾杯とかいい……」

「ダメダメ、祝うって言ったろ」

 スタッフを呼び止めて、ノンアルのシャンパンの有無を確認する俺を、レイは困ったような顔で見つめてくる。
 
「じゃあ、そのシャンパンと…レイ?何食べたい?」

「……メニューがあり過ぎて、どうしたらいいか分からない」

 唇をへの字にしてメニュー表と睨めっこしてるレイは、子供みたいだ。
 あぁ、可愛い。

 俺は官舎の食堂で、煮込み料理を口一杯に頬張っていたレイを思い出して、メニューの中から、伝統的な牛肉の煮込みをオーダーした。


 大盛りをうたっている店だけあって、鍋ごと運ばれて来た料理に、レイは目を丸くした。そして。至極幸せそうな顔で食べ始めた。

 シャンパンをお供に、グリルチキンのサラダやシーフードパスタ。 野菜がたっぷり入ったキッシュなんかも食べた。

 運ばれて来た物は、例外なくボリューミーで、そして。

「美味い、全部美味い!」

 レイの喜びようといったらなかった。

 出された料理を口に運ぶたびに、目をキラキラさせながら、美味い!を連呼するもんで、周りのテーブルの客が『アレと同じのを』なんて注文した程だった。


 当たりだなこの店。また来よう。





「あー、腹パンパン!……レイ、少し歩くか」

「うん。流石に食べすぎたかも」

 遅めの昼食をゆっくりと楽しんだ俺達は、腹ごなしに日陰になっている路地裏を散歩する事にした。

 メインストリートから、一本道を逸れるだけで、人通りは随分減るもんだ。

 くねくねと曲がりくねって、迷路のようになっている民家のわき道を通り、およそ観光客は入らないであろう、細い道を気の向くままにどんどん進む。

 徐々に、賑やかな客引きの声や、車の音が遠ざかっていく。



 建物の間にはためく洗濯物。
 アイスをたべながら、チョークで道に落書きしてる子供達。
 開け放した窓から、パンを焼いているらしい芳ばしい香りも漂ってくる。

 この街で生きている人間の、生活の匂いが色濃く感じられる。

「こういうところ、好きだ」

「ん?」

「普通に暮らしてる人達の中に、自分も入れた気分になる」


 前を歩くレイの後ろ姿を、俺はハタと見つめた。

「まるで自分は普通じゃないから、って言ってるみたいだぞ」

「そうか?」

 振り向く事なくレイは答えた。
 たいした意味は無かったのか?
 俺の考え過ぎか?


 狭い路地は次第に坂道になり、しばらく登って行くと急に視界が開けた。


「アレは何だ?」


 整地された土地の真ん中に、真っ白な円筒形の高い建造物が現れる。


「この地区の寺院だな。誰でも入れる。ホラ」

 どっしりとした鉄製の扉は開放されていて、中は驚くほど涼しい。
 小さな窓が天井付近に三つあるだけで、寺院の中には、それ程陽射しが入らないからだろう。
 白い石壁の視覚的な涼しさも相まっている。

「凄い」

 高い天井に施された宗教画を見あげて、レイは感嘆の声をもらした。

 レイと同じ金髪碧眼の天使が、花を撒き散らしながら俺達を見下ろす。

「もっと近くで見てみるか?アレで上まで行ける」

 内壁にそって設置されている螺旋階段にレイを連れて行く。
 鉄製のソレは、緩くカーブしながら、寺院の最上部まで登れるように造られていた。
 歩くたびにカツンカツンと、靴音が響き、残響が建物の中に広がっていく。

「不思議だ!近くで見ると全然印象が違うんだな」

 天井に近づくにつれて、それまでクッキリ見えていた、絵画の輪郭が曖昧になっていく。

「離れて見て、はじめて絵画として完成するように計算されてるんだろうな」

 階段の最上段の先には簡素な木のドアがあった。開けてみると、建物の外壁に沿って、細い通路が設けられている。
 外から見た時に目立たない様になのか、白くペイントされた手すりもある。


「気持ちいい」

 だいぶ柔らかくなった日差しに、レイが帽子を取った。

 ぱらりと落ちた前髪が、風に揺れる。

 少し気温も下がってきたのだろう、吹く風は爽やかで心地よい。

 この寺院は三階建てくらいの高さがあるだろうか。建っている場所も高台だから、すごく見晴らしがいい。上から見る街並みはまるで。

「ミニチュアみたいだ」

「おい、あんまり乗り出すな…落ちるぞ」

「何だよ、子供扱いするな」

 レイは横目でチラッと俺を見た。
 だから、そうやってすぐむくれるトコが可愛いんだよ。

「あ、あの屋台!コレを買った所だ!
 あのシマシマの屋根覚えてる!」

 デイバックから、紙袋を取り出したレイが『塩分補給しよう』と提案したのでお言葉に甘える事にした。
 紙の包みを開けると、ローストしたナッツの香りがフワッと漂う。

「ちゃんと手を拭くやつも持ってるぞ」

 偉いだろう、と言わんばかりに紙ナプキンを手渡してくる。

 あぁ、だからそういう所が。

「可愛いな、まったく」
「はあ?」
 何を言ってるんだと言わんばかりにレイは片眉を吊り上げた。


 アーモンド、クルミ、カシューナッツ。カリカリとした食感と、控えめな塩味。
 軽く汗をかいた後だから、余計に美味く感じる。

「コレは有ればあるだけ食べちまうヤツだな」

「うん、危険な食べ物だ」


 他に誰かが登ってくる気配もなかったから、俺とレイは並んで寺院の壁にもたれながら、のんびりと風に吹かれて時を過ごした。





 そして日が暮れ始めた頃、待ち合わせていた車に乗り込んで基地に帰った。






 部屋に入ったレイは靴を脱ぐと、珍しく自分のベッドに上がった。
 そして、デイバックを肩から下ろしながらー。

「おっさんとヤッた日かも」

 と、唐突に言い放った。

「は?」

 部屋のドアを閉めていた俺は、何の事か理解出来ずに聞き返した。


「なんで誕生日が今日なのかなって考えたんだ。時期的に、おっさんと一緒にいた三日間のうち、どれかがこの日なんだと思う」





 はあ?
 つまり、なんだ?

 あのクソ上司は!
 レイを搾取した日を、誕生日?
 よりにもよって、毎年巡ってくる誕生日にしただと⁈
 なん、じゃあ俺はっ!
 レイとあのクソのセック⚫️記念日を、ハッピーに祝ってたって事かよ⁈
 うわ、アホすぎる。

 レイのベッドに腰を下ろした俺は、比喩ではなく本当に頭を抱えた。

「でも今日からは、アンタに祝ってもらった記念日だ」

「あ?」

 レイは、デイバックから数枚のフライヤーと、いつの間にか雑貨屋で買っていたらしい小さな紙包みを取り出した。

 見ていると、紙包みの中身は小さな缶ケースで、キャンディーやケーキの形を模したプッシュピンがたくさん入っている。
 フライヤーを手にしたレイは、ピンで一枚一枚丁寧に壁に留めていく。

 パティスリー。
 セレクトショップ。
 雑貨屋。
 ビストロ。
 仕舞いには、ナッツを買った屋台の紙ナプキンまで。

「今日行った店か、全部」

「そうだ」

 レイは満足げに壁を眺めた。

「こうしとけば、いつかまたアンタと行ける気がするだろ?」


 沸々と湧いてくる上司への怒りは、レイの言葉で、一気に鎮火した。

「何を……そんなの……何度だって一緒に行くだろ」

「そうかな? 行けるかな」

「レイ、ずっと一緒にいるって約束したろ?何を心配してるんだ?」

「俺、誰かと長く一緒に居たいと思った事がなくて。こういう…一緒に出かけたりとか、誕生日だからって奢ってもらったりとか、何度もしてもらっていい事なのか?」


 俺は、言葉が出なかった。
 そんな事さえ望めない生活を、してきたんだ、この男は。


「お前がウザイって思う位してやるよ」

 そう言うと、ふふ、とレイは微笑んだ。

「アンタが、また一緒に行きたいと思ってるなら、良かった」


 真っ直ぐ俺を見て、柔和に微笑むレイを俺も見つめ返した。

 この男を、心底安心させるにはどうしたらいいんだろう。

 ゆっくりと顔を近づけた俺を、レイは拒まなかった。
 それどころか、最後の数センチ、距離を詰めたのはレイだった。

 互いの唇を柔らかく喰んだ後、レイは俺の胸に顔を埋めた。

「ありがとう」

 小さく呟いたレイを、俺は、出来る限り優しく抱きしめた。






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