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救出 ⑤
しおりを挟む「あの子、今頃お母さんと過ごしてるかな」
夜、二人用テントの中で寝床を作っていると、レイはぽつりと呟いた。
「マリだっけ?俺たちが来なかったら、今も穴の中だったかもな。今頃母親と眠ってるだろ」
「うん」
返事はしたものの、コットを組み立てるレイの手が止まっている。
「何か気になるのか?」
「マリと、少し話したんだ。マリのお父さんは、マリが産まれる前に死んでて。年の離れたお兄さんも、去年地雷を踏んだ時の怪我が原因で死んでるって。
ママには自分しか居ないのに、悲しませちゃった……って。マリは言ってた」
「そうか」
「なんか凄いなと思って」
「ん?」
「自分が死ぬかもって状況だったのに、お母さんの心配してたって事だろ?」
「そうだな。仲が良いんだろ、あの親子は」
つい、あの親子はなんて限定的な言い方をしてしまった。
例えば俺は、死に際にだってあの女の事を恋しく思う事は無いし、レイに至っては……。
「俺は親を知らないから、未知の感覚だなって思ってたんだ」
レイは作業を再開し、組み立てたコットの上に寝袋を広げる。
「少しは休めそうか?」
レイが眠れないのは分かってたから、そんな風に聞いてみた。
「大丈夫だ。アンタこそ寝ろ」
そう言ってねがえりを打つ。
俺に背を向けて無言になるのは、もう話は終わりという意思表示なのだろう。
「レイ、おやすみ」
背中に声を投げて、俺は目を閉じた。
日中とは打って変わって、夜間の気温は低い。お互いの体温を感じながら眠ったら、どれ程心地よいだろうと思うのに。
今はそれが叶わない事が、淋しくて仕方ない。
二日目。
朝から本隊が通る為の道の整地やら、住民達の退避場所の選定なんかをこなしていたら、あっという間に日が傾いてくる。
ぐっしょりと汗を吸った隊服が重く感じ始めた頃、班長から作業終了の連絡があった。
仲間達と交代でシャワーを浴び、炊事当番が作ってくれた食事を摂る。
一つのテーブルを、全員で囲んで食事をしながら、それぞれの作業の進捗状況を報告し合っていると、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
「凄い星空~」
サーシャの言葉に、全員が空を見上げる。
周りには高い建物は無い。明かりも俺達の足元にあるランタンと、住民達の家からもれるわずかなものだけだ。
満点の星空の美しさを、全員が堪能した。
『おにーちゃん』
声に振り向くと、暗がりの中をマリが母親に付き添われて歩いてくるのが見えた。
レイが小走りでマリの側に行く。
二人に昨日の礼を告げられて、ちょっと困惑した様子のレイを、部隊の仲間達は離れた場所から面白そうに見ていた。
マリは、すっかり元気な様子で、その後も帰る素ぶりを見せず、学校が再開するのが待ち遠しいとか、夕食を作るのを手伝ったとか。
他愛のない話を、頬を真っ赤にして一生懸命に話している。
「恋ですなあ」
ガシッと肩を組まれて、振り向く。
タイラーがニヤニヤしながらマリとレイを見ている。
「初恋の相手がダベンハイムかあ。吊り橋効果恐るべし」
コイツはまた、余計な事をペラペラと……。
「タイラー、片付け済んだなら、早く寝ろ」
「はーい」
ひらひらと手を振って、タイラーは自分のテントに歩いて行った。
恋……。
初恋か……。
「ハロルド」
寝支度を整えていると、テントに入って来たレイに呼ばれた。
「そっちに行っても良いか?」
いつも真っ直ぐ目を見て来るレイには珍しく、ちょっとだけ視線をずらして聞いてくる。
「アンタの手だけ触りたい」
自分から、任務中は触るなと釘を刺した手前、バツが悪いのだろう。
「いいぞ、コッチ来い」
レイはコットを引っ張って横にくると寝転がった。
「俺もお前に触りたかったよ」
俺の言葉に、レイはパシパシと瞬きした。
「なんでだ?」
なんでって……。
お前の事が好きだからだよ……。
俺が言いよどんでいると、レイは返事を待つのがもどかしくなったらしい。
「俺の事は気にしないで、寝ていいぞ」
「れーくん…ハグは?」
「ダメだ。アンタに触られると気が抜ける。だから任務中はダメだ」
「はいはい」
大人しく引き下がった俺の手に、レイの指が絡まってくる。
「本当に、俺の事は気にするな。さっさと寝ろ。アンタの寝息を聞いてるのは、結構好きだ」
俺の腕を胸に抱くようにして、レイは上目遣いに俺を見る。
俺は、ここでレイを襲わない自分の忍耐力を褒めたいと思う。
三日目の夜は、最初からレイのコットは隣にあった。
「随分気に入られたな」
つい三十分程前まで、レイはマリ母娘と会っていた。
向かい会って寝転びながら、俺の手をやわやわと弄っていたレイが、顔をあげる。
ランタンの灯りの下でレイの金髪が、飴色に揺れた。
「何の話だ?」
光の加減で色が変わるレイの瞳は、今は深い紺色だ。眠っていないせいで、目の下に薄く隈ができている。
「悪い、変な事言った。忘れてくれ」
コレは嫉妬だ。
あんな小さな子を相手に。
レイを取られた気がして、ちょっと棘のある言い方をしてしまった。
「なんだよ、気になるだろ」
「いや、あー、お前が助けた」
「あぁ、マリ?」
レイは俺の腕を引き寄せると、頬を擦り寄せた。
「お兄さんを思い出してるんだろ?背格好が俺に似てるんだって、お母さんも言ってた。別に俺自身を気に入ってるわけじゃないだろ」
またこの男は……。
どうしてこうも好かれる訳がないと思っているんだか。
翌日、テントを畳み撤収の準備をしていると、山羊に餌をやっていたマリが不安気な顔で近づいて来た。
実はもう予定していた作業が終わって帰るんだ。と言うレイの言葉に、マリは大泣きする。
走って自分の小屋に行き、そして母親を引っ張って再び走って戻って来た。
『ずっといてくれないの?』
母親と同じ翡翠色の瞳を潤ませながら、マリはレイを見つめた。
横にいる母親も、残念そうだ。
『コレ、まだ作ってる途中なの。でも、お兄ちゃんにあげるね』
握り拳を差し出すマリを見て、レイはその場に跪く。
キラリと光る石がレイの胸ポケットに押し込まれた。
立ち上がったレイが優しくマリの髪を撫でる。
マリは『怪我しないでね』と告げて、くるりと背を向けた。そして振り返らずに自分の家に駆けて行った。
『それは魔除けです。この地方に伝わる伝統的な物で。本当は穴を開けて首にかけられる様にするの。
貴方がたの仕事は危険な事が沢山あるでしょう?
ですから』
そこまで言って、母親は言葉を詰まらせた。
『ごめんなさい、一度だけ抱きしめていいかしら』
両手を伸ばした母親を、レイも自然な動きで抱きしめた。
『貴方を見た時に、息子にあまりにも似ていたから……あの子が帰って来てくれたような気がしたの。
マリに優しくしてくれてありがとう。
どうか元気でいてね。長生きして、大切な人と幸せに生きて』
その言葉は、共に生きることが叶わなかった、夫と息子への溢れんばかりの愛を感じさせた。
来た時と同じように、四台のトラックに荷物を乗せ終える。
先に荷台に上がった俺は、後から上がってくるはずのレイを振り向いた。
レイは、去っていくマリの母親の後ろ姿を、じっと見ていた。
「母親って……あったかくて、柔らかいな」
小さな声が聞こえた。
レイはずっと一人で生きてきたと聞いた。家族の事を追求する気はない。
いつか、レイが自分から口を開く日が来たら、何時間だってそばに居て、話を聞こうと思ってる。
教授の最期の時に、俺に寄り添ってくれたレイのように。
「かったい男の胸で良ければ、俺がいつでも抱きしめてやるぞ」
「アンタの胸はべつに硬くないぞ?」
真面目な顔でレイは答えて、トラックに近づいた。
「ハロルド」
レイが背伸びして、俺の耳に口を寄せた。
「帰ったら寝かしつけてくれ」
「了解」
俺はしっかりとレイの手を握って、荷台に引っ張り上げた。
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