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救出 ④
しおりを挟む「まて、あそこ迄はどうする、踏んだら終わりだぞ」
俺の問いに、レイはバリケードの方を指差した。
「足跡があるんだ。その上を歩いて行く」
「ダベンハイム、駄目だ。許可出来ない」
班長が振り向く。
俺は、レイはきっと引き下がらないと思った。子供が救出対象だから、尚更だ。
「じゃあさ、ヘリで穴の真上に行くのは?」
「それから?」
仲間の一人の提案に、レイが即座に反応する。
「ロープを穴に下ろす?」
「あんな小さな子に、自力で救助ロープを巻けって言うのか?そもそもヘリの待機場所まで片道二時間もかかる」
レイは腕組みして班長を見据える。
「いいか?言葉が通じる人間が助けに行った方が絶対に良い。
まずクマちゃんは、行くわけにいかないだろ?
ハロルドは体がデカ過ぎて、子供には威圧感があるだろ?怖がって、手を伸ばさないかも知れない。
だから俺が行く。
なあ、クマちゃん。さっさとオッケーしろよ。いつまであの子を穴の中に立たせておくんだよ」
班長は、目を瞑って天を仰ぐ。
そして、小さく息を吐いて俺達を見た。
「わかった。レイ・ダベンハイム。お前に任せる」
レイはロープの側に行くと、ポイっとブーツを脱ぎ捨て、裸足になる。
「レイ?」
「地面に接する面積は小さい方がいいだろ?」
良かった。ちゃんと自分の身を守る気はあるようだ。
「あと、踏んだ時もわかりやすそうだし」
俺の背筋が凍るような言葉をサラッと口にする。バクバクと不安を訴える心臓が痛い。
しかし、この男を押し留める事は不可能だろう。
「もし踏んだら?」
「信管のコードを切るんだろ?ナイフは
尻のポケットに入ってる」
成功率は低いが、対処法はソレだけだ。
レイは、ふと自分の隊服に目をやる。
「この柄、子供は怖がるかも」
迷彩柄の隊服の上着を脱ぐと、黒い半袖Tシャツ一枚になる。
強い日差しの下で、レイの白い素肌が眩しく感じる。
「じゃあ行く」
とだけ言って、地面に足を踏み出した。
躊躇する事なく歩みを進めていくレイに、仲間達は困惑気味だ。
「度胸があるって言うか何て言うか……」
「思い切りが良過ぎて、コッチがヒヤヒヤするよ」
「心臓に悪い」
全く同感だ。
レイが投げ捨てた服とブーツを拾い上げて、小さくなって行く背中を目で追う。
「なんかさ~自分の命に執着なさそうだよね~ダベンハイムって」
いつの間にか隣に立っていたサーシャは、レイの頭上にドローンを飛ばしながら呟いた。
俺は内心ギクリとした。
「そんな事ないだろ」
自分で口にした言葉なのに自信がない。
俺の為に士官と殴り合った時もそう。
眠る為に俺とセックスするのもそう。
レイの中で自分自身が一番軽んじられている。一番傷付けて良い人間が自分なのだ。それは事実だ。
『マリ、良くがんばったね。一緒にここを出よう』
地面に腹這いになったレイは、穴の中に腕を伸ばした。
二人の上を飛ぶドローンが、レイの行動を映し出す。
「これがダベンハイムの声なんだもんなあ」
「どんな顔して言ってるんだろ」
頭上からの撮影で、レイの表情は見えない。
だが、俺達と会話する時とは、声色が違うのがはっきりとわかる。
子供と接する時のレイは、限りなく優しいのだ。
俺達はモニターの前で、マリの小さな体がレイに引き上げられるのを、祈る様な気持ちで見つめていた。
やがて子供を抱えたレイの姿が見えると、その場にいる全員から歓声が上がった。
『マリ!』
叫んだ母親の腕を、俺は咄嗟に掴んだ。
喜びの余り、地中に地雷がある事を忘れて飛び出そうとしたからだ。
「ハロルド、ありがとう。危なかった」
ドローンが拾ったレイの声がした。
遠目から母親の行動が見えていた様だ。
やがて二人がバリケードのロープを越えると自然に拍手が上がった。
母親は震える手で娘を抱き留め、マリはその胸の中で泣きじゃくった。
「すぐに水分の補給を。タイラー、日陰で彼女の状態をチェックして、私に報告する様に」
「はい!」
タイラーに連れられて移動する母娘を、レイはじっと見つめていた。
「おかえり、レイ」
俺もレイを抱きしめたかったが、そこはグッと堪えた。
レイは、まるで大した事じゃないようにチラッと俺を見て、ん、とだけ返した。
「ダベンハイム、よくやった。
トラックの後方に、簡易シャワー室を作ってある。その体を洗って来い。土壌感染を舐めない方が良い。足の裏にも傷が無いか確認するように。
ハロルド、一緒に行って手伝ってやれ」
「わかった」
レイの体は土に汚れ、穴の淵で擦れたのか、細かい傷がたくさん出来ている。
「平気なのに、クマちゃんは大袈裟だ」
縦長の耐水布製テントの中で、レイは不服そうに口を尖らせる。
「そんな風に言うな。感染症が怖いのは事実だ」
貯水タンクにホースを繋げている間に、レイは着ていた物をすっかり脱いでいた。
慌てて入り口のファスナーを八割ほど閉める。
服を受け取った俺は、交換にシャワーベッドをつけたホースを中に差し入れる。
「お前がいくらでも薬飲むって言うなら話は別だけど」
テントの隙間から覗いてニヤリと笑って見せた俺に、レイはピンク色の舌をベッ、と出して答えた。
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