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救出 ②
しおりを挟む「ダベンハイム、なぜわかった?」
班長が少し驚いた様子でレイを見る。
「バリケードの内側の地面に足跡がある。サイズからして子供だと思った。そばに草食動物の足跡もある。何かを追いかけるのに夢中になって、中に入ったんじゃないのか?」
あぁ、さっき急にしゃがみ込んだのは、立ち入り禁止区域に足跡を見つけたからか。
『何時間くらい戻ってないんだ?』
レイは現地の言葉で、女性に話しかける。
驚いた。
メジャーでもないこの国の言語を習得してるのは、班長と俺だけかと思っていたから。
言葉が通じるとわかった女性は目を見開いた。そしてレイに駆け寄ると、その両腕を掴む。
『お願い、マリを助けて!きっと怖くて震えてるわ!お願い、お願いよ!見殺しにしないで!爆発させないで!』
どんな撤去方法を取るかは、あらかじめ住民に知らせてある。広範囲に退避する必要が出るからだ。最初の予定では、専用の重機で敢えて踏み付けて爆発させるという計画だったが……。
『大丈夫だ。地雷処理班が到着するのはまだ先だ。俺達が子供を助け出すよ。心配しないで』
レイは、表情を変えず、しかし平素よりおだやかな口調で返事をした。
「待てダベンハイム。語学が堪能なのは認めるが、現地語を全員が解る訳ではない。そして、お前がしようとしている事は、仲間の援助が無ければ達成出来ない」
「は?何だよクマちゃん、もっと簡単に言え」
いつもの調子で、レイが班長に言い返す。
レイの中では、すっかりクマちゃん呼びが定着している。最初は班長もたしなめていたが、その内諦めてしまった。
「レイ、つまり皆んなと情報共有しろって事。俺が今から通訳する」
それでいいか?と班長を見ると、班長は静かに頷いた。
「オッケー、じゃあ皆んなもうちょっと寄って。状況説明するから」
禁止区域にいる子供は、マリ・ウィーシュナ。六歳の女の子だ。
今から四時間前に、柵の外に出た家畜の子ヤギを追いかけてロープの内側に入った。
子供の小さな足は、幸いな事に地雷を踏まずに済んだ。が。
村人数人が、遠くの地面に吸い込まれるみたいに消えたのを見たと言う。
ミサイルが爆発した穴に落ちたと見て間違いない。
大人たちは、地雷源に入る事ができずマリがどんな状況かは分からない。
現地の言葉を同僚に通訳し終わるのを待って、班長が指示を出す。
「サーシャ、ドローンで探せるか?」
「了解~」
班長の次に大柄な同僚が、間延びした声で答える。
必要な機材を用意していると、数人の村人達がテーブルを持って来てくれたので、そこにモニターを設置する。
小型カメラを搭載した機体から、受信した映像を映し出す為だ。
班長に連れられて、真っ青な顔をした母親がモニターの前にやって来た。
バリケードの外側には、レイとサーシャが並んで立つ。地面に置かれたドローンがサーシャの操縦で、シュルル、と軽い羽音を立てて飛び立って行く。
「ハロルド~、何色の服を着てるか、お母さんに聞いて~」
実はこの男の鷹揚な話し方は、周りの緊張を緩める為の演技だ。隊員達は、もちろんそれを踏まえて接しているのだが、レイには若干受けが悪い。
俺は現地の言葉で母親に確認すると、それをサーシャに伝えた。
「赤いワンピースにサンダル。髪に金色のビーズを編み込んでるから、太陽光の反射でわかりやすいかも、だって」
「りょ~かい!」
「サーシャ!もう少し右だ!」
レイはロープの外側ギリギリの所で、双眼鏡片手に、這いつくばって足跡を確認し始めた。
爆発の影響か、ボコボコと隆起しているかと思えば、えぐれてすり鉢のようにへこんでいる地面もある。
硬い大地だ。
体重の軽い子供の足跡は、浅くしか付いていないだろう。
立ったり、這いつくばったりしながら、レイは少女の痕跡を追って、ドローンの飛行ルートを指示する。
「あ!見えたかも。いま近づくから、お母さんに確認してもらって!」
サーシャは自分がつけているベッドセットで、ドローンからの映像を確認すると、体勢を変えずに声を張る。
俯いていた母親を促し、後ろでおれも画像をみる。
レイも走って来て、俺の横から覗き込んだ。
地面に空いた直径1.5メートル程の穴。
その淵から更に1メートル程下に、髪飾りを付けた頭部が見える。
『マリ!マリ!』
モニターに掴みかからんばかりの勢いで、母親は叫んだ。
ドローンは穴に近づき、マリと呼ばれた少女の全身が確認できた。
ワンピースが土に汚れているが、目立つ外傷は無さそうだ。
「怪我は、してなさそうだけど、あ、まってちょっと問題発見。班長!足元のヤツ見えますか~?」
母親の横にいた班長が、ズームされたやや荒い映像に顔を近づける。
「これは、地雷か?」
その言葉を聞いた仲間たちに緊張が走る。
アップになった少女の足元には、深緑色の平らな金属の塊が見えたのだ。
この地域にばら撒かれた地雷は、二種類あるという。
一つは人を標的にした対人型地雷。
もう一つは、戦車を破壊する為の、対戦車型地雷。
少女の足元に映っているのは、対人型の何倍も大きく見える。
つまりあの少女は、逃げ場の無い穴の中で、対戦車用地雷の上に立っている!
画面を見ていた母親は、立っていられずその場にしゃがみ込んだ。
「子供の重さなら爆発しないんじゃないのか?」
レイは眉をひそめて俺を見る。
「たしかに対戦車型は、相当の重量が加わった時にだけ発動する様に作られてる。でも見ろ。
半分くらい土に埋まってるだろ。この土の重さがマズイ。あの子が乗った事で、更に重さが加わって、既にスイッチが入ってる可能性がある」
「じゃあ、足を離したら」
レイは視線を落として沈黙した。
俺は、『どうする』と班長を見た。
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