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嫌いな上司
しおりを挟む今日は厄日だ。
一日に二回も、この部屋に来る事になるとは。
俺は士官の部屋の壁にもたれて、ヤツの入浴が終わるのを待っている。
あの騒ぎの後、レイは飛んできた班長に連れて行かれた。今頃、班長室で騒ぎの詳細を聞かれてるはずだ。
俺は、レイと一言も話す事が出来なかった。
それなら、と喧嘩相手の士官から話を聞こうと、士官を追って部屋に来た。
賭けとは何か?
レイが切れる様な…どんな話しをしたのか。
そしてレイとはどういう関係か?
が、士官は開口一番『土で汚れた』と、いい残し部屋の奥に消えた。
奥の扉の向こうには、ベッドルームとシャワールームがある様だ。
俺みたいな一般兵が使う部屋より大分広い。 三倍、いやもっとあるか?
客人と部屋で会う事もあるから、これ位の広さは必要だろうか。
四角い部屋の真ん中には豪勢な応接セット。
調度品といい、床に敷かれた高級そうな絨毯といい、この一部屋にどれだけ金が掛かっているやら。
「もう少し、しっかり跡を残せば良かったか?」
水音が途切れ、士官の声が響く。
「あぁ?」
バスローブ一枚羽織って、士官が扉を開けて出てくる。
「意外にすぐ消えそうだ」
タオルで髪を吹きながら、首筋を指す。
俺の首に付いた跡は、シャワーで温めたり冷やしたりしたのが良かったのか、赤味は薄くなっていた。
士官はそれが気に入らなかった様だ。
冗談じゃない。
あんな首輪じみた跡、コッチは直ぐに消したいんだよ!
俺と同じ黒い髪に、黒い瞳。
外見の特徴から、第二部隊では、俺が士官の隠し子だなんてウワサが流れていたらしい。
確かに国内では稀な外見だが、それでも親子なんて。
ゾッとする勘違いだ。
「そんな所に、突っ立ってないでこちらに来い」
革製のどっしりとした椅子に腰を下ろして士官が言う。
「冗談だろ」
俺は入り口のドア横から、動かずに答えた。ヤツの手が届く距離にいたら何をされるか分かったものではない。
装飾の施された豪華なテーブルから煙管を取り出す。
のんびりと刻みタバコを指で丸め、煙管の火皿に詰めて、火を擦る。
そして煙を燻らせながら、「色が剥げた」と、自分の爪を眺めた。
「そんな長い爪で、レイとやり合うからだろ。自業自得だ」
今は現場に出る事がないとはいえ、伸ばした髪に化粧。煙草にネイルと、やりたい放題だ。この男は。
俺は確認したい事を率直に聞く。
「おい、レイとは初対面か?違うよな?」
「本人に聞けばよかろう?」
細い目を更に細めて、面白そうに俺を見る。
「あのネズミは、お前の抱き枕だそうじゃないか」
長く吐き出した煙が士官の周りに揺蕩う。
「私との関係など、ネズミからしたらトップシークレットだ」
口元に人差し指を当てて、ニンマリと笑う。
「私の口からはとても言えん」
思わせぶりに口を濁すが、この上司の言うことは本当に真偽が分からない。
オオカミ少年が、本当の事を言ったときに、誰にも信じてもらえなかったのと似てる。
口に出すことの全てが疑わしく思えるのだ。
レイは、一体どんな風に俺たちの事を説明したのか。そもそも、そんな話はしていないのかも知れない。
士官がレイとの事を話す気がないなら、長居は無用だ。
俺は、さっさとドアを開けて廊下に出ようとした。
「ハロルド・リー」
「あぁ?」
「枕が必要なら、いつでも抱かれてやるぞ?」
「くそくらえ!」
バタンッと閉めたドアの向こうから、あっはっは、と楽しそうな笑い声が響いた。
あぁ、全く、こっちの頭がどうにかなりそうだ!
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