誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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決着。そして疑惑。

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「ん?士官なんか喋ったか?」
「だれか聞こえた?」
「いや、遠すぎるって」

 ざわつくギャラリーの喧騒けんそうをよそに、俺の頭の中で、士官が発した言葉が繰り返し鳴り響く。

『お前を賭けてる』
 士官は、ハッキリそう言った。

 確かに距離はある。でも俺には聞こえたんだ。
 いや、違う、無意識に唇を読んだ。

 俺を?
 賭けてる?
 一体何を言ってるんだ!



 と、余所見した士官の間合いにレイが突っ込んだ。

 だが甘い。かわされた右腕を掴まれ、レイはそのまま地面にねじ伏せられた。

「あー、惜しい!」
 周囲からため息が漏れる。

 腕を捻りあげられ、上から肩関節を固定されては、身動きできない。
 勝負あったと、誰もが思ったろう。


 士官は、右手でレイの腕を拘束したまま俺を見た。

『見た通り、賭けは私の勝ちだ』

 あの上司……。
 俺が唇を読める事、そしてバカみたいに視力が良い事を知っていて、えてやってる行動だ。

 土に汚れ、歪むレイの顔に口を近づける。

『おまえがどんな手を使って、あのスラムから這い上がったのか、ハロルドは知っているのか?』

 (レイがどうやってスラムから出たか?)

 レイは答えない。
 ただキツい眼差しで顔を上げると、士官を一瞥した。

『知らんのか。まあ、そうだろうな。
 だからこそ、仲良しごっこをしていられるのだ』

 まて、なんでそんな話をレイと士官でできる?

 答えを知っていなければ、いまの質問は出来ない。

 あの二人、初対面じゃないのか?



 レイは舌打ちすると、捻られた腕をそのままに、上半身を起こそうとする。地面に這わせた左手にビキビキと血管が浮き出る。

 レイにとって、この状況はまだ『終わり』ではないのだ。


「お!」
「アイツ起き上がる気だ!」 
 周囲がどよめく。


 俺は全身の血の気が引いた。

 右肩を地面に押さえつけられたまま、左手一本で体を起こすと言う事は。
 右肩関節には、ありえない方向から力が加わるという事でーー。



「止めろレイ!折れる!!」
 出せる限りの声量で叫んだ。

 先に俺の声に反応したのは、レイではなく士官だった。

 部下を骨折させるのはマズイと思ったのか。
 それとも、ギシギシと骨の軋む音に、あるのか分からない良心が痛んだのか。
 どちらにせよ。

 俺が叫んだその瞬間、士官は拘束を緩めた。

 その一瞬で、レイは士官の下から滑るように飛び出して身をひるがえし、距離をとった。


 驚異的な速さだった。


 そして俺は、わずかに士官の上体が揺らぐのを見た。

 なんだ?

 着ている特注の士官服、そのちょうど心臓の辺り。

 土が付いてる!
 レイは、離れ際に当てていたのだ!

 士官は、胸元をさすると忌々しげにレイを見る。

「ネズミめ……」

 レイは解放された右肩をグルグル回しながら、上司相手とは思えない不遜ふそんさで士官を睨み返す。

「当てたぞ。約束は守れよ、おっさん」


 俺は今度こそ、窓から飛び出した。

「レイ!」




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