13 / 100
再会
しおりを挟む病院に着いたのは、午前四時頃だった。
受付に声を掛けると、身分証明書と書類の記入を求められる。
次いで、終末期医療担当だという女性スタッフが現れた。
「ご案内します。時間がありませんので、歩きながらご説明します」
前をハロルドとスタッフ。俺は少し離れてうしろを歩く。
巨大な病院だ。街の中央にシンボルの様にそびえたっている。
エレベーターで八階まで上がる。
大きな窓が並ぶ廊下から、静かな海と朝日のあたる港町が見下ろせる。
「現在は意思疎通が、かろうじて取れる状態です。ご本人の希望で、延命措置は行なっておりません。
会いに来てくださって、本当に良かった」
個室の前に案内される。
「何かありましたらベッドサイドの呼び出しボタンを。
室内に、面会者用のイスをご用意してあります」
そう言って、スタッフは立ち去った。
「ハロルド?」
ドアノブに手を掛けないハロルドを見上げる。
「入らないのか?」
「…いや…」
険しい顔のまま、声を詰まらせる。
もう時間がないみたいなのに。
何をモタモタしてるんだよ。
イライラしてきたから、ハロルドの手を引っ張ってドアを開けた。
窓から入る柔らかな陽に照らされて、ベッドの上には一人の老人が横たわっている。
白髪に白い顎髭。八十歳くらいか?
背は、立ったらハロルドくらいありそうだ。
グイグイとハロルドを引っ張って側に行く。
「おい、えっと……」
名前、そういえば知らない。
「えーと、教授?起きてるか?ハロルドが来たぞ。会いたかったんだろ、目を開けろ」
声を掛けると、わずかにまぶたが開いた。
あ、黒い瞳だ。
「ハロルド?」
身体を起こそうとしたんだろう。
上半身がわずかに動いたが、それまでだった。
ハロルドは、いまにも泣きそうな顔で、俺の横に突っ立っている。
「ハロルド?おまえかい?」
教授がやっと伸ばした手は、空を切る。
「もう少し、近くに」
乾いた声で懇願する。
「おい、ハロルド!」
俺の手をキツく握ってるハロルドの手を引っぺがす。
いま掴むべきなのは、おれの手じゃないだろ。
ハロルドは一歩踏み出すと、教授の痩せた身体を、抱きしめた。
やっと動いたハロルドに場所を譲って、俺は邪魔にならないよう、窓際に移動する。
「ごめん…今まで来れなくて」
初めて聞くハロルドの弱々しい声だった。
「いいんだよ。おまえは会いに来てくれた」
痩せて関節の目立つ手が、ごく自然な動きでハロルドの頭を撫でた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説


目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?
ルームシェアは犬猿の仲で
凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。
新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。
しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉
掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。
犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。


代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。


婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる