誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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会って欲しい人

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 深夜、部屋の壁に設定されている電話が鳴った。

「またか」

 ハロルドに急な仕事の依頼が入るのは、今までにもあった。

 俺の頭を腕からそおっと下ろすと、素早い動きでベッドを出る。

 寝入り際だった俺は、そのままハロルドの体温が残るシーツに顔を埋めた。

 今度は何日帰れなくなるだろう。
 少しの淋しさと、仕事なのだからという義務感の狭間を、行ったり来たりしながらハロルドの声に耳を澄ます。

「今度はどこだよ?あ?……外線?」

 途中でハロルドの声色が変わったのに気づいた。

 なんだろう?

 起き上がって遮光カーテンを開ける。

「いや、大丈夫だ。知り合いで間違いない。繋いでくれ」

 俺に背中を向けているハロルドは、
「あぁ」とか、「いや」とか短い言葉を発するだけで、話の内容は分からない。

 やがて通話を切ったハロルドが、何か思い詰めた様子でこちらにやってくる。

「どうしたんだ?」
「あ! 悪い、起こしたな」
 声を掛けられて初めて、俺が見ていた事に気づいたみたいだ。

 ベッドサイドに腰掛けたハロルドは、ワシワシと頭を掻くと、しばらく黙っていた。
 話そうか、話すまいか考えているようだ。

「俺に、読唇術を教えてくれた教授の話、したろ」
「うん。俺もアンタから教わって少し出来るようになったぞ」

 ハロルドは、ぽんぽんと俺の頭をなでた。

「その教授な、あんまり体が丈夫じゃなくて。俺が在学してた頃から入退院繰り返してたんだけど……」

 言い淀んで、視線が泳ぐ。

「あー、今の電話は、一緒の大学に行ってた幼馴染からで……」

 なんだ?ハロルドにしては珍しく歯切れが悪い。

「もう、危ないって。俺に」

 ふーっ、と大きく息をつく。

「俺に、会いたがってるっていう、連絡の電話だった」

 言ってから、ハロルドは天井を仰ぎ見た。

「俺、入隊してから一度も見舞いに行かなかったんだ」

 独り言のように発した言葉には、後悔の念がにじんでいた。



「病院てどこだ?遠いのか?」
「北部の港町なんだけど…クルマで、三時間くらいか……」

 確か海沿いは、気温がグッと下がるんだよな。

 俺は立ち上がって、クローゼットを開ける。中から何枚か服を選び出す。

 ハロルドに放り投げると、驚いた顔をされた。

「なんだ、服着るだろ?そのまま行く気じゃないだろうな?」

 スウェットパンツに、上半身ハダカじゃあ……。 

「あ、いや。行っていいと思うか、俺は」

「はあ?なんで躊躇してるんだ?明日はオフだし、世話になったんだろう?
 会いたいって言われたなら、会いに行けばいいだろ? 
 見舞いに行かなかった事を後悔してるなら、尚更だ」

「そう、か。だよな」

 両手で顔を擦ると、パッと俺を見た。

「レイ、一緒に、きて欲しい」

「俺?」

 ハロルドは立ち上がって側に来ると俺の両手を掴んだ。

「あの人に、会って欲しいんだ」

 真剣な眼差しに、ちょっとたじろぐ。


「まあ、別に良いけど」
「ありがとう」
 軽く俺をハグして、ハロルドは着替えだした。
 こういう時って、本当に親しい人間が病室に行くべきじゃないんだろうか。

 でも。

 断ったら、いけない気がした。

 だって、いつもとは違うハロルドの冷えた手のひらに、わずかな震えを感じたから。


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