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アンタとはもう寝ない
しおりを挟む「あ、ハロルド!」
「来たきた!ちょっと話し聞かせろよ!」
「ぶっちゃけ給料どんくらい?」
「祝杯上げるか~!ノンアルしかねぇけど~!」
目の前で、ハロルドが同僚達に揉みくちゃにされる。
「なんだ、おまえら…あ、おい!レイ!」
テーブルに座らせられるハロルドを横目に、俺はその場を離れた。
名前を呼ばれた気もしたけど無視した。ルームメイトの異動を祝ってやる器量は、俺には無いみたいだ。
コツコツと、一人で長い廊下を歩く。
朝食の為に、大多数の隊員が食堂に集まっている。自分の部屋がある建屋に向かうのは、俺くらいだった。
ドアを開けてベッドに倒れ込む。
室内に左右に配置された二台のベッド。
その左側。ハロルドのベッドに。
今朝も一緒に寝ていた。
入隊してからずっと一緒だった。
誰かの匂いが馴染んだ場所に、居心地良く自分が居られる事が不思議だった。
スラムでも、点々と寝場所を変えていた。
誰かの気配がする場所には、暴力の気配もしたから。
成人する迄過ごした施設でも、与えられた部屋に愛着がわく事はなかった。
その時が来れば、出て行くのだと分かっていたからかもしれない。
そして施設を離れる時も、泣きながら職員達と抱き合う他の子供達をみて、何か悲しいのか少しも理解できなかった。
俺は、誰かや何かに執着する感情が、きっと薄かったんだ。
でも、ハロルドは……。
俺は深く息を吸って、肺の中をハロルドの匂いで一杯にする。
アンタだけは違うみたいだ。
どれくらいそうしていたんだろう。
部屋の前に、バタバタと足音が近づいて来たかと思うとー
「レイ!」
ハロルドが勢い良くドアを開けて入って来た。わずかに息が上がっている。
「ここにいたのか、探したぞ!お前、食事は?行くぞ、休憩終わっちまう」
「いい、要らない」
「あ?体調悪いのか?」
眉をひそめて覗きこむハロルドの顔を、俺は見つめ返した。
離れる前に、よく見ておきたかった。
クセのある黒髪、吸い込まれそうな黒い瞳。
何度キスしたか分からない、その唇。
あぁ、そういえば……。
誰かとキスしたのも、アンタが初めてだった。
体を起こした俺は、両手でハロルドの頬を包んで引き寄せて、そして唇を合わせた。
俺が毎晩されるみたいに。
「……レイ?」
驚いたのか、ハロルドは目を見開いて俺を見た。
「なんか変だぞ、お前」
俺だって、自分がした事に驚いてる。
いつもキスはハロルドからだ。それも、俺を寝かしつける時だけ。
「俺、アンタとはもう寝ない」
「あ?」
「こういう事も、もうしない」
覚悟を決める為に口に出した。
「何言ってんだレイ」
「別に」
「だって、夜は⁈どうやって寝るんだ⁈」
「自分で何とかする」
「なんとかって……」
どうにもならないのなんか、俺が一番分かってる。でもハロルドは、ここを出て行く事が決まってる。
早く別の手段を考えないと。
ポーン、と手元にあった枕を一つ、自分のベッドに放り投げる。今まで、ほとんど使わなかった俺の枕だ。
ハロルドの腕は、少し高いけど、寝心地の良いマクラだった。
その腕の中で、トクトクと規則的なリズムを刻む心音を聞きながら、寝起きの微睡の中にいるのは、わりと好きだった。
「集合に遅れる、ハロルド、行くぞ」
早朝に乗り込んだヘリに乗って、今度は低空からの、ロープを使った降下、つまりラペリングの訓練がある。
ベッドから立ち上がって、ドアに向かおうとすると、腕を掴まれた。
無言で俺を見下ろす顔は、見た事のない切羽詰まった表情だった。
「まさか」と、ハロルドはつぶやいた。
「好きなヤツでも……できたのか?」
ギリリ、と俺を掴む手に力が入った。
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