誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

文字の大きさ
上 下
3 / 100

別れの予感

しおりを挟む

 曇天の中を、六人ずつ隊員を乗せたヘリコプターが連なって飛行する。

眼下に広がる森林は、この部隊のために国が用意した訓練場だ、と入隊時の説明にあった。

『どっからどこまでなんだ?』
『だから、見えてる所ぜーんぶだって』

バラバラと響くプロペラ音。
明けっぱなしの後部ハッチから入る強風。
隣に座るハロルドの声も聞き取れない。

座学で習った簡単なハンドサインで意識疎通する。
コレは部隊ごとの固有のハンドサインだから第一部隊の人間にしか通じないらしい。


「間も無く指定地点上空です」
パイロットが、無線を通して伝えてくると同時に、それぞれが装備の最終チェックに入る。

点呼の時に伝えられた、早朝の訓練は
千二百メートル上空からのパラシュート降
下。

毎日どんな訓練をするのかは、点呼の時に班長から伝えられるまで分からない。射撃場に行く日もあれば、山の中を走る日もある。

その時、その場で求められる事をこなせなければ、この部隊には残っていられない。

稀に、点呼だけとって朝食にありつける時もあるが、月に一度くらいのラッキーデーだ。

ホバリングする機体から、一定の間隔で降りて行く隊員達。
先に出たハロルドの姿が小さくなるのを確認して俺も空中に飛び出す。

空気を切り裂いて、頭から滑降していく感じは好きだ。ゾクゾクする。
このまま、どこまで地面に近づけるのか試してみたい。


着地に成功してパラシュートを畳んでいると、ハロルドが大股で近づいてきた。

国外の任務から帰ったばかりなのだから、本来なら今日は訓練に参加しなくてもいい筈なのに。 コイツも大概タフだな。

「レイ!開くのが遅すぎる!」
「はあ?ちゃんと目標におりたろ⁈             俺が一番近かった!見てなかったのかよ⁈」
「俺は自分の安全を確保した上で着地しろって言ってんの!」
「確保してる!別に怪我したわけでもないのに、アンタうるさいぞ!」
「レイ、怪我してからじゃ遅い!」 

お互い引かずにいたらー
「ハロルド・リー! レイ・ダベンハイム!今すぐそこから移動しろ!後続者の邪魔だ‼︎」
無線から聞こえたのは班長の怒鳴り声。
キンキンする耳を押さえて二人で上空を降り仰ぐ。

既に開いたパラシュートを操作しながら、一人の隊員が降下してきている。
俺たちは慌てて待機場所に走った。
「アンタのせいで怒られた」
「はいはい」

待機場所には、三メートル程の高さの監視台がある。
先に降りた同僚達を下に整列させて、双眼鏡片手にそこに居るのが、第一班の班長だ。

「ハロルド・リー、朝食前に私の執務室に来るように」
感情を押さえた声で指示されて、ハロルドは
やっちまった、という素振りで肩をすくめた。




食堂へ向かう通路を一人で歩く。
注意されるなら、俺も呼ばれるべきじゃないのか?

『なんでアンタだけなんだ?』
ハロルドは不思議に思わないのか、
『先に食堂に行っててくれ』と言っただけだった。

カチャカチャと食器の擦れる音や、注文を繰り返す食堂スタッフの声に混じって、『ハロルド・リーが……』という声を聞き取った。

反射的に声の主を探す。

食堂の入り口から、さほど遠くないテーブルに集まって、同じ班の奴等が湧き立っている。

「幹部からの指名だって!」
「二十代で本部行きなんて、滅多にないぞ」
「給料バカみたいに上がるんだろ⁈」
「いーなー!もう決定なんだろ?俺も行きてぇ~!」

本部?

一般隊員には、その所在地すら明かされない、この特殊部隊の中枢に、ハロルドが、異動?

そうか、と俺は納得した。
その話をするために、ハロルドだけが班長に呼ばれたんだ。

明るく話す同僚達を見ながら、俺は身体の芯が冷んやりとして、熱を失って行くのを感じ
た。

上司からの指示を断ったら、将来の昇進に影響すると聞いた事がある。
そもそも本部行きの誘いなど、断る人間はいないだろうな。


なんとなく、ハロルドとは長く居られないんじゃないか。そんな気はしていた。

こんな俺には、有り余る男だ。

最初こそ強引だったが、その後は、なるべく優しく接しようとしてるのは分かっていた。

そんな男に、俺は何をしてやれたのか。

きっと離れてしまえば、狭いベッドで抱き合った事などすぐに忘れてしまうのだろう。

「レイ?どうした、席あいてねぇの?」
入り口で呆けた様に立ち尽くす俺を、不思議そうに見下ろす黒い瞳。
「ハロルド……」
なぜか名前を呼ぶ声が震えた。

この瞳に俺が映ることは無くなるのか。




平気。ずっと一人だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルームシェアは犬猿の仲で

凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。 新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。 しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉ 掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。 犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...