誰かに愛されるなんて、あり得ないと思ってた

まる丸〜

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アンタの事は嫌いじゃないのに

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「なんだよ、くすぐってぇ」

自分とは違う盛り上がった胸の筋肉を触っていると、ハロルドが喉の奥の方でクックッと笑った。

「俺の方がトレーニングしてるのに、ちっとも体格差が縮まらないな」
「そんなの、お前はこの班で一番腕っぷしが強いんだから関係ないだろ」

言いながら太い腕で、ぎゅーっと抱き込まれた。

 おい苦しい、と言いかけてその言葉を飲み込む。この暖かさに包まれているのは嫌いじゃない。

 すぐに、ハロルドの穏やかな寝息が聞こえ始めた。

 疲れてるのか、まぁそうだろうな。

 昨夜、ハロルドが帰って来たのは深夜二時の頃だった。
国外の任務から三日振りの帰国だった。
ハロルドは、そんな時間に俺が部屋にいない事に驚いたらしい。

 ジムに併設されている屋内プールで泳いでいたら、急に大声で呼ばれて、俺はオレで驚いた。だって、ハロルドの帰国予定は明日の筈だったから。

「自分でチケット手配するなら、帰っていいって言うからよ。帰ってきた」
バサリと大判のタオルを広げながら、事も無げに答える。

「ほら、もう出ろ!顔色悪いぞ」

 部屋に戻って、二人でシャワーを浴びた。
泡まみれの体を、ハロルドが正面から抱きしめる。
「お前、何時間泳いでた?こんなに冷えて」
「部屋で何してればいいかわからない」
「あんまり無茶するな、倒れちまうぞ」

ハロルドはコツンと額を合わせて俺を見た。
「クマができてる」
「そうか?」
「悪かったな」
指先で、俺の眼の下をなぞる。

何を謝ってるんだろうと、不思議に思う。

俺の不眠は、別にハロルドが原因じゃない。

 それに、仕事相手から指名されると言うことは、ハロルド個人の能力が高いと認められている証拠だ。組織から割り振られた仕事をこなすのも、給料を貰ってるんだから当然の事だ。

なのに。
ハロルドは遠方での任務が入ると、すごく申し訳なさそうに、ルームメイトである俺に報告する。


「良いから早く寝かしつけろ」
苦笑したハロルドを急かして、髪を拭く時間も惜しく、ベッドにもつれこんだ。

 ハロルドは、手もデカいが口もデカい。
キスしてると食われてるみたいだ。
俺は自分から脚を開いて、ハロルドの腰に絡めた。

 一度熟睡を経験した俺の身体は、貪欲にハロルドとの行為を求める。
早く、早く眠らせてくれ。

「んっ、ん」
以前程、挿れられる時の痛みは辛くない。
「レイ?苦しくないか?」
「そんなのっ、いいから早く、動け」
ハロルドが腰を動かし始める。

あぁ、今日は眠れる。
そう思った次の瞬間ー


コンコンコン!
部屋のドアをノックする音に、ハロルドがピタリと動きを止めた。

「ハロルド~?」
ドアの向こうから同僚の声がする。

「班長が呼んでるぞ~!戻ったんなら報告上げろって~!」

ハロルドはわずかに振り返って『後でいく!』とだけ返すと、すぐに俺に向き直った。
ゆっくりと再開された動きが、俺の身体を痺れさせる。

上司への報告もしないで、俺を探しにきたのか?

なんで……あとで呼び出されて怒られても、知らないからな……。


俺は曖昧になる意識の中で、そんな事を考えながら、いつもの様にハロルドの腕の中で眠りに落ちた。




「あー、雨か。残念」
「なにが?」
起床時間になり、二人して身支度を整えていると、ハロルドはブラインドを上げて外を見た。
「朝日が当たると、キラキラして綺麗なんだよ。お前の髪。天使の輪が出来んの。点呼の時に見んのが俺の密かな楽しみ」
「天使って」

スラム出身の俺に、これ程似つかわしくない言葉があるだろうか。いつでも薄汚れて、空腹で、子供の頃の栄養不足が原因か、未だにどれほどのトレーニングをしても、貧弱な身体のままなのに。

「知ってるか?お前の青い目も、光の加減で色が変わって綺麗なん」
「ハロルド!バカな事言ってないで、行くぞ」
「はいはい」

 二人一組で次々に部屋から出てくる同じ部隊の奴等と合流しながら、点呼場所である中庭に向かう。

 外の天気が余程の嵐でもない限り、点呼場所が変更されることは無い。
いざ任務になれば、スコールの中だろうと
熱砂の地だろうと、成すべき事をなさなければいけないからだ。

「れーくん、朝食何だと思う?」
歩きながらのんびりとした口調でハロルドが聞いてくる。
食堂の方から漂ってくる甘い香りに、胃袋を刺激されたのだろうか。

「ハイハイ!俺の予想はフレンチトーストに山盛りサラダ!」
「チーズボートトーストに一票!」 
「俺はクロックムッシュだと思う~」
「いや、この匂いはオニオンスープじゃないのか?」

 周りの奴らも空腹みたいだ。
次々に自分の食べたい物を挙げていく。

「俺はレイに聞いてんの!なぁ、食堂のメニューで何が一番美味いと思う?」
「何でも美味いだろ。俺たちの為に作ってくれるんだから」

 にべもなく答えて、ふと、食べられる物なら、何でも口に入れた子供の頃を思い出した。

 美味いとか、どれを、なんて選べる生活じゃなかったな……。

 入隊して与えられた清潔な部屋に寝具、三食提供される食事、市民の税金から支給される給料。

ここでの生活は恵まれすぎて怖くなる。

そして俺は。
常に自分を気遣ってくれるハロルドの優しさに、いつまでも慣れないでいた。
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