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プロローグ 〜レイ・ダベンハイム〜
しおりを挟むあぁ、雨か……。
さあさあと、細かな雫が落ちる音で目を覚ました。まだ明け切らない早朝の、静かな空気が部屋を満たしている。
背中から感じるルームメイトの体温が心地良い。
六月に入ったばかりの気候は落ち着かず、明け方の気温は十度なんて日もある。自分は裸なのに、薄手の毛布一枚被っただけて快適に眠れるのは、この男がいつでも同じベッドに寝ているからだ。
この特殊部隊の官舎でルームメイトになった男。
ハロルド・リー。六つ年上の先輩。
絡んだ足の感じから、下はスウェットを履いてるみたいだけど、上半身は素肌が触れ合う感触だ。
ゆっくり寝返りを打って、分厚い胸板に顔を埋める。ガタイのいい奴の身体は硬いのかと思ってたけど、それは俺の思い込みだったみたいだ。
「レイ?起きたのか?」
頭の上から、声がする。
ハロルドは、まだ眠りの淵にいる様な、かすれた甘い声でささやいた。
「寒いのか?」
「いや」
「もっとコッチ来い」
モゾモゾと俺の周りに毛布を手繰り寄せる。だから、大丈夫だっていうのに。
「まだ、早いだろ。寝てろ」
「俺、ニ度寝は出来ないんだ」
あぁ、と呟いてハロルドが俺と視線を合わせてきた。
この国では一割もいない黒い瞳。
薄明かりの中でも分かる、整った顔立ち。
癖のある黒髪に百九十近い長身。
初めてルームメイトだと挨拶された時は、俺とは一つも共通点が無さそうな奴だと思ったのに。
「横になってるだけでもいい。最近一緒に寝られなかったからな。休める時間は休んどけ」
俺はハロルドが居ないと眠る事が出来ない。
もっと正確に言うと、ハロルドとセックスしないと、だ。
昔から眠りは浅かった。
物心ついた時から、一人でスラムで生きて来たんだ。守ってくれる親もいない中で、毎日自分の身を守るのは簡単じゃなかった。
貧困と飢えで大人達はいつだって殺気立っていたし、殴られたり蹴られたりなんて日常茶飯事だった。少しでも安全そうな場所に移動しながら、食べられる物を探す。睡眠なんか二の次だ。それが生き抜く術だった。
そして四六時中、神経を尖らせているのがクセになってしまったのだ。
何年かして、国外の施設に保護された頃にはもう、どうやって緊張の糸をほぐせばいいのか解らなくなっていた。
そして更に不眠が悪化した原因がある。
この部隊の試用期間だった頃に遭遇した、立て籠り事件だ。
目の前で、救出対象である幼い女の子が撃たれるのを見た。鮮血を噴きだしなから、崩れ落ちる小さな体を、俺は無我夢中で抱き止めた。
俺がもう少し早く動けていれば。
脳裏に焼きついた、痛々しい姿を思い出すたびに、ギリギリと奥歯を噛んだ。いつだって、犠牲になるのは弱い子供達。
身をもってそれを知っている俺が、救えなかった。
なんて不甲斐ないんだろう。俺は自分を許せなかった。
その日から、どんなに身体が疲れても、頭の中は冴え冴えとして、少しも眠くならない。眠気を感じなくなってしまった。
自力ではどうにも出来ずにいる間に、試用期間を終えて、俺は第一部隊の第一班に配属が決まった。
周りに気づかれる訳にはいかない。
体調管理も出来ない奴だと思われたら、ここに居られなくなるかも知れない。
それだけは、どうしても嫌だった。
それが、ハロルドとルームメイトになったその日に、馬鹿みたいに些細な口論がきっかけで、あっさり俺の不眠はバレた。
使いものにならない、と上司に報告されるかと思ったが、ハロルドの行動は意外なものだった。
「眠らせてやる」
「え……」
ゴツゴツと骨張って、いかにも屈強な男、という感じの手が、柔く俺に触れた。
両頬を包み込んで、触れた唇は、俺のよりずっと熱かった。
ベッドに押し倒されて、ハロルドの身体が覆い被さるのを、なんだか他人事の様に冷静に受け止めた。
なんだコイツ、俺とセックスする気か?
そういえば……。
むかし、母国から逃してやると約束した男も、同じ要求をしたな。
そして、俺はちゃんと保護された。
あの男は約束を果たしたんだ。
この男、ハロルド・リーはどうだろう。
体さえ好きにさせてやれば、俺の願いを叶えてくれるんだろうか。
朝までぐっすり眠るって、どんな感じだろうか。
唇を合わせながらも、器用な指先が俺の穴を探り当てる。
……どの位痛かったっけ。手足折られる程じゃないよな。こんなことで眠れるって言うなら……。
ハロルドは、左手で俺の頭を抱える様に固定して、舌は俺の口内を好きな様に蹂躙した。
そして右手の指先は、一本ずつ本数を増やしながら、俺の中に押し入ってくる。
今は……多分三本だ。
ぐちぐちと内側をいじられる感触が気持ち悪い。
「噛むなよ」
一瞬離れた口から、出た言葉の意味を理解する間もなく、焼けるような痛みが全身を貫いた。抜いた指先の代わりに、素早く別のモノが挿入されたと分かった。
「んうッ!」
反射的に噛み締めた歯は、ハロルドの舌を傷付けたみたいだ。
じんわりと口の中に血の味が広がる。
ハロルドは予想していたのか、少しも躊躇せずに上下の穴を責めつづけた。
ゆっくりと、でも何度も何度も太い異物が俺の身体を出入りする。
まともに息も吸えない状態で、どれ程の時間そうしていたのか。酸欠と疲労で、シーツを握りしめていた手には、もう力が入らない。
ゴリッと、ある一点を突かれて身体が跳ねた。ハロルドは俺の反応を確認すると、狙いを定めて、そこだけを擦り始めた。
「ッ! アァアッ!」
ザワザワと得体の知れない衝動が、身体の内側から迫り上がってくる。全身の痙攣を伴ってそれは身体中を駆け巡り、ペニスから勢いよく精液を吐き出させた。
ハロルドの頭越しに見ていた、ダウンライトの光る天井が、すうっと暗くなった気がした。
そうか、まともに眠れないなら気絶すればいいのか。
目が覚めたとき、俺はフワフワの毛布に包まれ、部屋には朝日が溢れていた。ハロルドは、言葉通りに俺を眠らせる事に成功したんだ。
「眠ってたんだ、俺」
それからだ、毎晩ルームメイトのベッドに潜り込むようになったのは。
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