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41 技を叫んでいるときがチャンス!

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 ミスルムスフィア城塞中央城門近く


 敵味方入り乱れての激しい戦闘が繰り広げられている。
 湊とメリエールは、なるべく戦闘に巻き込まれないよう、どこに向かうでもなくさまよっていた。
 馬は途中で乗り捨てていた。

「どうだメリエール? 尻尾は消えたようだが耳はまだか?」

 ショートソードを右手に、湊は振り返った。

「うん。でも、もうすぐ消えると思うよ。さっき確認したら、だいぶ小さくなっていたから」

 トンガリ帽子を目深に被りながら、フサフサの穂の杖を両手に、メリエールが小走りで近づいてくる。
 湊が必死の思い(?)で取ってきた薬のおかげで、狼を彷彿させる尻尾は少女のお尻から消えていた。
 彼女にはあらかじめ、魔法を撃たないよう申し合わせていた。魔法は目立つからだ。

「そうか。消えたらすぐにお姫さまのところに行こうな」
「うん!」
「よし、もうしばらくこのまま……」
「このまま? どうしたの?」

 周囲の喧騒に負けじと、メリエールが声を大にしてたずねる。
 タレ目な灰色の瞳と目が合い、それから遠くを見つめた。
 見つめた先でひときわ大きな喊声があがった。
 オークの巨軀が次々と宙に舞った。
 大地を揺さぶるような咆哮。

「湊くん……いまのは……?」

 メリエールがそばに寄ってくる。
 視界にまだそれらしきものはいないが、いまの咆哮は巨獣の類だろう。

「あ、なにか来るよ」

 いち早く気づいたのは、メリエールだった。

「はーっはっはっはーっ! 邪魔だぞー、ザコども!」

 高らかな男の声。
 どうやら、声の主はこちらに向かって来ているようだ。

「メリエール……」

 湊は少女の二の腕をつかんで引き寄せた。

「湊くん……?」
「行くぞ。たぶん見つかった――」

 湊はメリエールの手をにぎると駆け出した。
 しかし、驚愕の事実が発覚する。

「えぇええっ? 足おっそ!」

 メリエールは、びっくりするくらい鈍足だった。

「……ごめん! ボク、昔から足が遅いんだよ……ハァハァ――どうしてなんだろ?」

 湊は目を細めた。

「んー……なるほど――」

 見れば少女は息を切らしながら、服がはちきれんばかりの巨乳をゆっさゆっさ揺らしている。

(おっぱいが原因の一つなのは間違いない。だがしかし! まずフォームがなってない! なんだその内股走りは? そもそも、やる気あんのかこいつ。 ……まあ、エロいというのだけはわかった)

「湊くん、ボクのことはいいから先に行って……」

 へへ、と無理に笑ってみせるメリエール。

「バカ言うな。いまのお前は獣人なんだぞ、捕まったら魔族として殺されるんだろ?」
「うん。だからボクが囮になるから、その間に湊くんは逃げて」

 彼女の言葉に反して湊は立ち止まった。手を握ったまま。

「どうしたの?」
「お前……実はいいヤツだったんだな?」

 湊は剣をおさめる。

「”じつは”は、余計だよ。それより早く逃げて――」

 焦るメリエールをひょいと抱きかかえた。
 お姫さま抱っこである。

「へ?」

 キョトンと少女が見つめてくる。

「しっかり掴まってろよ」

 湊は勢いよく駆け出した。

「わわっ!」

 慌ててメリエールがしがみついてくる。

「ぬぉおおおっ!」

 歯を食いしばり、戦場を駆けていく。
 剣や斧を手にしたゴブリンとオークたちの攻撃をかわしていく。

「すごい……でも大丈夫?」
「重いぃぃっ!」
「う……それってボクのせい? だよね……」
「おっぺえと尻のせいじゃね?」
「うぅ……そうなんだね。なんか、ごめんなさい……」

 冗談のつもりが、本気で気にするメリエール。

「はーっはっはっは! ちょ待てよ!」

 ドドド、と地響きが背後から迫り、やがてその音は走りつづける湊の左に並んだ。
 見れば人間の子どもよりも大きな獅子の横顔。

「おい! お前、ツバルミナトだろ? 止まれよ」

 白いたてがみをなびかせ戦場を四肢を駆る精霊獣。
 精霊獣の背中には、勇者アダンとアイテム士のモナが乗っていた。
 勇者アダンは、仁王立ちで偉そうに見おろしている。
 アダンの後ろで、モナは振り落とされないよう獅子の背中にしがみついていた。

「うお! ライオンがしゃべった! こいつしゃべるぞ。しかもでけー」
「ちがう! 上だうえ! ここにいるだろ!」
「上?」

 湊はピタッと足を止め、空を見あげた。
 獅子は走り去っていった。

「てめ、ふざけてんのか! 急に止まるなよ!」

 遠くからアダンの叫び声が聞こえてきた。
 反転して戻ってくるようだった。

「なんだよアイツ。『上を見ろ』っつーからそうしたのに。そういえばお前、氷魔法が得意なんだよな?」

 抱っこしていたメリエールを地面におろす。

「うん、得意だよ」
「よし。じゃあここで、その力を見せてみろメリエール!」
「見せるって……どうすればいいの?」
「そうだな。〇・三秒であの辺を厚さ十二センチの氷で凍らせるんだ! ツルツルにな!」

 湊は目の前の地面を指差した。

「れーて……じゅう……? え? えぇぇ……ツルツルだね! ……うん、わかった!」

 わからなかったようだが、メリエールはバトンをさばくように杖をくるっと回して、地面に突き刺した。
 すると、地中と空気中に含まれている水分が、杖に集まりはじめた。
 額や首筋にひんやりとした感触――周辺の気温が急激にさがりはじめた。
 杖を中心に、霜柱が扇状に広がり、厚い氷板を形成していく。
 そこに巨大な獅子が猛進。

「死んでも悪く思うなよツバルミナト! くらえ! 獣王ドラゴンクロー!」

 正面から突っ込んでくる巨大な獅子の上で、両腕を組みながら叫ぶアダン。
 湊はカッと目を見開いた。

「ライオンなのにドラゴン……だと?」

 グォオオッ!
 獅子の咆哮が脳を揺さぶった。

「うひぃ……」

 杖をぎゅっと握って縮こまるメリエールをさっと抱きあげた。
 獅子の爪が剣のごとく湊を襲った。
 が――、
 獅子の強烈な一撃は虚空を切り裂いただけであった。
 盛大に空振った精霊獣は勢い余って、氷板の上で豪快に軸足を滑らせた。

「なに!」
「きゃっ!」

 アダンとモナは宙に放り出されてしまった。
 湊が適当に言った発動時間と厚さには、ほど遠かったが、メリエールの氷魔法は十分に効果があったようだ。

 精霊獣は転倒。
 氷板は大きな音を立てながら、四方八方に亀裂を走らせる。
 その間に、アダンはすばやく宙で体勢を立て直し、難なく着地した。
 モナはというと――、

「ぶひゃひゃひゃ! 見ろよメリエール。パンツ丸見え」

 あられも無い格好の少女を指さしながら、湊は目に涙粒を浮かべ笑った。
 モナは頭から落下して、V字開脚状態。
 ブーツを履いた両脚が空に向かって伸びていた。
 重力に逆らうことなく、ミニスカートは垂れ、白いパンティーが顕になっている。

「しつれいだよ……」

 メリエールは顔を伏せ口を手で押さえた。
 肩がプルプル震えている。

「ああ、面白いもん見れたことだし。んじゃ行くか――」
「あ、待ってよ」

 湊を追うメリエール。

「待てよ!」

 アダンの叫びに湊は足を止め、振り返った。

「さっきから何だよお前? 俺たちは急いでるんだが?」

 アダンは片眉をあげ目尻を痙攣させていた。
 それから彼はぎゅっと両手剣を握りしめた。
 黒革のブーツに布製の腰当て。
 全体的に自己主張の激しい派手な出で立ちで、鎖帷子やレザーアーマーに身を包んでいないことから、巨大な獅子とともに現れたこの男が正規兵でないことは明らかだった。
 かと言って、湊と同じ傭兵というわけでも無さそうではある。

「なかなか面白いことやってくれるじゃないか。俺の名はアダン。それだけ聞けば、もうわかるよな?」

 湊は目を細めた。

「……なんかメンドくさそうなヤツ。こういう輩は相手にしない方がいい。行こうぜ――」
「うん」

「……おいおい、ずいぶんとナメられたものだな。俺はな、無視されるのが一番ムカつくんだよ……この俺を怒らせたらどうなるか教えてやる。命と引き換えにな!」

 アダンは両手にした聖剣『ライオン・ハート』を天に掲げるようにして構えると、左足を前に腰を落とした。
 背中を見せた湊まで、およそ八メートル。

「獅子王烈風斬!」

 アダンは全力で地面を蹴って、一気に距離を詰め――、

「――ッ!」

 身体をひねり、さらに顎をあげ頭を反らした。
 飛び込んできたそいつ・・・をなんとか避けた。
 技は不発に終わった。

 いつの間に、とアダンは思った。
 頬に一筋の赤い線が走り、つうっと血が頬を伝っていた。
 視界に湊の姿はなかった。

 湊は剣で相手の喉元を突き刺す格好で、アダンに背を向けていた。

(この俺が後れを取っただと? 馬鹿な……いや、そんなはずはない。今のはまぐれだ!)


「ぼうっとすんなよ、っと――」

 突きの体勢から身体を回転させ、湊は背後に立っていた相手めがけ水平に斬りつける。
 だが勇者を冠するだけのことはある。
 アダンはすぐさま湊の横斬りに反応。
 ガッと十字に重なり合った刃が激しく噛み合い、火花を散らした。
 両者ともに踏ん張り、しのぎを削る。
 性能と質で劣る湊の剣に、刃こぼれが生じた。

「ほんの少しだけやるなお前。もう一度、言うが俺の名はアダン。人は俺のことを獅子の勇者と呼ぶ」

 と、ここでアダンは「どうだ? 驚いたか?」と言わんばかりに片眉をあげ、

「お前だろ? エメラルダ姫を襲った暗殺者ってのは?」
「何のことだ?」
「とぼけるな。姫を殺そうとして捕まり、その後、姫の侍女を誘拐しての脱走。で、あれがその侍女なんだろ?」

 アダンはメリエールを一瞥した。

「おいおいナニを言い出すかと思えば……お前にはあの兵士が誘拐された侍女に見えるのか? なら訊くが、どうして彼女は逃げないんだ?」
「む……」

 いま一度、アダンはメリエールを確認した。
 彼女に手枷や足枷のようなものは見あたらない。

「仮にクレバーな俺がその暗殺者だったら、逃げないように縛っておくね。てか、そもそも、こんな危険な場所にいるか? 俺ならとっくにトンズラしてるわっ! クレバーなだけに!」

「……言われてみれば……たしかにそうだな。……あ? クレバー?」
「わかってくれたか」

(ふう、これでひと安心……早くどっか行け!)

 その時だった。
 鍔広のトンガリ帽を目深に被った少女が叫んだ。

「そ、そうですよ。わ、ワタシ・・・は姫さまの侍女メリエール・・・・・ではありません!」

(おい……)

 目尻がピクッと痙攣した。
 アダンと目があった。
 アダンはニヤっと笑みを浮かべ、

「フッ……俺はまだ侍女の名前を言っていないぞ? それをどうして知っているんだ?」
「あっ! えと……あわわ、ついボク……くん、どうしよう?」

 ピクピクッ!

「おぉいぃ……」

 湊は信じられないと言わんばかりに声を漏らした。

(メリエールうぅぅっ! ……ってそうだった。見た目に反してこいつはポンコツだった。……いや、根は正直でいい子だよ。いい子なんだけどさぁっ!)

「湊……? やはりそうか。モナ! メリエールを確保しろ! 俺はこいつを殺る!」
「はい! アダンさまぁ!」

 モナは両手を後ろにまわして、お尻に喰い込んだパンティを誰にも悟られないように素早く直しつつ、嬉しそうに言った。

「ああ、それにしてもモナはやっぱり、ちゃんづけ付けじゃなく呼び捨てにされるのがいいですぅ!」
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