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【第5章】波乱と不安
忘れちゃいけない
しおりを挟むそうならなかったのは、ひょっとしたら、昂士くんが私に付きっきりだったからかもしれない。誰に挨拶する時でも、彼だけが「ちょっと」と呼ばれた時でも、必ず私を連れていった。もし、5分でも私ひとりになる時間があったら、誰かに嫌味や皮肉のひとつふたつはぶつけられていたのではないか。
昂士くんはそれを危惧して、私を一人にしなかったのだろうか。思い至ると、そうとしか思えなくなってくる。
だとしたら、彼に気遣われたことが、とても嬉しい。
もし、契約結婚を怪しまれないために「熱愛ぶり」を見せつけるのが主目的だったのだとしても。
──私の、彼に対する感情は、以前とはすっかり変わってしまっている。
そして日に日に、大きくふくらみ続けている。もう心の中は飽和状態で、いつ想いがあふれてしまってもおかしくない。
だけど、それを口に出すことはできない。
私と彼の結婚は、あくまでも「契約」だから。
たとえ、彼に毎晩、貪るように抱かれていても。
熱のこもった、甘い声音で「好きだ」と繰り返しささやかれていても。
私は仮の妻なのだということを、忘れちゃいけない。
契約終了の日が来れば、この関係も終わってしまうのだから。
事あるごとに言い聞かせるその作業に、どんどん、苦しさと切なさが混ざっていっているとしても。
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