秘された王女はひたむきに愛を貫く~男友達だった幼馴染の執着愛~

水瀬 立乃

文字の大きさ
上 下
7 / 33
第1章

何もなかったようにはできない

しおりを挟む
このまま帰って会うのも連絡も控えれば、あとは時間がなんとかしてくれる。
そんなメイリスの目論見はまたしても外れた。
あと一歩というところで突進してきたゲイルに後ろから腕を引かれ、そのまま囲うように腕を回されて抱き込まれてしまった。
あの夜と同じ、身動きができないほど力強い腕に捕らわれて、驚きと緊張で胸が高鳴る。
中途半端に開いていた玄関のドアが閉まると同時に、頭上から不満の声が降ってきた。

「どこに行こうとしてんだよ?!今日のお前なんか変だぞ?店は勝手に出ていくし、話は聞かないし、あんなことしておいていきなり帰ろうとするし!全然お前らしくない」
「…酔っているから」
「嘘つくな!酔ってなんかないだろ?なあ…どうして帰ろうとしたんだ?俺が何かしたか?」
「どうしてって…私の方が聞きたいわ。帰って欲しくないの?」
「はあ?当たり前だろ?むしろよくあの状況で帰れるな!何か言いたいことがあるならちゃんと言えって!お前とこんなふうに喧嘩したままでいたくない…」

ゲイルは抱きすくめたメイリスの髪に顔を埋めながら、悲痛な声で訴えた。
それは友達にするような抱擁ではなく、メイリスは眉をひそめる。
ゲイルは自分を女性として見てはいない。
自分がゲイルのことを異性だと思っていることは、先程までの言動で伝わったはず。
それなのにこうしてメイリスの気持ちをもてあそぶようなことをするのはなぜなのか。
恋人にする気もない女性をこんなふうに抱きしめるなんて、相手の気持ちを軽んじている。
そうまでしてメイリスを友達として繋ぎ止めておきたいのだろうか。
だとするとこのやり方では上手くいかない。
メイリスは考えを改めて、胸の上にあるゲイルの腕をぽんぽんとあやすように触れた。

「…ゲイル、ごめんなさい。もう急に出ていったりしないから腕を離して。さっきのは全部嘘なの。あなたを揶揄おうとしただけなのよ。本気にしないで」
「嘘?」
「らしくないことをしたって思ってるわ。自分でも何をしているんだろうって…我に返ったら恥ずかしくなって、帰ろうとしたの。本当にどうかしてた。ごめんなさい」
「……」
「私もしばらくお酒は控えるわ。だから残りのお酒は誰かに飲んでもらって。これ以上悪酔いしてあなたに迷惑をかける前に帰るわね」

メイリスは反省したように眉を下げながら、物言いたげなゲイルに苦笑してみせる。
執着してくる相手に離れたいと強く意思表示をするのは逆効果だと学習した。

「今日は誘ってくれてありがとう。また連絡するから」

穏便に済ませるには、いつもと変わらない友達を演じながら徐々にフェードアウトしていくのが得策だろう。
メイリスは力の抜けたゲイルの腕から抜け出して、再びドアを開けようとした。
しかしまたしても彼女の作戦は打ち破られた。
ゲイルは施錠の魔法陣を展開させ、彼女の背中に張り付いた。

「メイリス…お前俺を馬鹿にしすぎてないか?そんなんで本当に誤魔化せると思ったのか?」

ぞっとするような低い声が耳に響いた。
直後にくるりと体を反転させられ、背中を玄関のドアに押し付けられる。
視線を上げると、ゲイルが怒りに目を据わらせて彼女を見下ろしていた。
大人になってからは少なくなったが、本気で言い合いをしていた学生時代と同じ顔をしていた。

「本当なんだろ?だから急に俺と距離を置こうとしたんだよな?」
「……」
「いい加減逃げないでちゃんと答えろよ。もう全部わかったから。どこまでやったか覚えてないのが残念だけどな」

メイリスは憤懣に染まる彼の瞳をじっと見つめ返した。
そしてもう、自分の都合のいいようには巻き戻せないのだと悟った。

「…わかったならもういいじゃない。これで終わりにしましょう?その方があなたにとってもいいと思うわ」
「どういう意味だよ?わかるように言ってくれ」

苛立ちを隠さずに尋ねてくるゲイルに、メイリスは穏やかに微笑んだ。

「あなたと友達をやめるわ」

胸はひどく痛むが、ようやくこの葛藤から解放されると思うと嬉しくもあった。

「こうしてあなたの家に上がるのもこれが最後。食事に誘われても行かないし私からも誘わない」
「…本気で言ってるのか?」
「本気よ。二度と連絡しないから、あなたも連絡してこないで」
「ふざけんな。俺の気持ちは無視か。絶対に嫌だね」

断固として折れる気のないゲイルに溜め息が出てくる。
元彼女のあの子には「気持ちがなくなったのに引き留めたって仕方ない」と言っていたのに、やっていることが矛盾している。

「ゲイル…私はもう何もなかった時のようにはできないの。わかって」
「わかるよ。わかってるからこそ尚更納得できない。メイスこそ本当にわかってるのか?二度と連絡しませんなんて馬鹿だろ」

メイリスはカチンときて睨み返した。
わからずやの馬鹿はゲイルの方だと、あの頃のように罵りたくなる。
しかし彼女はもういい大人で、感情を抑える重要性を知っている。
一度冷静になるために息を吐き出し、拳を握りしめた。

「馬鹿でもなんでもいいわ。とにかく私の気持ちは変わらないから」
「俺は嫌だって言ってる。お前だってこのまま俺と離れたら後悔するはずだ」
「あのね…どうしてそんなに身勝手なの。この際だからはっきり言わせてもらうけど、そういう変に自信家で上から目線なところが鼻について嫌いなのよ」
「上から目線なのはお前の方だろ?いつも自分の都合のいいように俺を振り回して。少しは俺のために折れようとは思わないのか?」
「私が折れたことがないとでも?だったらここには来てないわ。振り回しているのはあなたの方じゃない」
「ならさっきのはどう説明するんだよ。俺の純情を散々弄んでおいて、嘘でした。だ?友達に戻れないから友達やめるって?鈍すぎるのもいい加減にしろよ」
「あなたこそいい加減にして。純情?そんなものとっくに捨てているでしょ。散々遊んできたくせに何を今更少年ぶってるの?あなたには心底呆れたわ。もう顔も見たくない。声も聞きたくないし、話もしたくない」
「ああ、そう。それならそれでいいよ。お前の告白を聞いて俺がどうするかは、俺が決めるから」

告白というのはどういう意味かと聞き返そうとした次の瞬間には、メイリスはもうゲイルに唇を奪われていた。
彼はメイリスをドアに押し付けるように口を塞ぎ、触れるだけでは飽き足らず時折角度を変えながらしつこく貪った。
それはまるで自分の感触を教え込ませるような口付けで、官能的な刺激に頭がくらくらした。
息苦さに口を開ければ当然のように舌が侵入し、舌先を絡め取られて力が抜けてくる。
すると脚の間に彼の引き締まった太腿が割り込んできて、体を支えられるのと同時に逃げ道も塞がれた。
大胆に胸を揉み込まれ、手のひらの硬いところに敏感な頂きが当たって熱が集まる。
ゾクゾクする感覚から逃れようと腰を落とすと、蜜口の少し上の部分を太腿で擦り上げられて悩ましげな声が出た。
彼女が肩にかけていた鞄はいつの間にかずり落ち、指にかろうじてぶらさがっていたがついに音を立てて床に落下した。
その音を合図に唇が離れ、二人は互いに息を切らしながら至近距離で見つめ合う。

「これきりになんて…させないからな」
「……」
「友達はやめる。その代わり俺をお前の初めての男にして。俺もお前を女にするから」

ゲイルのふたつの目は欲に濡れ、まるで獲物を狙うかのように鋭かった。
予想外の展開にメイリスの目は驚愕に見開かれ、胸は歓喜に震えた。

「…どうして?あなたは私に興味がないでしょ」
「誰がそんなこと言った?俺の気持ちを勝手に決めるな」
「だって…躊躇っていたじゃない。ああだこうだ言って、しようとしてこないし…」
「お前が拗ねてたのはそれか。俺だって色々葛藤してたんだよ…まさかもう手を出してたとは思わないだろ?しかも酔った勢いで無理に迫って『入れさせろ』なんて…最低すぎる」
「確かに最低ね」
「傷口を抉るな。…あんなことしたのはメイスだからだ。俺はたとえ酔ってたって誰とでもキスはしない。その先のことも好きになった相手としかしない。ここまで言えば鈍いお前にも意味が伝わるよな?」

それでもまだゲイルの言葉を信じきれなかったが、じっと自分を見つめてくる彼のひたむきな視線にメイリスは折れた。
じわじわと頬を薔薇色に染めた彼女は、無言でゆっくりと頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...