秘された王女はひたむきに愛を貫く~男友達だった幼馴染の執着愛~

水瀬 立乃

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第1章

恋人にはなれない

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ゲイルを置いて店を出たメイリスは、転移魔法陣のステーションに向かって歩いていた。
通りの向こうに目的の場所を見つけて信号を待っていると、突然後ろから腕を掴まれる。
振り返った先にはゲイルがいて、走ってきたのか僅かに息を弾ませていた。

「よかった…間に合った。…っとにお前は…話の途中で帰るなよ」
「あら、そうだった?それより彼女はどうしたの?お互いに積もる話があったんじゃない?」
「あいつにはあるかも知れないけど、俺にはないよ。なあ…お前あの時のことまだ怒ってるんだよな?やっぱり俺が何かしたんだろ?隠してないで教えてくれよ…」

時々彼は鋭い。
他の人なら気が付かないようなことも、付き合いが長いせいかこうして指摘されることがある。
だからといって正直に話す気はないのできっぱりと否定する。

「何もなかったわ」
「嘘だよな、それ。何もないならお前がこんなに怒るわけない」
「怒っていないわよ。そう思わせていたのなら謝るわ」
「じゃあなんでこの前から俺を避けるんだよ!」
「避けていたなら今日ここには来ていないでしょ」
「そうだけど!そうじゃなくて!」

信号が青になり、メイリスは歩き出した。
往来にも関わらずゲイルが声を荒げるものだから、二人は周囲から好奇の視線を向けられていた。
それに気づいているのかいないのか、彼は彼女から腕を離さず、それどころか肩を抱くようにして道路を渡り切った先の道の脇に誘導した。

「メイス、店を変えて話そう。お前とこのままここで別れるのは嫌だ。モヤモヤしたまま帰りたくない」
「…汗もかいたから早く帰りたいの」
「それなら俺の家に来いよ。うちのシャワー使えばいい。着替えはなんとかなるだろ」
「遠慮するわ」
「じゃあどこでなら話ができるんだよ。お前の家には行っちゃいけないんだろ?ならうちに来てもらうしかないだろ。俺を避けてないなら来られるよな?」
「……」
「…酒が余ってるんだ。消費するの手伝って」

行かないと断固拒否することもできたのに、メイリスはまた非情になれなかった。
溜息を吐きながら頷くと、彼はほっとしたように笑って彼女の手を引いた。
手を離して欲しいと意思表示をしたが、余計に強く握り込まれてしまったので大人しく従った。
彼に力で敵わないことは身に染みてわかっていた。

自宅まで魔法陣を利用するメイリスとは違い、ゲイルが部屋を借りているアパートはこの近辺で、歩いて10分もかからなかった。
家に着くと彼にシャワーを勧められたが、着替えもなく泊まる気もないので家に帰ってからにすると断った。
ゲイルは汗をかいたと言って、いつものようにメイリスの前で上に着ていた服を脱いで半袖のシャツに着替える。
意識して赤くなってしまった頬を誤魔化すために、彼女はごくごくと酒を飲んだ。
最初は良い飲みっぷりだと笑っていた彼も意志の強そうな目が次第にとろんと虚ろになってくると、心配したのかメイリスの手から飲みかけのグラスを取り上げた。

「もうやめとけ。な?」
「でもまだ残っているじゃない…」
「今日で全部飲みきらなくてもいいよ。そういうとこほんと真面目だな」
「融通がきかないってこと?」
「違う違う、褒めてんだよ。ほら、代わりに水飲んで」

メイリスは差し出された水のグラスを受け取って、一気に飲み干した。
ゲイルは「この前とは逆だな」と笑い、彼女のすぐ隣に腰を下ろした。
それを気配で感じながらも、距離が近いと抗議をする気にはなれなかった。
酔いがまわってきたのかひどく頭がぼんやりとして、だんだん眠たくなってくる。
眠ってはいけないと思いつつも、睡魔に逆らえずうとうとと瞼を半分にしていると、頭に重みを感じてハッと目を開けた。
何を思ったのか、ゲイルがメイリスの頭をよしよしと撫でてきたのだ。
まるで女の子のような扱いをしてくるゲイルに訝しげな視線を送ると、彼は何かまずいことをしたかのようにパッと手を離した。

「…なに?」
「いや…なんか、かわいいなと思って。嫌だったか?」
「かわいい?あなたまさかまた酔ってるの?」
「酔ってるのはお前だろ?俺は今日一滴も飲んでないんだから」
「それじゃあどうして頭を撫でたの?」
「どうしてって…撫でたくなったからだけど」
「女たらし。私は絆されないから」

非難を込めた目で睨みつけると、ゲイルは一瞬たじろいだが侮辱されたのだとわかってむっと眉を寄せた。

「女たらしって…心外だな。俺は誰にでもこんなことするわけじゃない」
「どうかしら。隙あれば女の子とえっちなことがしたいって考えているんでしょ」
「は?え…?」

メイリスはこれまでならたとえ酔っていても絶対に口にしない単語を放った。
特に下世話な話はゲイルの前ではあえて避けていたし、猥談も年相応に興味はあるものの、大っぴらにする話でもないので黙っていた。
彼女の口から飛び出した聞き慣れない言葉にゲイルも耳を疑っている。
経験がないわけでもないのにかまととぶるような彼の様子を見て、メイリスはまたしてもいらいらしてきた。

「あわよくばって思って、こんなふうに酔った女の子を適当な理由で家に呼んで、そういうことばかりしているんじゃないの?」
「いや、どんな色魔だよ。俺のことそんな男だと思ってたのか?」
「実際そうじゃない。いろんな女の子をとっかえひっかえして」
「とっかえひっかえって言うのはやめろよ。そういうことは恋人としかしないし、深い付き合いをしてたのも数えるくらいだよ」
「嘘。10人はいたでしょ」
「そんなにいないって!そこまでいかなかった彼女を含めても5、6人だよ」
「その内でえっちしたのは?」
「…4人」
「4人も経験があれば十分女たらしよ。私はしたことないもの」
「……」

メイリスは不貞腐れたようにカミングアウトした。
酔っていたこともあるが、何をしたって以前のようには戻れないのだからもうどうにでもなれという気持ちもあった。
彼は反応に困っている様子で、何か言いたげにしているものの言葉が出ないのか頭を掻いている。
そもそもゲイルが酒に呑まれてあんなことをしたのがいけないのだ。
それなのに当の本人は全てを忘れ、彼女だけが苦しんでいる。
理不尽さを覚えたメイリスはもっとゲイルを困らせてやりたくなった。

「ねえ、えっちって気持ちいいの?」
「はあ?!どんな質問だよ…」
「私は一度もないから経験者に教えてもらいたいのよ。実際のところどうなの?」
「…ノーコメント」
「ふうん?はっきり言えないってことは、そんなにいいものじゃないのね」
「あーもう…めちゃくちゃキモチイイよ!男は誰だってそう言うって…」

ドストレートな質問に、照れた様子で視線を逸らす彼にくすりと笑みを零す。
彼女はゲイルの気持ちを試してみたくなった。

「私、この前初めてゲイルにおっぱいさわられたけど、気持ちよかったわよ。キスも初めてだったけど…すごくよかった」
「おっ……、え?キス…?」
「だけど途中で寝ちゃうんだもの、実を言うとちょっとがっかりしてたの。今日入れてもいいのよ?入れたいって言っていたでしょ?」
「……ごめん、ちょっとまって。俺あの時お前にそんなことしたり言ったりしてたのか?」
「ブレインに入れさせたなら俺にも入れさせろって言われたわ。私を抱きたい、って」
「……」
「私は…あなたならいいって思った。初めて抱かれるならゲイルがいいって」

メイリスは徐に彼の首に腕を回して、そのままゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
あの夜と同じような体勢になり、慌てている彼の顔を見上げて満足げに頬を緩める。
すると彼は目を見開いて動きを止めた。
心なしか顔が紅潮しているような気がした。

「こんなふうに誘って…後悔しても知らないからな」
「後悔はしないわ」
「…っ、本当にわかってるのか?途中で止めてって言っても止められないからな?」
「そういうものなの?あの日は途中で止めたじゃない」
「……それ真面目な話?冗談とかじゃなくて?」
「本当よ。気持ちよくないって意地を張ったら、素直になるまでいじめてやるって。ねえ、素直になったらしてくれないの?」
「うそだろ…?くそ…全然思い出せない…」

なかなか先に進もうとしないゲイルに、メイリスはだんだん気持ちが冷めてきた。
ここまでお膳立てをしたのに決心がつかないのだから、彼にとって自分はあくまで友達でしかないのだろう。
ゲイルがメイリスを異性として見ることはない。
それがわかったのだから、メイリスに残された選択肢はやはり二つだけだった。
このまま恋情を隠して友達を続けるか、友達をやめるか。
一気に酔いが覚めて、彼女はゲイルから腕を離して起き上がった。
初めから答えはわかりきっていたのに、らしくないことをしてしまったと心の中で自嘲する。

「嫌ならいいのよ。ごめんなさい、今のは忘れて」
「え?」
「酔ってこんなことするなんて、あなたのことを責められないわね。悪かったわ」

ソファから立ち上がって鞄を持ち、呆然としているゲイルを一瞥して玄関に向かう。
恋愛感情など抱いたこともない、ただの友達だと思っていた女性に言い寄られて、彼は始終困惑している様子だった。
その事実がメイリスの自尊心を傷つけ、彼女の恋に終止符を打った。
これで踏ん切りはついたが、彼女がゲイルと元の友達に戻るにはもっともっと時間が必要だった。
彼はいまあの夜のメイリスと同じように、今後二人の関係をどうすればいいのかと戸惑っているだろう。
このまま友達のままでいたいなら、追いかけては来ない。
そう推察したメイリスは、内鍵の魔法陣を開錠してドアノブに手をかけた。

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