18 / 25
本編
希未・第5話
しおりを挟む
「普通付き合ってる男が他の女と結婚するために書いた婚姻届に署名はしないだろ?俺とあいつは本当に何もなかったんだよ」
「どうして…。おかしいよ。捺月さんが書くわけない…。丸め込んで書かせたの?」
「鋭いな。そうだよ」
あっさり肯定した水城に驚くのと同時に怒りが湧いた。
(私に先に結婚したいと言ってしまった手間、取り繕おうとして捺月さんの気持ちを利用したの?私と結婚した後も関係を続けるつもりで?結婚はお互いに一生を添い遂げたくてするものだって言ってたのは水城なのに)
私が眉を吊り上げたことに気付いた水城は、気まずそうな顔をするでもなく目を細めた。
よしよしと可愛がるように私の頭を撫でてくる。
「希未は優しいな…。でも俺はあいつのしたことが許せないんだ。俺も国原も長いこと騙されていた。希未もあいつにあることないこと吹き込まれて傷ついただろ?その償いとして署名させたんだ。『許されたければ俺と希未の結婚を祝福しろ』ってな」
先程までの甘やかな雰囲気はなくなり、憎悪すら感じさせるような口調だった。
胸の中で膨らんでいた怒りの風船が萎んでいくのを感じる。
顔色を窺うように背後を振り返るとまた唇にキスをされてしまった。
今度は今の感情をそのままぶつけるような荒々しいキスだった。
「これで信じてくれたか?俺とあいつが付き合っていたのは過去の話で、今じゃない。友達だと思っていたけど、それも違った。あいつはただの顔見知りだ。これからの人生に何の関わりもない他人だよ」
上を向かされて水城の唇を受け止めながら、彼にそう断言させるほどの"何か"が2人の間にあったのだと察した。
水城がさっき言っていたことを思い起こすと、今までは考えもしなかったある可能性が浮上した。
(もしかしたらあの写真が…彼女の方が嘘だったのかも知れない…)
あの写真はどこか不自然だった。
彼女が水城だと言っていたし、荷物も一緒に映り込んでいたからそうだと思い込んでいたけど…肝心の彼の顔が映っていなかった。
そのことに思い当たった瞬間、私の中で完璧だと思われていた汐崎捺月という存在がぶれて歪んでいく。
お互いに口が塞がっているからか自然と息が上がって、零れた吐息に熱が籠った。
数㎝離れただけの距離から見つめ合った時、泣きたくなるくらい心が震えた。
今まで何度もそうしてきたのに、初めてちゃんと彼自身と目を合わせたような心地がした。
これまでかけてくれた言葉や態度は彼の本心だったのだと、なぜか素直に信じることができた。
「みずき…ごめんね…」
「ようやく信じてもらえそう?」
「水城を信じる…。勘違いだなんて言って…今までほんとうにごめんね…」
「いいよ。俺が悪かったんだ。お前に嘘を吐いてたのは本当だから…」
ぎゅっと抱きしめてくる水城の背中に手を回して、私も彼を抱きしめた。
「ずっと抱きしめたかった…。好きだよ、希未。愛してる」
「私も愛してる…水城。ずっとずっと好きでした…」
「うん…あの頃からお前の気持ち、嬉しかったよ」
胸の中に温かいものが流れ込んできて、涙になって目から溢れた。
これまでの私なら『嬉しかった』と言う彼の気持ちを疑っていたけど、今なら彼の言葉をそのまま受け止められる。
頬ずりしてくる水城に私も同じようにやり返したら、びっくりして固まっていた。
驚いた彼の顔を愛おしいと思っていると、突然椅子から抱き上げられてしまった。
「えっ?!な、なに?どうしたの?」
「今のはお前が悪い。俺の気も知らないで…ずっと我慢してたんだからな」
「なんの話…?」
相変わらず心臓はドクドクしているけど、今までとは違う胸の高鳴りがあった。
これから起こることに何となく察しがついて喜びが溢れてくる。
「わかってるのに聞くのか?俺に言わせたいの?お前の顔を見る度にどんなことをしたいと思ってたのか、事細かく教えてやろうか?」
「い、言わなくていい…っ」
「嫌なときは言って。優しくしたいから」
返事の代わりに水城の首に抱きつくと、彼は私を抱え直して寝室のドアを開けた。
あの日買ったクイーンサイズのベッドは一度も使った形跡がないまま部屋の壁側に鎮座していた。
水城は私をゆっくりシーツに降ろしたけど、口を塞いでくる唇は性急だった。
何度も一緒のベッドで眠ったのに、こんなふうに抱きしめ合うのも肌に触れるのも初めてだった。
「希未。俺、今すごく幸せだ。やっと本当の意味で香山からお前を取り戻せた気がする。ずっとこうしたかったんだ…。これからゆっくり、時間をかけて毎日毎日…俺が上書きするからな。お前が他のことを思い出せないくらい俺でいっぱいにして、毎日毎日…幸せにする」
「みずき…」
「希未…愛してる。俺もお前を幸せにするから、お前も俺を幸せにして。俺が死ぬまで傍にいて。俺も、お前が死ぬまで傍にいる。一生大事にするから…もうどこにも行かないで」
縋りつくように抱きしめてきた水城の頬は濡れていた。
ずくんと胸が痛むのと同時に、果てしない歓喜がわき起こるのを感じた。
昨日まで永遠に叶わないと思っていた望みの1つを水城が叶えてくれた。
私を安心させるために、捺月さんに婚姻届の証人欄に署名させた。
私を独占したくて、あの日から名前を出すのも避けていた香山君に嫉妬めいた言葉を吐き出した。
私に傍にいて欲しくて、涙を流して愛を囁いている。
それは捺月さんの気持ちより、水城のプライドより、私の気持ちを一番に優先してくれた結果だった。
嬉し涙で潤んだ視界で、水城の涙を優しく拭う。
「水城…私、名前書くね。水城を幸せにしたいから。朝ご飯食べたら2人で区役所に行こうね…」
顔をくしゃくしゃにして笑う水城の額にキスを落とす。
私達は抱き合って、想いが繋がった喜びを噛み締め合った。
「どうして…。おかしいよ。捺月さんが書くわけない…。丸め込んで書かせたの?」
「鋭いな。そうだよ」
あっさり肯定した水城に驚くのと同時に怒りが湧いた。
(私に先に結婚したいと言ってしまった手間、取り繕おうとして捺月さんの気持ちを利用したの?私と結婚した後も関係を続けるつもりで?結婚はお互いに一生を添い遂げたくてするものだって言ってたのは水城なのに)
私が眉を吊り上げたことに気付いた水城は、気まずそうな顔をするでもなく目を細めた。
よしよしと可愛がるように私の頭を撫でてくる。
「希未は優しいな…。でも俺はあいつのしたことが許せないんだ。俺も国原も長いこと騙されていた。希未もあいつにあることないこと吹き込まれて傷ついただろ?その償いとして署名させたんだ。『許されたければ俺と希未の結婚を祝福しろ』ってな」
先程までの甘やかな雰囲気はなくなり、憎悪すら感じさせるような口調だった。
胸の中で膨らんでいた怒りの風船が萎んでいくのを感じる。
顔色を窺うように背後を振り返るとまた唇にキスをされてしまった。
今度は今の感情をそのままぶつけるような荒々しいキスだった。
「これで信じてくれたか?俺とあいつが付き合っていたのは過去の話で、今じゃない。友達だと思っていたけど、それも違った。あいつはただの顔見知りだ。これからの人生に何の関わりもない他人だよ」
上を向かされて水城の唇を受け止めながら、彼にそう断言させるほどの"何か"が2人の間にあったのだと察した。
水城がさっき言っていたことを思い起こすと、今までは考えもしなかったある可能性が浮上した。
(もしかしたらあの写真が…彼女の方が嘘だったのかも知れない…)
あの写真はどこか不自然だった。
彼女が水城だと言っていたし、荷物も一緒に映り込んでいたからそうだと思い込んでいたけど…肝心の彼の顔が映っていなかった。
そのことに思い当たった瞬間、私の中で完璧だと思われていた汐崎捺月という存在がぶれて歪んでいく。
お互いに口が塞がっているからか自然と息が上がって、零れた吐息に熱が籠った。
数㎝離れただけの距離から見つめ合った時、泣きたくなるくらい心が震えた。
今まで何度もそうしてきたのに、初めてちゃんと彼自身と目を合わせたような心地がした。
これまでかけてくれた言葉や態度は彼の本心だったのだと、なぜか素直に信じることができた。
「みずき…ごめんね…」
「ようやく信じてもらえそう?」
「水城を信じる…。勘違いだなんて言って…今までほんとうにごめんね…」
「いいよ。俺が悪かったんだ。お前に嘘を吐いてたのは本当だから…」
ぎゅっと抱きしめてくる水城の背中に手を回して、私も彼を抱きしめた。
「ずっと抱きしめたかった…。好きだよ、希未。愛してる」
「私も愛してる…水城。ずっとずっと好きでした…」
「うん…あの頃からお前の気持ち、嬉しかったよ」
胸の中に温かいものが流れ込んできて、涙になって目から溢れた。
これまでの私なら『嬉しかった』と言う彼の気持ちを疑っていたけど、今なら彼の言葉をそのまま受け止められる。
頬ずりしてくる水城に私も同じようにやり返したら、びっくりして固まっていた。
驚いた彼の顔を愛おしいと思っていると、突然椅子から抱き上げられてしまった。
「えっ?!な、なに?どうしたの?」
「今のはお前が悪い。俺の気も知らないで…ずっと我慢してたんだからな」
「なんの話…?」
相変わらず心臓はドクドクしているけど、今までとは違う胸の高鳴りがあった。
これから起こることに何となく察しがついて喜びが溢れてくる。
「わかってるのに聞くのか?俺に言わせたいの?お前の顔を見る度にどんなことをしたいと思ってたのか、事細かく教えてやろうか?」
「い、言わなくていい…っ」
「嫌なときは言って。優しくしたいから」
返事の代わりに水城の首に抱きつくと、彼は私を抱え直して寝室のドアを開けた。
あの日買ったクイーンサイズのベッドは一度も使った形跡がないまま部屋の壁側に鎮座していた。
水城は私をゆっくりシーツに降ろしたけど、口を塞いでくる唇は性急だった。
何度も一緒のベッドで眠ったのに、こんなふうに抱きしめ合うのも肌に触れるのも初めてだった。
「希未。俺、今すごく幸せだ。やっと本当の意味で香山からお前を取り戻せた気がする。ずっとこうしたかったんだ…。これからゆっくり、時間をかけて毎日毎日…俺が上書きするからな。お前が他のことを思い出せないくらい俺でいっぱいにして、毎日毎日…幸せにする」
「みずき…」
「希未…愛してる。俺もお前を幸せにするから、お前も俺を幸せにして。俺が死ぬまで傍にいて。俺も、お前が死ぬまで傍にいる。一生大事にするから…もうどこにも行かないで」
縋りつくように抱きしめてきた水城の頬は濡れていた。
ずくんと胸が痛むのと同時に、果てしない歓喜がわき起こるのを感じた。
昨日まで永遠に叶わないと思っていた望みの1つを水城が叶えてくれた。
私を安心させるために、捺月さんに婚姻届の証人欄に署名させた。
私を独占したくて、あの日から名前を出すのも避けていた香山君に嫉妬めいた言葉を吐き出した。
私に傍にいて欲しくて、涙を流して愛を囁いている。
それは捺月さんの気持ちより、水城のプライドより、私の気持ちを一番に優先してくれた結果だった。
嬉し涙で潤んだ視界で、水城の涙を優しく拭う。
「水城…私、名前書くね。水城を幸せにしたいから。朝ご飯食べたら2人で区役所に行こうね…」
顔をくしゃくしゃにして笑う水城の額にキスを落とす。
私達は抱き合って、想いが繋がった喜びを噛み締め合った。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定


皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。


王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる