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本編
希未・第3話
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それから3日経った日曜日、家に帰って私の物がないことに気が付いた水城が慌てて電話をかけてきた。
水城は言い逃れできない証拠が私の手元にあると知らないから、彼女がストーカーされていたなんて嘘をでっちあげる。
私を騙してどうしたいんだろう?
違う違うと水城は言い募るけど、あの写真を見てしまったらとても信じられない。
《…どうした?俺がいない間に何かあったのか?》
さっきまで情けなく言い訳していたのに、急に真剣な声で気遣ってくれるから涙腺が緩んだ。
泣きたくなんかないのに、止めようとしても止まらない。
《俺に幸せになって欲しいって本気で思ってるんなら、帰ってきて。顔が見たい。抱きしめたい。まだお前におかえりって言ってもらってない》
言う相手を間違えてるよ…水城。
《俺が好きなのはお前だよ。希未が好きだって、ずっと言ってただろ?》
どうしてそんなに頑なに否定するの?
私が好きだって口に出して、自分に暗示でもかけてるの?
《正直になってるよ!俺は確かに嘘は吐いたけどお前への気持ちは嘘でも勘違いでもない。本当にお前が好きで――》
冷静に聞いていられなくて、電話口にもかかわらず声量も考えずに叫んでしまった。
黙り込んでしまった水城に忘れて欲しいと告げる。
(これでもう終わり。さよなら、水城…)
プツリと電話を切って、私はさめざめと泣いた。
こうなったのは全部水城の誘いを断り切れなかった自分のせいだ。
あのまま彼の誘いを振り切って住んでいたマンションで暮らし続けていたなら、2人の仲を掻き回すことも水城を信じられなくて苦しい思いをすることもなかったと思うと、後悔しかなかった。
水城のマンションを出てから2週間が過ぎた。
私は先週から事務の仕事を始めた。
パソコンでの作業は慣れないけど、新しいことを覚えるのは楽しい。
水城とはあまり連絡を取っていない。
〈心配だからどこにいるかだけでも教えて欲しい〉としつこくメッセージが来たから住んでいる場所は教えたけど、彼が家を訪ねてくることはなかった。
きっと私と離れたことで自分の本当の気持ちに気付いたのだろう。
今頃はあのマンションで捺月さんと幸せな時間を過ごしているに違いない。
2人で選んだベッドを使わせてしまうのは心苦しいけど仕方がない。
水城が本当に好きな人と結ばれたのだからこれで良かったと思うのに、その反面でどうしようもなく悲しくなる自分もいた。
私から手を離したのに、追い縋ってくれないことにがっかりしているなんて自分勝手すぎる。
水城が捺月さんと隠れて会っていると知りながら見てみぬふりをしていた時よりも、今の方がずっと辛かった。
(このままじゃダメだ。気分転換しよう…)
急に思い立った私は、海が見える場所と日帰りの温泉施設をいくつか検索した。
バスに乗って、海辺を歩いて、美味しいご飯を食べて、温泉につかってゆっくり過ごしたい。
ちょうど明日は金曜日だから、夜のうちに発てば結構遠くまで行ける。
善は急げで予約をした私は翌日、仕事を終えたら一旦家に帰り、着替えの入った小さな旅行鞄を持って夜行バスに乗り込んだ。
バスが目的地に着いたのは翌朝だった。
そのまま都市バスに乗って海浜公園へ移動し、鞄を駅のコインロッカーに預けて海辺を歩いた。
木陰に置かれたベンチに座って、しばらく波の音を聞いていた。
無心になりたかったのに水城のことばかりが頭に浮かんで、私は人目を気にせずぽろぽろと涙を零した。
水城への想いがあふれて苦しい―――。
香山君から助けてもらえたことは嬉しかったけど、あのことは水城には永遠に知られたくなかった。
でも心の奥ではずっと彼に助けてもらいたいと思っていたのだから、幸せだと思わないといけない。
水城は私にキス以上のことをしようとしなかった。
私を怖がらせたくないからだと思っていたけど、捺月さんとはそういうことをしたんだね。
捺月さんとはそういうことをしたいと思ったんだね。
もし水城が私のことを好きになるなら、あの頃にいくらでも機会はあった。
でも私とではそういう雰囲気にならなかったし、彼は私を毛嫌いしていた。
彼が好むのは顔立ちがハッキリしていて自分の意見もハッキリ言える捺月さんのような女性で、私は誰がどう見ても彼の好みのタイプには当てはまらない。
脅しに屈して何度も体を許してしまうような、人に流されやすい私を水城が好きになるはずはない。
私が部室に呼び出されていた時、水城は家で捺月さんと仲良くしていたかも知れないね。
私は女の子のはじめてを水城にあげたいと思っていた。
捺月さんのスマホを盗っただなんて嘘も、水城なら否定してくれると期待していた。
動画のせいで香山君に人形のように操られていることを見抜いて欲しかった。
でも水城に信じてもらえなかった。
香山君は私に執着心を持っていたけど、水城はいつだって理性的だ。
仮に彼が話していたストーカーのことが本当だとしても、私にたくさん嘘を吐いた。
それは私のことよりも捺月さんの気持ちを優先したから。
嘘を吐いたのも説得を止めたのも、自分の都合やプライドを優先したからで私のためではない。
(結局私の望みは叶わない。水城が私のことを本気で好きだと思うことなんて、過去にも、今だって、一度もない)
波の音が静かに鼓膜を震わせていく。
(この不毛な願いも、締めつけるような胸の苦しさも、波が全部洗い流してくれたらいいのに…)
お昼過ぎまでそこにいて、駅前のホテルで美味しい懐石料理を食べた後は温泉に移動した。
海で少し冷えてしまった体を十分に温めて、日付が変わる前に帰りの夜行バスに乗り込む。
到着するのは翌日の朝。
カーテンを閉めた窓に寄りかかって目を閉じる。
(大丈夫。私はこれまでだってすごく辛くても乗り越えられてきたんだもの。だから水城のことももう一度諦められる。今は2人を心から祝福できなくても、時が経てばいつか…)
気分転換が成功したのか、私の心は昨日の今よりも穏やかになっていた。
睡眠不足と疲労と温泉の効果で、その日は久しぶりに熟睡できたような気がした。
日曜日の朝7時過ぎ。
駅前は閑散としていて人の姿もまばらだった。
弾丸旅行を終えて帰ってきた私は駅の中にあるコーヒーショップに立ち寄ろうとして、目の前に現れた人に瞠目した。
「水城…?」
「おかえり、希未。一緒に朝ご飯食べよう」
水城は言い逃れできない証拠が私の手元にあると知らないから、彼女がストーカーされていたなんて嘘をでっちあげる。
私を騙してどうしたいんだろう?
違う違うと水城は言い募るけど、あの写真を見てしまったらとても信じられない。
《…どうした?俺がいない間に何かあったのか?》
さっきまで情けなく言い訳していたのに、急に真剣な声で気遣ってくれるから涙腺が緩んだ。
泣きたくなんかないのに、止めようとしても止まらない。
《俺に幸せになって欲しいって本気で思ってるんなら、帰ってきて。顔が見たい。抱きしめたい。まだお前におかえりって言ってもらってない》
言う相手を間違えてるよ…水城。
《俺が好きなのはお前だよ。希未が好きだって、ずっと言ってただろ?》
どうしてそんなに頑なに否定するの?
私が好きだって口に出して、自分に暗示でもかけてるの?
《正直になってるよ!俺は確かに嘘は吐いたけどお前への気持ちは嘘でも勘違いでもない。本当にお前が好きで――》
冷静に聞いていられなくて、電話口にもかかわらず声量も考えずに叫んでしまった。
黙り込んでしまった水城に忘れて欲しいと告げる。
(これでもう終わり。さよなら、水城…)
プツリと電話を切って、私はさめざめと泣いた。
こうなったのは全部水城の誘いを断り切れなかった自分のせいだ。
あのまま彼の誘いを振り切って住んでいたマンションで暮らし続けていたなら、2人の仲を掻き回すことも水城を信じられなくて苦しい思いをすることもなかったと思うと、後悔しかなかった。
水城のマンションを出てから2週間が過ぎた。
私は先週から事務の仕事を始めた。
パソコンでの作業は慣れないけど、新しいことを覚えるのは楽しい。
水城とはあまり連絡を取っていない。
〈心配だからどこにいるかだけでも教えて欲しい〉としつこくメッセージが来たから住んでいる場所は教えたけど、彼が家を訪ねてくることはなかった。
きっと私と離れたことで自分の本当の気持ちに気付いたのだろう。
今頃はあのマンションで捺月さんと幸せな時間を過ごしているに違いない。
2人で選んだベッドを使わせてしまうのは心苦しいけど仕方がない。
水城が本当に好きな人と結ばれたのだからこれで良かったと思うのに、その反面でどうしようもなく悲しくなる自分もいた。
私から手を離したのに、追い縋ってくれないことにがっかりしているなんて自分勝手すぎる。
水城が捺月さんと隠れて会っていると知りながら見てみぬふりをしていた時よりも、今の方がずっと辛かった。
(このままじゃダメだ。気分転換しよう…)
急に思い立った私は、海が見える場所と日帰りの温泉施設をいくつか検索した。
バスに乗って、海辺を歩いて、美味しいご飯を食べて、温泉につかってゆっくり過ごしたい。
ちょうど明日は金曜日だから、夜のうちに発てば結構遠くまで行ける。
善は急げで予約をした私は翌日、仕事を終えたら一旦家に帰り、着替えの入った小さな旅行鞄を持って夜行バスに乗り込んだ。
バスが目的地に着いたのは翌朝だった。
そのまま都市バスに乗って海浜公園へ移動し、鞄を駅のコインロッカーに預けて海辺を歩いた。
木陰に置かれたベンチに座って、しばらく波の音を聞いていた。
無心になりたかったのに水城のことばかりが頭に浮かんで、私は人目を気にせずぽろぽろと涙を零した。
水城への想いがあふれて苦しい―――。
香山君から助けてもらえたことは嬉しかったけど、あのことは水城には永遠に知られたくなかった。
でも心の奥ではずっと彼に助けてもらいたいと思っていたのだから、幸せだと思わないといけない。
水城は私にキス以上のことをしようとしなかった。
私を怖がらせたくないからだと思っていたけど、捺月さんとはそういうことをしたんだね。
捺月さんとはそういうことをしたいと思ったんだね。
もし水城が私のことを好きになるなら、あの頃にいくらでも機会はあった。
でも私とではそういう雰囲気にならなかったし、彼は私を毛嫌いしていた。
彼が好むのは顔立ちがハッキリしていて自分の意見もハッキリ言える捺月さんのような女性で、私は誰がどう見ても彼の好みのタイプには当てはまらない。
脅しに屈して何度も体を許してしまうような、人に流されやすい私を水城が好きになるはずはない。
私が部室に呼び出されていた時、水城は家で捺月さんと仲良くしていたかも知れないね。
私は女の子のはじめてを水城にあげたいと思っていた。
捺月さんのスマホを盗っただなんて嘘も、水城なら否定してくれると期待していた。
動画のせいで香山君に人形のように操られていることを見抜いて欲しかった。
でも水城に信じてもらえなかった。
香山君は私に執着心を持っていたけど、水城はいつだって理性的だ。
仮に彼が話していたストーカーのことが本当だとしても、私にたくさん嘘を吐いた。
それは私のことよりも捺月さんの気持ちを優先したから。
嘘を吐いたのも説得を止めたのも、自分の都合やプライドを優先したからで私のためではない。
(結局私の望みは叶わない。水城が私のことを本気で好きだと思うことなんて、過去にも、今だって、一度もない)
波の音が静かに鼓膜を震わせていく。
(この不毛な願いも、締めつけるような胸の苦しさも、波が全部洗い流してくれたらいいのに…)
お昼過ぎまでそこにいて、駅前のホテルで美味しい懐石料理を食べた後は温泉に移動した。
海で少し冷えてしまった体を十分に温めて、日付が変わる前に帰りの夜行バスに乗り込む。
到着するのは翌日の朝。
カーテンを閉めた窓に寄りかかって目を閉じる。
(大丈夫。私はこれまでだってすごく辛くても乗り越えられてきたんだもの。だから水城のことももう一度諦められる。今は2人を心から祝福できなくても、時が経てばいつか…)
気分転換が成功したのか、私の心は昨日の今よりも穏やかになっていた。
睡眠不足と疲労と温泉の効果で、その日は久しぶりに熟睡できたような気がした。
日曜日の朝7時過ぎ。
駅前は閑散としていて人の姿もまばらだった。
弾丸旅行を終えて帰ってきた私は駅の中にあるコーヒーショップに立ち寄ろうとして、目の前に現れた人に瞠目した。
「水城…?」
「おかえり、希未。一緒に朝ご飯食べよう」
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