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本編

第5話

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それから俺と希未は警察署に行って、過去と今受けている被害を相談した。
希未には当時の状況やここ2ヶ月間にあった出来事を詳しく話させることになり、かなり心苦しかった。
話しながら何度も声を詰まらせ、涙を流す希未の背中をさすったり、手を握ったりすることしかできない自分に無力感を覚える。
希未が苦しんでいる時に、俺は慰めるどころか傷口に塩を塗るようなことをして彼女を追い詰めた。
俺がしたことは、ある意味香山よりも罪深く思えた。
俺はあの日、希未を信じなかった。
でも希未はいま俺を信じて話をしてくれているのだと思うと、彼女の変わらない優しさに胸が熱くなった。

10年前、捺月が昼休みにスマホがないと気づき、クラス内でちょっとした騒ぎになった日の放課後。
希未は捺月の友達数人から、
「盗んだ犯人はわかったけど『スマホを返してもらいたければ工藤を連れて来い』と脅された。捺月のスマホを取り返したいから来て欲しい」
「捺月のスマホが見つかったら、藤本君もきっと喜ぶと思う。だから協力して欲しい」
などと言い募られ、テニス部の部室で待ち構えていた同じクラスの香山、小白井、店田に無理矢理性行為を強要された。
行為の最中に動画を撮影され、同級生達に晒されたくなければ従えと脅迫された希未は、それ以降香山に毎日呼び出されて行為を強要されていた。
捺月のスマホも希未の手から返すように命令され、結果的に希未が犯人に仕立て上げられた。
事実を知っていたはずの捺月の友達も希未が盗んだと責め立てていた。
香山達とグルだったのだ。

父親が亡くなったことを機に消息を絶ったため、引っ越し後は香山から脅迫されることもなく平穏に暮らせていた。
だが半年前、偶然にも職場のホテルで従業員と客として再会してしまい、再び脅されてホテルの部屋に呼び付けられた。
それ以降ストーカー行為をされた挙句、同意もなく家に住みつかれ、結婚も強要されそうになっていると警察に訴える。
当時のやり取りが希未が以前持っていたスマホにそのまま残っていたのは幸いだった。
俺と希未は証拠を取りに一度彼女の住むマンションに行き、電池が切れたまま仕舞い込んでいたスマホをそのまま警察に提出した。
今の状況は、香山とのやり取りを全てスクリーンショットした。
警察で話をしている最中に香山から電話があったことも幸運だった。
恐る恐る希未が電話に出ようとしたので、スピーカーホンにするように指示する。
俺はその横で録音アプリを開いた。
香山は最初こそ吐き気を覚えるような甘い声で話をしていたが、どこかよそよそしい希未に何かを感付いたのか、本性を現し始めた。

『もしかして…藤本と会ってないだろうな?』
『会ってたら…わかってるよなあ、希未?』
『お前の動画、やっぱり藤本に送ってやろっか。お前がどんな顔して犯されてるか、見せてやったら面白いと思わないか?』
『嫌だって言いながら感じてんのをあいつが見たらどう思うかね。確実に軽蔑されるだろうな~。今度は二度と俺の前に姿見せんな!って言われるかもなあ?』
『婚姻届だって、今すぐ俺が1人で出しに行ってもいいんだぜ?』

香山の脅迫に、「やだ…」「やめて…」「ゆるして…」と、か細い声で答える希未の体を後ろから抱きしめる。
今すぐ電話を代わってやりたかったが、最後まで黙っていることが俺の役割だ。
電話を切った後は、ほろほろと声も出さずに泣く希未を抱きしめて何度も何度も頭を撫でた。
こんな風にずっと脅されてきたのだろうと思うと、残酷すぎて涙が出た。
俺は何があっても、希未がどうなろうと、軽蔑なんてしない。
過去にどんなことがあったって、希未が好きで、傍にいたい気持ちは変わらない。
その気持ちを何度だって言葉にして伝えてやりたいと思った。

実際のやりとりを聞いたことで、警察も早急に動いた方が良いと判断してくれた。
その夜、警察が希未の家の前で張り込み、何も知らずに仕事から戻り中に入っていった香山を住居侵入罪の容疑で逮捕した。
抵抗する香山がパトカーに押し込まれる様子を俺と希未は離れたところから見ていた。
その日は憔悴しきった希未を1人にしたくなくて、希未の職場とは違うホテルに一緒に宿泊することにした。
夕食をゆっくり食べて、シャワーを浴び、同じベッドで希未を抱きしめて眠った。

翌日、朝一で会社に事情を話して火曜日まで休むことを伝えた俺は、できるだけ希未と一緒に行動した。
希未は仕事があるので一度マンションに帰って支度を整えた後、ホテルまで送り届けた。
今日は最終出社日ということもあって久しぶりに日勤帯の勤務なのだという。
仕事が終わった後は2人で法律事務所に行く予定になっていた。
希未の仕事が終わるまでLILY'Sカフェに行こうと駅前に行くと、国原とばったり出くわした。

「あれ?水城?なんでいるの?仕事は?」
「国原こそ…」

どうしたんだ?と言いかけて、その隣にいた女性に気づく。
彼の奥さんだ。
会釈をして、改めて結婚披露宴でのおもてなしのお礼とおめでとうを伝える。

「これから新婚旅行か?偶然だな」
「ホント偶然な!お前がまだこっちにいると思わなかったよ」
「ちょっと用事ができて。気を付けて行ってこいよ」
「おう!帰ってきたら何あったかゆっくり聞かせろよ!」

笑顔で去っていく国原夫妻の背中を見送る。
俺も希未と結婚したら、あんな風に一緒に笑えるだろうか。
その為には希未を香山の脅威から解放し、俺のことを心の底から信頼してもらえるようになることが必要だ。
どんなに時間がかかっても、俺は彼女との未来のために努力し続けようと心に誓った。


数時間後、警察から連絡があった。
香山のスマホに脅迫に使っていた動画が複数残っていることが確認され、強制性交罪など複数の罪で捜査が進められることになったらしい。
希未の遭った被害は10年以内なら告訴できるらしく、高校時代の事件もぎりぎり期間が間に合った。
香山は容疑を否認していて、「希未に会わせろ」と訴えているらしい。
会わせない方が良いのだろうが、ここで話をして気持ちにしっかり決着をつけた方が後々逆恨みされる心配もないように思う。
仕事を終え、荷物を抱えてやってきた希未に香山の状況を話すと、彼女は意外にも面会を希望した。
震えて「二度と会いたくない」と言うのではと思っていたが、杞憂だったようだ。
希未は俺が思うよりもずっと、悲しみを乗り越えて前を向ける…強い女性だった。
その後、留置場で香山と顔を合わせた希未は震えながらもはっきりとした口調で告げた。

「貴方がしたことを許しても、私が貴方を異性として好きになることは一生ありません」

香山は目玉が落ちそうなくらいに瞠目して、そして項垂れた。

「…わかった。もういい、帰ってくれ」

こうして香山の歪な愛情から始まった希未の悪夢は終わった。

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