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本編

第4話

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翌日、希未は予想通りLILY'Sカフェに10時にやってきた。
服装は黒のジャケットにカットソー、リーフグリーンのフレアワンピース。
そして花のモチーフがついたパンプスを履いている。
デートらしくお洒落をして来てくれたことが、俺にはものすごく嬉しかった。
入り口できょろきょろとする希未を迎えに席を立つ。

「希未、おはよう」
「おっおはようございます…」
「何飲む?サンドイッチも美味しそうだよ」
「朝は食べてきたから…」
「ならケーキにするか。俺も食べたいし」
「…みずき、甘いもの好きなの?」
「ああ。コーヒーはブラックだけど、甘いものはなんでも好きだよ。意外か?」
「うん」

くすくすと笑う希未にほっとする。
できるだけ早くあの忌々しい3原則から解放させなければ。
俺達は2杯目のコーヒーと希未のカフェラテ、2人分のケーキを受け取って席に戻った。

「希未。今日はありがとうな。せっかくの休みに付き合わせて」
「…それは、わたしの方だよ…。ありがとう、水城」

それから俺は希未といろいろな話をした。
俺はまず、スマホ紛失事件のことには触れずに、父親の危篤連絡があった時や家で冷たくしていた時のことを頭を下げて謝罪した。
希未は恐縮したように「気にしてないよ…」と言ったが、俺がいいと言うまで3原則を守っていたのだから相当気にしていただろう。

「香山は…今日俺と会うこと知っているのか?」

希未は一瞬びくりと体を震わせて、すぐに首を振った。

「話したら絶対行かせてもらえないから…」
「…あれからずっと香山と付き合ってるのか?」
「っ…、付き合って、ない。半年前に偶然…ホテルに泊まりに来た時に会って」

香山の話になると、希未は途端に恐怖を滲ませた。
体を強張らせ、唇を震わせる。
可哀想ですぐにでも抱きしめてやりたかったが、人目があるので我慢した。
注目されるとどこからか香山に知られる可能性があるし、希未もそれを望まないだろう。
そして香山とは半年前に再会したばかりだという事実に驚いた。

「半年前?それまでずっと会ってなかったのか?」
「うん…。父が亡くなってすぐスマホを変えて、電話番号もアドレスも変えたから…」

香山は希未が高校の同級生だった「工藤希未」だと知ると、あの時のように彼女に強引に迫ってきたらしい。
高校の時の動画を未だスマホに残していた香山は、同じ手口で希未を脅迫し、宿泊している部屋に呼びつけて無理やり…行為をした。
香山はこの近辺に住んでいて、恐らく毎日のようにホテルに張り込んで希未の帰宅時間のパターンを把握。
2ヶ月前に帰宅途中の希未を待ち伏せして強引に彼女のマンションに上がり込み、新たに撮影した動画や写真を盾に行為を強要。
マンションに居座り始めた挙句、1ヶ月前には婚姻届を差し出してプロポーズしてきたという。
結婚したら家庭に入って欲しいと言われ、断り切れず、希未は8年務めたホテルを明後日で退社することが決まっていた。
もし俺が一昨日あのホテルに宿泊しなかったら。
国原がこのホテルで結婚式を挙げなければ。
俺が出席を決めていなければ。
二次会から帰ってすぐ、あの時間帯にスパに行かなければ。
希未に会うことはなく、もし会えたとしても希未と気が付かないまま終わっていたかも知れない。
希未が香山に苦しめられている現状も知ることができず、希未を救えなかったかも知れない――。
俺は天から巡ってきた過去最高の幸運に感謝した。

「正直に話してくれ。香山と結婚したいのか? 俺はお前が香山のことを好きだとも思えないし、結婚して幸せになれる気もしない」
「…」
「希未。もしかしてお前…香山のことが好きなのか?」
「! い、いや!好きなんて、違う!好きじゃない…っ!」

希未は嫌悪を露わにして声を荒げた。
ぎゅっと瞑った目尻から涙がぽたりと落ちる。

「かっ、香山君が…!とにかく早く入籍したい、って…婚姻届を持ってきて…わたし…断れなくて…!断ったら…また無理やり…される、かもって…。
でも、名前を書いてしまったら勝手に提出されるかも知れないと思って…、こ、怖くて…『当日に一緒に書き込みたい』ってお願いして、名前のところは空欄なの…。でも…勝手に、書かれるかも知れない…」

希未は絶望に満ちた目でテーブルを見つめながら訴えた。
俺は彼女を力いっぱい抱きしめたい衝動を、拳を握りしめて耐えた。

「ごめん!無神経だった。悪かった。そうだよな、こんなことされて、好きになるわけないよな。お前が香山と結婚したいのかと思ったら嫉妬した。ごめん…」
「…?」

希未は俯いたまま首を振ったが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。
涙に濡れた目で、不思議そうに俺を見つめてくる。

「なあ、希未。結婚っていうのは一方的にしたくてするもんじゃない。お互いに一生を添い遂げたくてするものだろう。このままじゃお前も不幸だし、香山も…、俺だって不幸だ」
「…水城、も…?」
「俺はお前に幸せになって欲しいんだ。だからお前が幸せになれないと、俺だって幸せになれない。お前のことが気になって、きっと…こうやって何回も、お前に会いに来るだろうな。最悪香山を殺すかも知れない」
「なんで、そんな…」
「希未。好きでもない奴と結婚するくらいなら、俺と結婚しないか?」

俺はこの気持ちが本心からだと伝える為に、希未を真っ直ぐに見つめた。
ここで言葉や態度を間違えれば、希未はきっと俺の望まない方向に解釈する。
実際に希未は表面的には戸惑いの表情を作っているが、俺の発言の真意を測ろうと訝し気な視線を向けている。

「…なに、言ってるの…?」
「俺は…お前が好きだ。お前がいなくなって初めて、大事だったんだって気づいた。当たり前すぎて麻痺してたんだ。ずっと傍にいるもんだって無意識に思ってた。今更だってわかってるし、お前が俺を信じられないのもわかる。でも、俺はお前を…香山よりも誰よりも、幸せにできると思ってる。俺と結婚して欲しい」

言い切った後、沈黙が落ちた。
俺は言い募ることはせずに、じっと希未からの返事を待った。
すると希未は俺が本気だと信じてくれたようで、俺の言ったことを理解し始めると、恥ずかしそうに頬を赤くして目を泳がせた。

「…気持ちは、嬉しい…けど……」
「俺と結婚しても幸せになれない?」
「っちがう…!そうじゃなくて…。水城には、もっとよく考えて欲しい。きっと後悔するもの。お願い…その場の勢いで結婚しようだなんて決めないで」

俺の渾身のプロポーズは、希未には『勢いで決めたこと』だと思われたらしい…。
それも今までのことを考えたら、当たり前かもしれない。
正直なところわりと…結構な具合で落ち込んだが、完全に信用されないよりマシだと思うことにした。
少なくとも希未は、俺が結婚したい気持ちは本物だと思ってくれている。
そうでなければ彼女から俺を気遣う言葉は出てこない。

「俺だって、同じ気持ちだよ。お前に安易に結婚を決めて欲しくない。香山と結婚なんてして欲しくない」
「…みずき、」

ついさっきまで恐怖に染まっていた希未の表情が少し明るさを取り戻した。
今度は恐怖ではない感情で目を潤ませている。

「このままだとお前は香山に強引に結婚させられる。それは嫌だろう?」

改めて確認すると、希未は今度こそ、しっかりと首を縦に振った。

「でも…どうしたら…」
「俺が協力する。お前を助けるには、お前にとって辛いことをさせる…と思う。でも必ず俺が助けるから。俺のこと…信じてくれる?」

希未は一瞬戸惑いを見せた後、覚悟を決めたように頷いた。
俺を信じると意思表示してくれた。
それがものすごく嬉しくて、俺はついまた希未の頭を撫でてしまった。
希未の顔がさっきよりもずっと赤く染まる。
彼女は数秒固まった後、人目を気にするように周りに視線を這わせて、恥ずかしそうに俺を見上げた。
その破壊的に可愛さに何度目かの衝動を抑え込むと、次の計画を実行すべく立ち上がった。

「警察に行こう、希未。過去に決着をつけよう」

俺が差し出した手を、希未はしっかりと握ってくれた。

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