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本編

第3話

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翌朝、ホテルのレストランで朝食を済ませた後、フロントで連泊の手続きをした。
幸いにも今日は土曜日で明日も休みだ。
略奪を成功させるには、この2日間でどう動くかに懸かっていた。
俺はまず、ネットで検索をしていて見つけた性犯罪被害電話#8103に電話をした。
この番号は発信場所の各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口に繋がるようになっている。
俺が知っていることは、被害者本人から詳しく話を聞いたわけではなく、あくまでも加害者と思わしき人物が言っていたことを聞いただけにすぎない。
それも10年も前の出来事で、犯人を罰することができるのかも疑問だった。
被害届を出すことができるのか、捜査してもらえる可能性があるのかを知るために、性被害に遭った女性の親しい友人・・・・・を装って電話をかけた。
テレビコマーシャルでよく目にする大手法律事務所にも無料相談の電話をして情報を集めた。
警察や法律事務所から聞いた情報を整理していると、気が付けば13時を過ぎていた。
駅前の定食屋で昼食を摂り、周辺を散策する。
希未とゆっくり話をするなら、話しやすい雰囲気で女性が好みそうな店の方がいいだろう。
試しにいくつか店に入ってみたが、ボックス席が多くソファ席もあるLILY'Sカフェという店が一番よかった。
その後は2日分の下着や普段着、飲み物などを買ってホテルに戻った。
これで大方準備は整ったが、ここからが本当の勝負だった。
できれば今日か明日中に希未に会って、希未をLILY'Sカフェに呼び出し、警察に相談する説得をしなければならない。
希未がそれを望めばスムーズに事は運ぶが、万が一拒否した時は…。
きっと俺は、香山と同じくらい強引なことをすることになるだろう。
できれば希未に無理強いをしたくない。
俺はロッカーキーを握りしめて、上手くいくようにと祈った。

7階の部屋から、エレベーターで最上階のスパへ向かう。
昨日が閉店までのシフトだったので、午前中に働くことはないだろうと予想していた。
もしこの時間でも出勤していないようなら他の従業員に出勤する時間を確認して、休みなら次の出勤日を聞き出せばいいだけだ。
焦っても上手くはいかない。
むしろ焦りは失敗を招く可能性が高まる。
俺は冷静になるために深呼吸を繰り返し、エレベーターを降りた。
天は俺に味方をした。
受付にいたのは違う女性従業員だったが、靴のロッカーが並ぶスペースで何やら作業をしている希未の姿が見えた。
俺は受付の女性に声をかける前に「希未!」と親しげに名前を呼んだ。
受付にいた女性は俺と希未が知り合いだと察して微笑み、受付をする前に中に入ることを容認してくれた。
突然名前を呼ばれた希未は、俺の姿を見て固まっている。
茫然とするその姿が可愛く思えて、自然と笑みが零れた。

「希未、会えてよかった。昨日はありがとうな。これ、返し忘れてて」
「あ…」

脱衣場のロッカーキーを見せると、希未は思い当たったように目を大きくした。

「大変申し訳ございません!わざわざお持ちいただいてしまって…」

仕事モードに切り替わった彼女が深々と礼をする。

「とても助かりました。ありがとうございます、藤本様」

そして仕事用の微笑を張り付けた。
昨日もそうだった。
希未にとって俺は数多くの宿泊客の一人で、幼馴染の水城が相手では話しかけることも、目を合わせることもできないのだ。

「…お前に名字で呼ばれると、なんか寂しいな」

でも今は、ただの客ではなくて幼馴染の水城おれと話をして欲しい。
そう思って本心を伝えると、彼女は黙って俯いてしまった。

「……」
「希未。俺…、お前にずっと会いたいと思ってた。だから会えてすごく嬉しい」

希未が驚いた顔をして俺を見上げてくる。
俺が「会いたい」と思っていたなんて信じられない、という反応だった。

「あの時言ったこと…本当にごめんな。凄く酷いことを言ったって後になって後悔した。本当に申し訳ないと思ってる…」
「……」
「今どうしてるんだろうなって、昨日も風呂に入りながら考えてたんだ。俺に時間をくれないか?話がしたい。2時間…いや、1時間でもいい。30分だけでも」
「……」
「お前と二人で話したいんだ。明日も仕事か?」
「……」

希未は僅かな間逡巡した後、ふるふると首を振った。
明日は希未も休みだった。
俺はよほどの強運に恵まれているらしい。

「それなら明日、会う時間がほしい。俺は朝10時から駅前のLILY'Sカフェにいる」
「……」
「できれば朝の10時に来て欲しい。もちろん10時じゃなくても構わない。俺は明日はずっとそこにいるつもりでいるから」
「え、あ…」

希未は何かに気づいたように口を開いたが、すぐにまた視線を逸らして黙ってしまった。
希未は頑なだった。
俺が10年前に言った、話しかけるな・声も聞かせるな・視界に入るなの拒絶3原則を未だに守ろうとしている。
その姿がとてもいじらしく、俺の所為とはいえ無性に可愛く思えた。
昔から希未は俺の要望に応えようと彼女なりに頑張っていた気がする。
思い返せば俺から彼女に我儘を言ったり命令のようなことしたりすることはあっても、彼女からはなく、俺の言ったことに反発したこともない。
そう思うと無性に愛おしさがこみ上げて、俺は思わず希未の頭を幼い子どもにするように撫でていた。

「…!」
「どうした?何か言いたいことがあるんなら、遠慮しないで言ってくれ」

恐る恐る見上げてくる希未がものすごく可愛い。
思わずぎゅうと抱きしめたくなる衝動に駆られたが、我慢した。

「ん?」

少し首を傾げて発言を促してやると、希未の頬がどんどん赤く染まっていった。

「み、水城…は、明後日は仕事があるよね…? 大丈夫なのかなって…」

希未は「ずっとそこにいる」という言葉から、明後日…月曜日の俺の都合を気にしているらしい。
確かに月曜日は仕事で、もしカフェ閉店の23時までこの辺りにいれば、帰る手段はなくこのホテルにもう1泊することになる。
そうすると月曜日は出勤時間に間に合わない。それを心配しているのだろう。
そうだ。希未はいつも自分のことより相手を優先したり、心配したりできる人間だった。

「心配してくれたのか。ありがとうな。明日お前と会えなければ、月曜日は有給を取ろうと思ってた。そもそも俺はお前と話をしないまま帰る気はないんだ。話ができるまで待つ。だから…」

俺はずるい人間だ。
こう言えば希未が気にして来てくれるだろうと知っていてこんな言葉を囁く。

「俺のことを心配してくれるなら、明日10時に来てくれ。待っているから…」

そう希未に耳打ちをして、ぽんぽんと頭を撫でる。
そして彼女の返事を聞く前に背を向けてその場を去った。
断れなかった彼女は約束を気にして必ず10時にやってくる。そう確信できた。
希未の気持ちを利用するやり方になってしまったことを後ろめたく思ったが、これも希未を香山から引き離すには必要なことだと自分を納得させた。

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