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続・エイプリルフール7
しおりを挟むカサカサと何かが這い回る音がする。まだ寝ていたいんだと布団を掛け直すが、音が止まる気配は無い。
パシッと良いタイミングでそれを捕まえてみると、大きなニンジンだった。
なんなんだ、こんな時間に。と、目覚まし時計を確認すると、目覚まし時計にアスパラガスが突き刺さっていた。
一本収穫し損ねたようだ。
目覚まし時計は壊れている。
バッと布団を退けて、障子の方を見ると既に日が登っていた。壁掛け時計の時間は、約束の時間をとっくに過ぎている。
やってしまった。と、思ったところで携帯の着信が鳴った。米職人からだ。
「もしもし」
「その……約束の時間なのですが」
「すまんすまん。今家を出たところだ」
嘘だ。今起きたところだ。
慌てていつもの着物を着る。こんなときではあるが、身だしなみは大事だ。ふむ、今日もキマッている。
「なんかカンカンという音がしませんか?」
「近くで豆腐屋が騒いでいる」
「お豆腐屋さんが?!」
嘘だ。ナスが小さな金属製の鍋蓋と箸を見つけてきて、他の野菜達に自慢している音だ。後で回収しておこう。
「ん? ……なんかシャカシャカという音がしませんか?」
「豆腐屋がマラカスを振っている」
「お豆腐屋さんが?!」
嘘だ。私が歯を磨いている音だ。
こんなときではあるが、歯の健康は大事だ。よし、良いだろう。綺麗に磨けた。
財布と携帯を持ってドアを開ける。
上からかぼちゃが降ってくる。かぼちゃが地面に落ちる既の所でキャッチした。昨日かぼちゃを冷凍庫から出して解凍したのを忘れていた。帰ってきたらスープにしよう。
危ない危ない。と、思っていたところで、ガラガラと食器の崩れる音がした。慌てて部屋の中を確認すると、ナスが崩れた鍋の真ん中から顔を出して、ポーズを取っているところだった。
何をやっているのやら。
「なんか凄い音しませんでしたか?!」
「豆腐屋が暴れている」
「お豆腐屋さんが?!」
「そういう時期なのだろう」
「時期?? は、はぁ。みなさん色々あるんですね」
すまない豆腐屋、後で骨は拾っておこう。
◆◆◆◆◆
「お待たせした」
「お豆腐屋さんは大丈夫でしたか」
「豆腐屋はいつもあんな感じだ」
「お豆腐屋さん?!」
そんなことはない。
「服を選びに行こう。行きたい店はあるのか?」
「えぇっと……あぁ! あそこです!」
スッと米職人の指差す方に目線を移すと、古のパンクでロックなギラギラとした看板が飾られた店があった。
「…………ここか?」
「えぇ! ここです! やっぱり、彼女の前ではカッコイイ男になりたくて」
格好良いのベクトルを間違えてはいないだろうか。
入るのに勇気がいりそうな店の門を躊躇することなく潜る米職人の後ろで唾を飲む。若さとは、つまりこういうことなのだろう。
店に入ると、顔が白粉で真っ白で、目の周囲に黒い星のマークが描かれている、頭に平たい土間箒を乗せたような髪型の、黒い革のジャンパーを着た服屋の店主が「いらっしゃいませ~」と声を掛けてきた。
「かっ! カッコイイ男になりたくて……そ、その、僕に似合いそうな服は、あ、ありますか?」
米職人は緊張しているようだ。刺々しいピエロの様な格好をした店の店主に話しかけるのは、やはり緊張するのだろう。
「あぁ、そうなんですか。そうですねぇ~。お客さん体が大きいので、これなんかどうです~?」
と、店の店主が勧めてきたのは、彼が来ているのと同じ黒い革ジャンだった。革ジャンには金属の棘が沢山付いている。
「え、えーっと。じゃっ、じゃあそれで!!」
「ちょっと待て」
米職人の肩をひしっと掴む。
「服を買うなら試着をするべきという話以前に、何故この服なんだ?」
「かっ、カッコイイと思われたいならロックな服だって、ネットの掲示板に書いてあって……」
どこの悪意のある掲示板だ。
「お客さんどうしましたか? 揉め事ですか?」
「シャラップ」
「えっ。あっ、は~い」
服屋の店主がスススと後ろに引き下がる。
「その服はオススメしない。街中でそのトゲトゲしい服を着ている男と一緒に歩きたいとは、私でも思わない」
「えっ!」
「ウチの店の服貶してます?」
「シャラップ」
「あっ。は~い」
服屋の店主がスススと後ろに引き下がる。
「想像してみてくれ。みんなが和服を着ている街中で、一人だけコテコテのメイド服を着た和菓子屋の娘と一緒に歩きたいと思うのか?」
「…………んふふ」
「例えが悪かったようだ。ロックバンドの女王様の様な格好をした和菓子屋の娘と共に、街を歩きたいと思うのか?」
米職人の顔からさーっと血の気が引いていく。
「こういう服は当たり外れが大きい。我々はまだ、和菓子屋の娘の趣味嗜好を知らない。君は和菓子屋の娘との初デートで、まずそれを知りに行くんだ。最初は無難な服を買おう」
「なるほど…………そうですね。分かりました!」
服屋の店主がヌッと私と米職人の間に割って入った。
「そういうことなら~、良い店を紹介しますよ~」
◆◆◆◆◆
「あの服屋の店主さん、見た目は怖い方でしたが、良い方でしたね」
「そうだな」
夕方までかかって散々悩みながら服を買い終えた私と米職人は、帰路についていた。
「正直僕は、引きこもりというか、オタクというか、恋愛経験が殆どないというか。女性が何を考えているのかよく分からないので、その……上手くいくのか不安です」
確かに。最初のデートでロックなトゲトゲの服を着ていこうとする米職人の気持ちは、私でもよく分からない。
だが、彼が気にした方が良いことは、そういうことではないのだろう。
「和菓子屋の娘も、同じことを思っているのではないか」
「えっ」
「相手のことが分からないのはお互い様だ。和菓子屋の娘も、きっと君のことを知りたいと思っているのだろう」
「は、はぁ……そう、でしょうか」
そうでもなければ、誰がお茶の誘いなどに乗るものか。
「うじうじしおって」と言って、私はバンッと米職人の大きな背中を叩いた。
「気負い過ぎるな。ダメなときはどうやってもダメだ。だが、上手く行くときはなんだかんだで上手くいく。だから、和菓子屋の娘とのデートはきっと上手くいくさ」
砂利道を歩く足音が一つ止まる。
振り返ると、米職人が鳩がグリーンピースの襲撃を受けた時のような表情をしていた。
なんだ、その驚いたような表情は。私は恋愛経験のある年配者だぞ。と、心の中で苦言を呈していると、米職人がクスッと笑った。
「ありがとうございます。俺、一人だったら色々と失敗してたかも」
ふと、袖の中を確認すると時期外れの胡瓜が潜んでいた。米職人の恋の行方が気になったのだろう。頼もしい味方だ。
「こほん」と一つ咳払いをする。
若者の手本になるような少し格好付けた大人として、一つしなくてはならないことがある。私は時期外れの胡瓜をそっと握った。
「米職人くん。一つ、謝っておかなければならないことがある」
「な、なんですか」
私は、スゥーッと息を吸った。
「豆腐屋が騒いでいたという話。あれは嘘だ」
「………………え“っ?!」
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