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平凡俳優は若手有望株を騙したい
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人物紹介
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八嶋尚之 やしまなおゆき 32歳 平凡俳優。やわらかい印象のぱっとしない平凡優男。ドラマ版『砂糖漬けの恋』ゲイ教師役。
茅ヶ崎隼人 ちがさきはやと 20歳 若手俳優。演技派のイケメン。爽やか真面目系に見えるが……。相手役の生徒で親友の息子。
堤健治 つつみけんじ 30歳 八嶋のマネージャーで大学時代の後輩。細マッチョ。
監督 かんとく。五十代男性。業界歴は長い。
小山内夢 おさないゆめ。二十代女性。ドラマ化原作漫画『砂糖漬けの恋』の原作者。
高槻章仁 たかつきあきひと 31歳 舞台俳優。今回は親友役に抜擢。
[newpage]
────────────────
[chapter:ミスキャスト!? ④平凡俳優は若手有望株を騙したい]
────────────────
機材のチェックやら現場の打ち合わせやらで少しだけ長めの休憩に入るのは演じる役者としても気持ちが楽だ。ワンシーンの撮影が1日がかりという場合も少なくはない。
「ンア゛ァ゛────……! 思い出すだけでグワァ────ってなる!! なんかもう肌で理解したわ……あれが生のヤンデレというやつか……! [[rb:茅ヶ崎隼人 > ちがさきはやと]]、恐ろしい子……!」
「ちっがいますって、あれは溺愛です溺愛! 原作をちゃんと読めば[[rb:茅ヶ崎 > ちがさき]]くんの演技がマジモンだって[[rb:八嶋 > やしま]]先輩も納得すんじゃないスかねー」
しれっと自分の楽屋に戻った俺と[[rb:堤 > つつみ]]が今日の茅ヶ崎の演技について意見を交わすはめになっているのは、あのシーンの俺の演技が求められていた答えとズレてたってことに尽きるのだが……まったく俺には理解が追い付かない。
────茅ヶ崎のあれ……無茶苦茶怖かったが?
怯えた俺の表情はダメ出しをされ、今日は俺が何度もシーンを撮り直しさせてしまった。
茅ヶ崎は最後まで俺に付き合ってくれたが毎回鬼気迫る茅ヶ崎にビビってヤバかった、というのが現実だ。
わかりますよ、はいはい。先日の件で茅ヶ崎を煽りすぎた俺が悪い。なにもあそこまで仕上げてくることもないんじゃないの?! くっそ、新人は伸び代があるから突然化けるのが怖いんだよ。
「台本だとあそこでシーンぶった切ってたけど、そもそも原作寄りだと今日の場面、教師ってどういう反応するもんなの?」
「お、原作ありますから読んでみます? はい、先輩。二巻の後半……ここです、ここ!!!」
堤に手渡された原作小説をぱらぱら捲って、俺はちょっと、固まってしまった。待って。待ってくれ待ってくれ。……げ、原作マジですかこれ────!!!???
「……え、嘘でしょ、このあと教師が生徒押し倒してるじゃん?」
「ですです。まぁ、ドラマなんで色々とエロいとこは飛ばしていくんでしょうが、あのあとエロいこと起きるんでそういうことを思わせる感じが正解ス」
「ないって! 教室で生徒とエロシーン!? ないって……!」
「ないけどあるんスよねー」
「あんなんで勃つかァ!?!? ムリムリムリムリ!!」
「あははー。先輩はふにゃふにゃでも大丈夫ッスよ。ドラマ版だと教師は[[rb:押し倒される側 > ネコ]]らしいですから」
「は?」
「あれ? 知らないんですか? このドラマの前評判だと先輩はネコちゃんだって話題になってるの……」
あの時の原作者の女の言葉をここで思い出す。
彼女はなんて言ったっけ?
『どうせ何したって原作とはイメージが違うって炎上するんだから、この際ですね、ドラマ版はドラマ版で勝負してもいいかと思いまして』
「────堤、お前[[rb:あっち > 制作]]側に一枚も二枚も噛んでるだろ?」
「わははははは! わかります!? だって僕原作ファンなんすよ!? こんな面白い現場マジでもうレアですもん! はりきってお仕事しちゃいますってー」
「あーくっそ! 降板はしねぇって決めちまったもんな……このままやるしかねーか……原作との喧嘩……っ」
────まんまとハメられてんだわ! うちの事務所ごと丸め込まれてgoサインでてるだろうこれは。
炎上ありだわ、ハナからそのつもりのキャスティングだわ、脚本は変更だわ、これ。
おかしいと思った! もともとそういう方向性で決まってた話なんだろう。
俺じゃないとダメなのってつまりそういうこと……!
うんざりとした心持ちで確信犯の堤を睨めば、お手上げのポーズで返される。
「怒っちゃやですよーう!」
「堤ーてめーなぁぁぁぁ! クランクアップしたら一発殴る!」
「え────!? でも先輩だってさっきのシーンで役にハマってたでしょ?」
「……うっ」
「気持ちよかった癖に」
あの瞬間のことを思い出して言葉に詰まる。
役に俺が重なった瞬間の高揚と気持ちの良さ────。
役者っていうのはあれにハマった時の快感を誰よりもよく知っている人種だと俺は思う。
だからこそ、この仕事を続けてきたとも言えるのだが。
役として告白されたときにあれがキたときは正直セックスや自慰なんかよりもひどい興奮状態になりかねないのだ。
「はっはっはっ! あ、それとですねぇ、現場の仕事の合間になんすけどーそろそろ初回放送の番宣もしないといけなくてですねぇー」
「………………」
「明後日の朝と昼と夕方の生放送で五分程度の番宣を高槻さん茅ヶ崎くんと八嶋先輩の三人で回ることになってますんでよろしくお願いしますねー」
「………………」
「もしもーし!?」
「…………やりたくねーなー…………」
はぁぁぁ、とこれ見よがしにマネージャーの堤に向かって大きくため息をついてやる。
スケジュールが押していた俺と茅ヶ崎のシーンは順調に撮影が進んでいて、あとは最終回の目玉でもある例の告白シーンを残す位だった。他の生徒役の若手と絡むシーンもすんなり撮り終えてしまったのは拍子抜けだったが、やっぱり俺とのシーンだけ茅ヶ崎の態度が違う気がする。なんとなく、だが。
ちら、と堤を見ればびっくりした顔で俺を見ていた。
あんまりこういったわがままを言わない俺だと知っているからだろう。堤とは学生時代からの付き合いもあるので俺のマネージャーにこいつが付いててくれるのは非常に助かっているし、俺の癖や扱いもこいつになら任せていいと思っている。
やりたくないなんて、いやまぁお仕事ならそうも言ってらんないことくらい俺だってわかってるって心配すんなよ堤くん。ははは。……はぁ。
「番宣ってあれだろぉ? 生で無茶振りされるだろぉ? ぜってー茅ヶ崎と高槻さんと絡み演出あるでしょ────……やりたくねー!」
「先輩わがまま言わない!」
「はいはい。んで朝昼夕方の情報番組だけ? 夜のバラエティーとかほんと無理だよ俺。超平凡俳優だしさーぁ!」
「そっちは若手の子たちが担当しますんで先輩は心配しないでいいすよ」
「あーね……適材適所ね……そしたら番宣はフットワーク軽い若手に任せとけよ……はぁ、まぁ……高槻さんも一緒ならまだマシか」
「多分主役の茅ヶ崎くんメインで話振られると思うんでフォローをお二人でって感じすね……」
「ええ、あいつにフォローいるかァ!?」
「念のためすね」
「いらんでしょ……あいつバケモンだし……本番一番そつなくこなすじゃん、舞台役者向きでしょあれは」
「ははは、いやー! 茅ヶ崎くん肝座ってるって聞いてましたけど、あそこまでとは恐れ入りましたねぇ!!」
「────なーんであいつ俺にばっか塩対応なんかねー?」
「え、そりゃ思春期のオトコノコだからでしょう、茅ヶ崎くん」
「は?」
「……あー、詳しくは本人に聞いてみたらどうっすか。教えてくれるかどうかは賭けですけど」
「茅ヶ崎の塩対応の謎を!?」
「案外八嶋先輩がもっと俺に優しくしてくれって言ったらそうしてくれそうスけどね?」
「……うっそだーぁ!」
あの茅ヶ崎が俺に優しくなるとこなんか全然想像できない。
にこりともしない茅ヶ崎の顔しか思い浮かばず、その日の休憩時間は無為に過ぎていった。
その後の予定のシーンが思ったよりもトントン拍子に撮影が終わり、事務所からの連絡が入った堤がマネージャーらしくそそくさと席を立つのを見送る。どうやら今日は深夜まで撮影がずれることもなく終われるようだ。
「八嶋さんはマネージャーさんとは随分仲がいいんですね」
出番待ちの時間は暇だ。今日の監督は機嫌が良さそうだな、とぼんやりしていたら背後から覗き込まれるように茅ヶ崎の声が降ってきた。
「そりゃ、一緒にお仕事する同志だからな。……なになに、茅ヶ崎はマネージャーと仲良くやってねーの?」
「良くも悪くもないです。同志、というのがわからないけど」
「いいじゃん女子マネージャー。ツンケンせずに優しくしとけよ」
「……優しく?」
────こんな風にですか。
肩越しにぬるい体温を感じて……トクリ、心臓が大きく跳ねた。
後ろから抱きつかれて知る不意打ちの他人の熱に内心ビビりつつ、おいおいどしたどした[[rb:隼人ー > はやとーぉ]]、と軽く返してやる。茅ヶ崎の無茶振りにそつのない対応できる俺、すごい役者だと思うなぁマジで。
「……近くない?」
「そうですか? こんなもんですよ」
「いやいやいや……ないでしょ……」
「これくらいしないと意識してくれない癖に」
「は?」
「こうでもしないと俺、あんたの眼中に入んない……」
拗ねたような口振りに俺は思わず茅ヶ崎を振り仰いで見てしまう。
ああ綺麗、だな。平凡俳優の俺とはやっぱり造りが違う。
俺にだけ塩対応の茅ヶ崎は相変わらずで、スタッフも共演者もすっかりそれに慣れてしまった。慣れてないのは俺だけだろうか。
(だってこれに慣れたって意味がない)
(もうすぐ[[rb:終わる > クランクアップ]]じゃん)
「大丈夫だろ」
その意味を知ってどうする。
それから。これから。どれから。
なにから────とっ散らかったそれをどういう順序で片付けていけばいいんだろう。
放っておいた問題はその辺に積んである。
手のつけ方がわからんから置いてるだけだが、置いて、眺めているだけで何の解決にもなっていない────。
「大丈夫だって。ちゃんと見てるから」
役者の茅ヶ崎隼人を見てる。
……見てない振りはするけどな。
「お前も俺だけ見とけよ?」
だって恥ずかしいだろうが。
一回りも違う若いお前に色々と負けるの悔しいとか、そういうの。
頑張って隠して飲み込んで、笑って見せるから。
大人の、経験者の、余裕とか、狡さとか、俺がお前に教えてやるから。
余すことなく全部全部飲み込んで噛み砕いてお前の糧にしていってくれよ。
「茅ヶ崎」
外面の良さは折り紙つきの俺の役者力に騙されていてくれよ、な?
[[rb:お前になんかにちっとも揺らされてない俺 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・]]をどうにか最後まで演じさせてくれ。
……
続く
……
[newpage]
────────────────
【名鑑】 茅ヶ崎隼人 ちがさきはやと ①
────────────────
ティーン向け雑誌の読者モデルから芸能界にスカウトされ、大手プロダクションに所属。若手俳優の登竜門である特撮ドラマで端役デビューしたのが18歳の時。その後朝ドラのヒロインの相手の青年時代役を熱演し、若手俳優として華々しく活動をし始める。
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人物紹介
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八嶋尚之 やしまなおゆき 32歳 平凡俳優。やわらかい印象のぱっとしない平凡優男。ドラマ版『砂糖漬けの恋』ゲイ教師役。
茅ヶ崎隼人 ちがさきはやと 20歳 若手俳優。演技派のイケメン。爽やか真面目系に見えるが……。相手役の生徒で親友の息子。
堤健治 つつみけんじ 30歳 八嶋のマネージャーで大学時代の後輩。細マッチョ。
監督 かんとく。五十代男性。業界歴は長い。
小山内夢 おさないゆめ。二十代女性。ドラマ化原作漫画『砂糖漬けの恋』の原作者。
高槻章仁 たかつきあきひと 31歳 舞台俳優。今回は親友役に抜擢。
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[chapter:ミスキャスト!? ④平凡俳優は若手有望株を騙したい]
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機材のチェックやら現場の打ち合わせやらで少しだけ長めの休憩に入るのは演じる役者としても気持ちが楽だ。ワンシーンの撮影が1日がかりという場合も少なくはない。
「ンア゛ァ゛────……! 思い出すだけでグワァ────ってなる!! なんかもう肌で理解したわ……あれが生のヤンデレというやつか……! [[rb:茅ヶ崎隼人 > ちがさきはやと]]、恐ろしい子……!」
「ちっがいますって、あれは溺愛です溺愛! 原作をちゃんと読めば[[rb:茅ヶ崎 > ちがさき]]くんの演技がマジモンだって[[rb:八嶋 > やしま]]先輩も納得すんじゃないスかねー」
しれっと自分の楽屋に戻った俺と[[rb:堤 > つつみ]]が今日の茅ヶ崎の演技について意見を交わすはめになっているのは、あのシーンの俺の演技が求められていた答えとズレてたってことに尽きるのだが……まったく俺には理解が追い付かない。
────茅ヶ崎のあれ……無茶苦茶怖かったが?
怯えた俺の表情はダメ出しをされ、今日は俺が何度もシーンを撮り直しさせてしまった。
茅ヶ崎は最後まで俺に付き合ってくれたが毎回鬼気迫る茅ヶ崎にビビってヤバかった、というのが現実だ。
わかりますよ、はいはい。先日の件で茅ヶ崎を煽りすぎた俺が悪い。なにもあそこまで仕上げてくることもないんじゃないの?! くっそ、新人は伸び代があるから突然化けるのが怖いんだよ。
「台本だとあそこでシーンぶった切ってたけど、そもそも原作寄りだと今日の場面、教師ってどういう反応するもんなの?」
「お、原作ありますから読んでみます? はい、先輩。二巻の後半……ここです、ここ!!!」
堤に手渡された原作小説をぱらぱら捲って、俺はちょっと、固まってしまった。待って。待ってくれ待ってくれ。……げ、原作マジですかこれ────!!!???
「……え、嘘でしょ、このあと教師が生徒押し倒してるじゃん?」
「ですです。まぁ、ドラマなんで色々とエロいとこは飛ばしていくんでしょうが、あのあとエロいこと起きるんでそういうことを思わせる感じが正解ス」
「ないって! 教室で生徒とエロシーン!? ないって……!」
「ないけどあるんスよねー」
「あんなんで勃つかァ!?!? ムリムリムリムリ!!」
「あははー。先輩はふにゃふにゃでも大丈夫ッスよ。ドラマ版だと教師は[[rb:押し倒される側 > ネコ]]らしいですから」
「は?」
「あれ? 知らないんですか? このドラマの前評判だと先輩はネコちゃんだって話題になってるの……」
あの時の原作者の女の言葉をここで思い出す。
彼女はなんて言ったっけ?
『どうせ何したって原作とはイメージが違うって炎上するんだから、この際ですね、ドラマ版はドラマ版で勝負してもいいかと思いまして』
「────堤、お前[[rb:あっち > 制作]]側に一枚も二枚も噛んでるだろ?」
「わははははは! わかります!? だって僕原作ファンなんすよ!? こんな面白い現場マジでもうレアですもん! はりきってお仕事しちゃいますってー」
「あーくっそ! 降板はしねぇって決めちまったもんな……このままやるしかねーか……原作との喧嘩……っ」
────まんまとハメられてんだわ! うちの事務所ごと丸め込まれてgoサインでてるだろうこれは。
炎上ありだわ、ハナからそのつもりのキャスティングだわ、脚本は変更だわ、これ。
おかしいと思った! もともとそういう方向性で決まってた話なんだろう。
俺じゃないとダメなのってつまりそういうこと……!
うんざりとした心持ちで確信犯の堤を睨めば、お手上げのポーズで返される。
「怒っちゃやですよーう!」
「堤ーてめーなぁぁぁぁ! クランクアップしたら一発殴る!」
「え────!? でも先輩だってさっきのシーンで役にハマってたでしょ?」
「……うっ」
「気持ちよかった癖に」
あの瞬間のことを思い出して言葉に詰まる。
役に俺が重なった瞬間の高揚と気持ちの良さ────。
役者っていうのはあれにハマった時の快感を誰よりもよく知っている人種だと俺は思う。
だからこそ、この仕事を続けてきたとも言えるのだが。
役として告白されたときにあれがキたときは正直セックスや自慰なんかよりもひどい興奮状態になりかねないのだ。
「はっはっはっ! あ、それとですねぇ、現場の仕事の合間になんすけどーそろそろ初回放送の番宣もしないといけなくてですねぇー」
「………………」
「明後日の朝と昼と夕方の生放送で五分程度の番宣を高槻さん茅ヶ崎くんと八嶋先輩の三人で回ることになってますんでよろしくお願いしますねー」
「………………」
「もしもーし!?」
「…………やりたくねーなー…………」
はぁぁぁ、とこれ見よがしにマネージャーの堤に向かって大きくため息をついてやる。
スケジュールが押していた俺と茅ヶ崎のシーンは順調に撮影が進んでいて、あとは最終回の目玉でもある例の告白シーンを残す位だった。他の生徒役の若手と絡むシーンもすんなり撮り終えてしまったのは拍子抜けだったが、やっぱり俺とのシーンだけ茅ヶ崎の態度が違う気がする。なんとなく、だが。
ちら、と堤を見ればびっくりした顔で俺を見ていた。
あんまりこういったわがままを言わない俺だと知っているからだろう。堤とは学生時代からの付き合いもあるので俺のマネージャーにこいつが付いててくれるのは非常に助かっているし、俺の癖や扱いもこいつになら任せていいと思っている。
やりたくないなんて、いやまぁお仕事ならそうも言ってらんないことくらい俺だってわかってるって心配すんなよ堤くん。ははは。……はぁ。
「番宣ってあれだろぉ? 生で無茶振りされるだろぉ? ぜってー茅ヶ崎と高槻さんと絡み演出あるでしょ────……やりたくねー!」
「先輩わがまま言わない!」
「はいはい。んで朝昼夕方の情報番組だけ? 夜のバラエティーとかほんと無理だよ俺。超平凡俳優だしさーぁ!」
「そっちは若手の子たちが担当しますんで先輩は心配しないでいいすよ」
「あーね……適材適所ね……そしたら番宣はフットワーク軽い若手に任せとけよ……はぁ、まぁ……高槻さんも一緒ならまだマシか」
「多分主役の茅ヶ崎くんメインで話振られると思うんでフォローをお二人でって感じすね……」
「ええ、あいつにフォローいるかァ!?」
「念のためすね」
「いらんでしょ……あいつバケモンだし……本番一番そつなくこなすじゃん、舞台役者向きでしょあれは」
「ははは、いやー! 茅ヶ崎くん肝座ってるって聞いてましたけど、あそこまでとは恐れ入りましたねぇ!!」
「────なーんであいつ俺にばっか塩対応なんかねー?」
「え、そりゃ思春期のオトコノコだからでしょう、茅ヶ崎くん」
「は?」
「……あー、詳しくは本人に聞いてみたらどうっすか。教えてくれるかどうかは賭けですけど」
「茅ヶ崎の塩対応の謎を!?」
「案外八嶋先輩がもっと俺に優しくしてくれって言ったらそうしてくれそうスけどね?」
「……うっそだーぁ!」
あの茅ヶ崎が俺に優しくなるとこなんか全然想像できない。
にこりともしない茅ヶ崎の顔しか思い浮かばず、その日の休憩時間は無為に過ぎていった。
その後の予定のシーンが思ったよりもトントン拍子に撮影が終わり、事務所からの連絡が入った堤がマネージャーらしくそそくさと席を立つのを見送る。どうやら今日は深夜まで撮影がずれることもなく終われるようだ。
「八嶋さんはマネージャーさんとは随分仲がいいんですね」
出番待ちの時間は暇だ。今日の監督は機嫌が良さそうだな、とぼんやりしていたら背後から覗き込まれるように茅ヶ崎の声が降ってきた。
「そりゃ、一緒にお仕事する同志だからな。……なになに、茅ヶ崎はマネージャーと仲良くやってねーの?」
「良くも悪くもないです。同志、というのがわからないけど」
「いいじゃん女子マネージャー。ツンケンせずに優しくしとけよ」
「……優しく?」
────こんな風にですか。
肩越しにぬるい体温を感じて……トクリ、心臓が大きく跳ねた。
後ろから抱きつかれて知る不意打ちの他人の熱に内心ビビりつつ、おいおいどしたどした[[rb:隼人ー > はやとーぉ]]、と軽く返してやる。茅ヶ崎の無茶振りにそつのない対応できる俺、すごい役者だと思うなぁマジで。
「……近くない?」
「そうですか? こんなもんですよ」
「いやいやいや……ないでしょ……」
「これくらいしないと意識してくれない癖に」
「は?」
「こうでもしないと俺、あんたの眼中に入んない……」
拗ねたような口振りに俺は思わず茅ヶ崎を振り仰いで見てしまう。
ああ綺麗、だな。平凡俳優の俺とはやっぱり造りが違う。
俺にだけ塩対応の茅ヶ崎は相変わらずで、スタッフも共演者もすっかりそれに慣れてしまった。慣れてないのは俺だけだろうか。
(だってこれに慣れたって意味がない)
(もうすぐ[[rb:終わる > クランクアップ]]じゃん)
「大丈夫だろ」
その意味を知ってどうする。
それから。これから。どれから。
なにから────とっ散らかったそれをどういう順序で片付けていけばいいんだろう。
放っておいた問題はその辺に積んである。
手のつけ方がわからんから置いてるだけだが、置いて、眺めているだけで何の解決にもなっていない────。
「大丈夫だって。ちゃんと見てるから」
役者の茅ヶ崎隼人を見てる。
……見てない振りはするけどな。
「お前も俺だけ見とけよ?」
だって恥ずかしいだろうが。
一回りも違う若いお前に色々と負けるの悔しいとか、そういうの。
頑張って隠して飲み込んで、笑って見せるから。
大人の、経験者の、余裕とか、狡さとか、俺がお前に教えてやるから。
余すことなく全部全部飲み込んで噛み砕いてお前の糧にしていってくれよ。
「茅ヶ崎」
外面の良さは折り紙つきの俺の役者力に騙されていてくれよ、な?
[[rb:お前になんかにちっとも揺らされてない俺 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・]]をどうにか最後まで演じさせてくれ。
……
続く
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【名鑑】 茅ヶ崎隼人 ちがさきはやと ①
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ティーン向け雑誌の読者モデルから芸能界にスカウトされ、大手プロダクションに所属。若手俳優の登竜門である特撮ドラマで端役デビューしたのが18歳の時。その後朝ドラのヒロインの相手の青年時代役を熱演し、若手俳優として華々しく活動をし始める。
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