錆びた指先。~大人なあんたとガキの俺の二重奏~

かたらぎヨシノリ

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ジゼル、大人とガキの二重奏

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 ジゼル
────────────────

 天上から降り注ぐスポットライト。
 光。ヒカリ。ひかり。
 光の海の中に漂っている観客の入り具合に気圧されそうで足が震える。

(────特設ステージの上、機材やらコードやらでゴチャゴチャで足ひっかけそう)

 混沌に光が差しているのをステージ袖でぼんやりと眺めた。俺の脇を忙しそうにスタッフが走っていく。
 百人のスタッフが行き来するキャパ一万くらいの比較的巨大なライブハウスだと聞いているけど、実際にストリートで歌うときより息が詰まる。歌うためだけにいる人間と歌を聞くためだけにいる人間との、需要と供給のバランスがとれてないからかもしれない。呼気と吸気。密閉された空間の中で必要とする酸素が十分取り込めない。
 あと、なんで建物の中で歌うのがステータスになるのかもわからない。

(閉鎖的で。いらない機材が増えて。なんでそんなんが大事なのだろう。商売だから? そんなんなくったって十分歌えるのに)

 ヒカリから外れたところで一人そんなことを考えている俺はやはりどこか自分が音楽屋(ミュージシャン)だとかいう自覚が出来てないらしい。だいたい、鳴かず飛ばずのそんなバンドは火がつくのも早いが、廃れるのも早いってことは俺だってわかってる。

(でもまぁだからって別にどうでもいいんだけど)

 一万人が一人だって俺にとっては同じだから。俺たちについてこれる奴だけついてくればいい。受け入れて好きになっていっしょに音楽で死んでくれ。
 それに歌なんて一番基本的なものだけでいいと思う俺は、決してここで歌うべき人間なんかじゃない。
 歌う体さえあればそれでいい。

(金とか利益とかそんなの別に知らなくてもいい。飾り気のないナマの歌だけで勝負したい)

 ライブなんだから外で本物の空気を通してやればいいのに。野音。そのほうが絶対いい。環境なんか、別にどうでもいいのに。ヤケに設定温度低い、人工的な空気は、俺の喉をいためつけるだけだし。

「聴いてくれるお客様の為の環境作りだから、我慢しなよ、それくらい」 

 はっ、て鼻で笑いながらサポートメンバーとして入ってる青い瞳の奴がベースの弦を弾く。ソレが心地よくて、余計いらつく。なんであんたがいるの、俺たち二人の居場所に。いいたい文句を飲み込んで、俺はイラッとした気持ちを深呼吸で腹のなかに一旦押さえ込んでやった。
 俺の相棒で恋人で最愛で最高のジゼルのリーダーでベーシストの奈義はすぐ後ろで愛用の黒いベースを入念にチューニングしている。さすが奈義。土屋真幸のことなど鼻から見えていないようだ。
 俺には視界にうるさい男にしか見えなくて閉口している。
 髪は黒いのに、どことなく異国を感じさせるのは青い瞳だけじゃなくて、背の高さとか、顔立ち、あとは存在感が原因だろう。ああ、そうだ、ハーフだってのも、要因の一つだろう。そう言われるのが嫌いだという真幸だけど、こればっかりはしょうがない。
 だって、ハーフだから。

「……何、またごねてんの? そっちのオヒメサマは」

 横からぬっと顔を出したのは、金髪の男。彼もサポートメンバー。地毛ではない、もとから色素の薄い髪を染めて、本当の英国人になりきっているのはギタリストで真幸の弟の恭介だ。
 俺たち四人の中では群を抜いて背が高い。何度か顔を会わせたときも煙草をふかしてる姿しか思い出せないくらいのヘビースモーカーで、いつもセーラムの臭いがする。

「……外で煙草吸って来たの?」 
「いいじゃん。これから二、三時間は吸えねぇんだからさ」
「馬鹿。いいかげん、本数減らさないと死ぬよ」
「はは。人間なんて等しくいつか死んじまうじゃねぇか」
「恭介?」
「────あいよ」

 兄弟仲良く軽口叩きあう二人をぼんやりと眺めていたら、急に奈義の手が俺の髪をぐちゃぐちゃに乱した。

「……何」

 俺の声がやけに穏やかになると二人の笑いを誘うだけだって知っている。

「余所見すんなよ、行くぞ」

 ────何処へ?
 奈義はいつものぶすくれた乾いた声で、言う。

「戦場」

 ────準備はいいだろ?
 囁くように笑う二人は既に武器であるギターもベースも手にして。

「──行くよ、新生ジゼルの初陣式!」

 そうやって当たり前のように勝ち確定の声で叫ぶから、俺はそれについていかざるをえなくなる。
 光の中に飲み込まれていく大人の背中。
 後戻りは出来ないとわかっていながら逃げたくなるくらい俺が弱いのを大人たちは知っている。だから、逃げられないところまで追い詰めてくれる。それがいつまでもガキの俺への大人たちの優しさであり、ずるさでもあると思う。

 深呼吸、ひとつ。

 俺は悔しいくらい眩しい大人たちの背中を追い掛けて、光の中に飛び込んだ。

【了】
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