19 / 19
ジゼル、大人とガキの二重奏
19
しおりを挟む
────────────────
ジゼル
────────────────
天上から降り注ぐスポットライト。
光。ヒカリ。ひかり。
光の海の中に漂っている観客の入り具合に気圧されそうで足が震える。
(────特設ステージの上、機材やらコードやらでゴチャゴチャで足ひっかけそう)
混沌に光が差しているのをステージ袖でぼんやりと眺めた。俺の脇を忙しそうにスタッフが走っていく。
百人のスタッフが行き来するキャパ一万くらいの比較的巨大なライブハウスだと聞いているけど、実際にストリートで歌うときより息が詰まる。歌うためだけにいる人間と歌を聞くためだけにいる人間との、需要と供給のバランスがとれてないからかもしれない。呼気と吸気。密閉された空間の中で必要とする酸素が十分取り込めない。
あと、なんで建物の中で歌うのがステータスになるのかもわからない。
(閉鎖的で。いらない機材が増えて。なんでそんなんが大事なのだろう。商売だから? そんなんなくったって十分歌えるのに)
ヒカリから外れたところで一人そんなことを考えている俺はやはりどこか自分が音楽屋(ミュージシャン)だとかいう自覚が出来てないらしい。だいたい、鳴かず飛ばずのそんなバンドは火がつくのも早いが、廃れるのも早いってことは俺だってわかってる。
(でもまぁだからって別にどうでもいいんだけど)
一万人が一人だって俺にとっては同じだから。俺たちについてこれる奴だけついてくればいい。受け入れて好きになっていっしょに音楽で死んでくれ。
それに歌なんて一番基本的なものだけでいいと思う俺は、決してここで歌うべき人間なんかじゃない。
歌う体さえあればそれでいい。
(金とか利益とかそんなの別に知らなくてもいい。飾り気のないナマの歌だけで勝負したい)
ライブなんだから外で本物の空気を通してやればいいのに。野音。そのほうが絶対いい。環境なんか、別にどうでもいいのに。ヤケに設定温度低い、人工的な空気は、俺の喉をいためつけるだけだし。
「聴いてくれるお客様の為の環境作りだから、我慢しなよ、それくらい」
はっ、て鼻で笑いながらサポートメンバーとして入ってる青い瞳の奴がベースの弦を弾く。ソレが心地よくて、余計いらつく。なんであんたがいるの、俺たち二人の居場所に。いいたい文句を飲み込んで、俺はイラッとした気持ちを深呼吸で腹のなかに一旦押さえ込んでやった。
俺の相棒で恋人で最愛で最高のジゼルのリーダーでベーシストの奈義はすぐ後ろで愛用の黒いベースを入念にチューニングしている。さすが奈義。土屋真幸のことなど鼻から見えていないようだ。
俺には視界にうるさい男にしか見えなくて閉口している。
髪は黒いのに、どことなく異国を感じさせるのは青い瞳だけじゃなくて、背の高さとか、顔立ち、あとは存在感が原因だろう。ああ、そうだ、ハーフだってのも、要因の一つだろう。そう言われるのが嫌いだという真幸だけど、こればっかりはしょうがない。
だって、ハーフだから。
「……何、またごねてんの? そっちのオヒメサマは」
横からぬっと顔を出したのは、金髪の男。彼もサポートメンバー。地毛ではない、もとから色素の薄い髪を染めて、本当の英国人になりきっているのはギタリストで真幸の弟の恭介だ。
俺たち四人の中では群を抜いて背が高い。何度か顔を会わせたときも煙草をふかしてる姿しか思い出せないくらいのヘビースモーカーで、いつもセーラムの臭いがする。
「……外で煙草吸って来たの?」
「いいじゃん。これから二、三時間は吸えねぇんだからさ」
「馬鹿。いいかげん、本数減らさないと死ぬよ」
「はは。人間なんて等しくいつか死んじまうじゃねぇか」
「恭介?」
「────あいよ」
兄弟仲良く軽口叩きあう二人をぼんやりと眺めていたら、急に奈義の手が俺の髪をぐちゃぐちゃに乱した。
「……何」
俺の声がやけに穏やかになると二人の笑いを誘うだけだって知っている。
「余所見すんなよ、行くぞ」
────何処へ?
奈義はいつものぶすくれた乾いた声で、言う。
「戦場」
────準備はいいだろ?
囁くように笑う二人は既に武器であるギターもベースも手にして。
「──行くよ、新生ジゼルの初陣式!」
そうやって当たり前のように勝ち確定の声で叫ぶから、俺はそれについていかざるをえなくなる。
光の中に飲み込まれていく大人の背中。
後戻りは出来ないとわかっていながら逃げたくなるくらい俺が弱いのを大人たちは知っている。だから、逃げられないところまで追い詰めてくれる。それがいつまでもガキの俺への大人たちの優しさであり、ずるさでもあると思う。
深呼吸、ひとつ。
俺は悔しいくらい眩しい大人たちの背中を追い掛けて、光の中に飛び込んだ。
【了】
ジゼル
────────────────
天上から降り注ぐスポットライト。
光。ヒカリ。ひかり。
光の海の中に漂っている観客の入り具合に気圧されそうで足が震える。
(────特設ステージの上、機材やらコードやらでゴチャゴチャで足ひっかけそう)
混沌に光が差しているのをステージ袖でぼんやりと眺めた。俺の脇を忙しそうにスタッフが走っていく。
百人のスタッフが行き来するキャパ一万くらいの比較的巨大なライブハウスだと聞いているけど、実際にストリートで歌うときより息が詰まる。歌うためだけにいる人間と歌を聞くためだけにいる人間との、需要と供給のバランスがとれてないからかもしれない。呼気と吸気。密閉された空間の中で必要とする酸素が十分取り込めない。
あと、なんで建物の中で歌うのがステータスになるのかもわからない。
(閉鎖的で。いらない機材が増えて。なんでそんなんが大事なのだろう。商売だから? そんなんなくったって十分歌えるのに)
ヒカリから外れたところで一人そんなことを考えている俺はやはりどこか自分が音楽屋(ミュージシャン)だとかいう自覚が出来てないらしい。だいたい、鳴かず飛ばずのそんなバンドは火がつくのも早いが、廃れるのも早いってことは俺だってわかってる。
(でもまぁだからって別にどうでもいいんだけど)
一万人が一人だって俺にとっては同じだから。俺たちについてこれる奴だけついてくればいい。受け入れて好きになっていっしょに音楽で死んでくれ。
それに歌なんて一番基本的なものだけでいいと思う俺は、決してここで歌うべき人間なんかじゃない。
歌う体さえあればそれでいい。
(金とか利益とかそんなの別に知らなくてもいい。飾り気のないナマの歌だけで勝負したい)
ライブなんだから外で本物の空気を通してやればいいのに。野音。そのほうが絶対いい。環境なんか、別にどうでもいいのに。ヤケに設定温度低い、人工的な空気は、俺の喉をいためつけるだけだし。
「聴いてくれるお客様の為の環境作りだから、我慢しなよ、それくらい」
はっ、て鼻で笑いながらサポートメンバーとして入ってる青い瞳の奴がベースの弦を弾く。ソレが心地よくて、余計いらつく。なんであんたがいるの、俺たち二人の居場所に。いいたい文句を飲み込んで、俺はイラッとした気持ちを深呼吸で腹のなかに一旦押さえ込んでやった。
俺の相棒で恋人で最愛で最高のジゼルのリーダーでベーシストの奈義はすぐ後ろで愛用の黒いベースを入念にチューニングしている。さすが奈義。土屋真幸のことなど鼻から見えていないようだ。
俺には視界にうるさい男にしか見えなくて閉口している。
髪は黒いのに、どことなく異国を感じさせるのは青い瞳だけじゃなくて、背の高さとか、顔立ち、あとは存在感が原因だろう。ああ、そうだ、ハーフだってのも、要因の一つだろう。そう言われるのが嫌いだという真幸だけど、こればっかりはしょうがない。
だって、ハーフだから。
「……何、またごねてんの? そっちのオヒメサマは」
横からぬっと顔を出したのは、金髪の男。彼もサポートメンバー。地毛ではない、もとから色素の薄い髪を染めて、本当の英国人になりきっているのはギタリストで真幸の弟の恭介だ。
俺たち四人の中では群を抜いて背が高い。何度か顔を会わせたときも煙草をふかしてる姿しか思い出せないくらいのヘビースモーカーで、いつもセーラムの臭いがする。
「……外で煙草吸って来たの?」
「いいじゃん。これから二、三時間は吸えねぇんだからさ」
「馬鹿。いいかげん、本数減らさないと死ぬよ」
「はは。人間なんて等しくいつか死んじまうじゃねぇか」
「恭介?」
「────あいよ」
兄弟仲良く軽口叩きあう二人をぼんやりと眺めていたら、急に奈義の手が俺の髪をぐちゃぐちゃに乱した。
「……何」
俺の声がやけに穏やかになると二人の笑いを誘うだけだって知っている。
「余所見すんなよ、行くぞ」
────何処へ?
奈義はいつものぶすくれた乾いた声で、言う。
「戦場」
────準備はいいだろ?
囁くように笑う二人は既に武器であるギターもベースも手にして。
「──行くよ、新生ジゼルの初陣式!」
そうやって当たり前のように勝ち確定の声で叫ぶから、俺はそれについていかざるをえなくなる。
光の中に飲み込まれていく大人の背中。
後戻りは出来ないとわかっていながら逃げたくなるくらい俺が弱いのを大人たちは知っている。だから、逃げられないところまで追い詰めてくれる。それがいつまでもガキの俺への大人たちの優しさであり、ずるさでもあると思う。
深呼吸、ひとつ。
俺は悔しいくらい眩しい大人たちの背中を追い掛けて、光の中に飛び込んだ。
【了】
0
お気に入りに追加
3
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる