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アリタユズル、あるいは大人とガキの間に居座るタブー。
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アリタユズル、あるいは大人とガキの間に居座るタブーについて。
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「伝説のバンド『HELL BLAND』。土屋真幸と土屋恭介の兄弟と無名の新人で組んだ異色ユニット。三年前に彗星のように現れて、シングル五枚、アルバム一枚を出して、活動期間一年でその姿を消した。後に土屋サイドからは期間限定のバンドだったと公表、ユニットは解散。それから二年、土屋真幸、恭介は業界からも姿を消す。────と、まあ俺が知ってるのはこんなところだけど? 他に聞きたいことあるのか?」
「……俺だって、HELL BLANDくらい聞いたことあるよ。────それより、なんで今日事務所来なかったの」
夜になってようやく奈義は帰って来た。土屋真幸のことを話すと、眉間にシワを寄せただけで興味なさそうに鼻で笑った。
『いわくつきだからな、土屋真幸は』
なんだよそれなんなんだよわかんないよ俺がわかるように説明しろよ、矢継ぎ早に咎めて奈義はうんざりしながらも土屋真幸についての情報を教えてくれた。
「……別にお前にどこに行くとか報告しなきゃいけないってことはないだろう」
「奈義、でも菅元も社長も心配してたのに……」
「俺のプライベート。俺のプライバシー。こう言や満足か、ナル」
違う。そう言えたらどれだけ楽になれただろう。現実は、何も言い返せずに押し黙るしかなかった。
(────まだ、ダメなんだろうか)
俺は薄々感づいている。だけど、確証がないし奈義が隠したがる理由もわからない。
「わかった。プライベートには立ち入らない。でも、土屋真幸と仕事、するの?」
「するもなにも、俺たちに断れる理由はないだろう。成績残せて無いんだから、嫌だって言っても……やるしかないだろう」
「……」
奈義はそれでいいのだろうか。
言えない言葉だけが胸の中に降り積もる。
(一緒に仕事出来るの?)
一番辛いのは奈義だ。菅元も言っていたように奈義と土屋真幸の間には因縁がある。奈義は土屋真幸にかつて仕事という仕事を取られていたし、土屋真幸が業界から消えていたこの二年は奈義が彼の仕事を取っていた。だが、土屋真幸が再び活動を始めたとなれば、また奈義の仕事は涸渇するに違いない。
「……俺は、無理だよ」
ソファに倒れ込んだ奈義が横目で俺を睨む。疲れきった表情。
「あの人怖い」
昔聞いた土屋真幸の音。いつまでも風化しない、痛み。絶望と、焦燥。目標が高過ぎて手が届かない。
俺はわかっている。あの人の前では俺の嘘は通用しない。心の中、綺麗に暴かれてしまう。
(そうしたら、俺は奈義の隣りで歌えない)
一人になって俺はどうやって生きて行けばいい?
わからない。……わかりたくない。
「ナル?」
リビングの壁際に立ち尽くしたままの俺をいぶかしむように奈義が半身を起こす。奈義は相変わらず顔色が悪い。
「……どうした? 今日、事務所で何かあったのか」
奈義が本気で心配してくれてるのはなんとなくわかった。
(……怖い)
思わず口をついた自分の言葉に俺は驚いていた。何度も何度も胸中で繰り返し言葉を噛み砕いて、ようやく納得する。
怖いんだ。
土屋真幸が。
憧れて、太陽くらいに輝いて絶対に触れられない存在だったあの人が、現実俺の前に現れて、嬉しいのと同時に、怖かった。
(ナマで生きてて、)
遠慮なく、俺を、あの人は支配してしまうだろう。
四年前のあの日、音楽だけで俺を支配してしまったように。
「────奈義」
俺は、あの日からずっと、土屋真幸に捕われ続けていた。
「……………も、やだ」
なんでだろう。どうしてこうなったんだろう。ああ、全部全部俺が悪い。勝手に救われた気になって憧れて追いかけて手に入ったら、怖くて、わがままで逃げ出して、いつまでもいつまでも、真正面から立ち向かう勇気もない。
「ナル?」
「なん、で……っ、俺────」
頭が真っ白になる。自分が何を口にしようとしているのか、わからなかった。こめかみ、血が上って血管がドクドク言うのが響いてる。
「終わりにしよう」
アリタユズル、あるいは大人とガキの間に居座るタブーについて。
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「伝説のバンド『HELL BLAND』。土屋真幸と土屋恭介の兄弟と無名の新人で組んだ異色ユニット。三年前に彗星のように現れて、シングル五枚、アルバム一枚を出して、活動期間一年でその姿を消した。後に土屋サイドからは期間限定のバンドだったと公表、ユニットは解散。それから二年、土屋真幸、恭介は業界からも姿を消す。────と、まあ俺が知ってるのはこんなところだけど? 他に聞きたいことあるのか?」
「……俺だって、HELL BLANDくらい聞いたことあるよ。────それより、なんで今日事務所来なかったの」
夜になってようやく奈義は帰って来た。土屋真幸のことを話すと、眉間にシワを寄せただけで興味なさそうに鼻で笑った。
『いわくつきだからな、土屋真幸は』
なんだよそれなんなんだよわかんないよ俺がわかるように説明しろよ、矢継ぎ早に咎めて奈義はうんざりしながらも土屋真幸についての情報を教えてくれた。
「……別にお前にどこに行くとか報告しなきゃいけないってことはないだろう」
「奈義、でも菅元も社長も心配してたのに……」
「俺のプライベート。俺のプライバシー。こう言や満足か、ナル」
違う。そう言えたらどれだけ楽になれただろう。現実は、何も言い返せずに押し黙るしかなかった。
(────まだ、ダメなんだろうか)
俺は薄々感づいている。だけど、確証がないし奈義が隠したがる理由もわからない。
「わかった。プライベートには立ち入らない。でも、土屋真幸と仕事、するの?」
「するもなにも、俺たちに断れる理由はないだろう。成績残せて無いんだから、嫌だって言っても……やるしかないだろう」
「……」
奈義はそれでいいのだろうか。
言えない言葉だけが胸の中に降り積もる。
(一緒に仕事出来るの?)
一番辛いのは奈義だ。菅元も言っていたように奈義と土屋真幸の間には因縁がある。奈義は土屋真幸にかつて仕事という仕事を取られていたし、土屋真幸が業界から消えていたこの二年は奈義が彼の仕事を取っていた。だが、土屋真幸が再び活動を始めたとなれば、また奈義の仕事は涸渇するに違いない。
「……俺は、無理だよ」
ソファに倒れ込んだ奈義が横目で俺を睨む。疲れきった表情。
「あの人怖い」
昔聞いた土屋真幸の音。いつまでも風化しない、痛み。絶望と、焦燥。目標が高過ぎて手が届かない。
俺はわかっている。あの人の前では俺の嘘は通用しない。心の中、綺麗に暴かれてしまう。
(そうしたら、俺は奈義の隣りで歌えない)
一人になって俺はどうやって生きて行けばいい?
わからない。……わかりたくない。
「ナル?」
リビングの壁際に立ち尽くしたままの俺をいぶかしむように奈義が半身を起こす。奈義は相変わらず顔色が悪い。
「……どうした? 今日、事務所で何かあったのか」
奈義が本気で心配してくれてるのはなんとなくわかった。
(……怖い)
思わず口をついた自分の言葉に俺は驚いていた。何度も何度も胸中で繰り返し言葉を噛み砕いて、ようやく納得する。
怖いんだ。
土屋真幸が。
憧れて、太陽くらいに輝いて絶対に触れられない存在だったあの人が、現実俺の前に現れて、嬉しいのと同時に、怖かった。
(ナマで生きてて、)
遠慮なく、俺を、あの人は支配してしまうだろう。
四年前のあの日、音楽だけで俺を支配してしまったように。
「────奈義」
俺は、あの日からずっと、土屋真幸に捕われ続けていた。
「……………も、やだ」
なんでだろう。どうしてこうなったんだろう。ああ、全部全部俺が悪い。勝手に救われた気になって憧れて追いかけて手に入ったら、怖くて、わがままで逃げ出して、いつまでもいつまでも、真正面から立ち向かう勇気もない。
「ナル?」
「なん、で……っ、俺────」
頭が真っ白になる。自分が何を口にしようとしているのか、わからなかった。こめかみ、血が上って血管がドクドク言うのが響いてる。
「終わりにしよう」
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