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電話、または留守電の用件を無視する大人とガキ。
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電話、あるいは留守電の用件を無視する大人とガキ。
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目が覚めたら、辺りは真っ暗でしばらく呆然とした。
暗闇に慣れてから、蛍光塗料で光る壁掛け時計の針で午前二時を過ぎた頃だとわかる。どうやら自分のアパートに戻っていたらしい。俺はベッドから起き上がり、肩に掛かっていた上掛けを手に取る。
(あれ?)
見覚えのないシャツだった。思わず匂いを嗅いでみる。……煙草臭い。
そうだ。あのカラオケで険悪な雰囲気に耐えられずに安い居酒屋になだれ込んだんだった。珍しく煙草をふかす奈義に俺は苛ついてた。俺が煙草嫌いだって知ってて今までは俺の前じゃ煙草を控えてくれてたのに、なんで、って突っ掛かったんだ。
(あ……)
俺はだるい体を引きずりながらベッドから降りて、リビングに続くドアを開ける。
暗闇の中、ソファに横たわる影があった。
「な……」
奈義、と声を掛けようとして思いとどまる。
奈義はソファの上で胎児のように膝を抱えて丸くなっていた。小さな寝息が暗いリビングに響いていた。
傍らにはギターがあった。そのアコギは、俺たちが出会う前から奈義が大事にしているもので、奈義の恋人みたいなものだ。
俺は奈義からギターを引き剥がすことは出来ない。奈義が俺から歌を取り上げることが出来ないように。
時々、そういうところで俺たちは似ていて、一番分かり合えないんだろうと思う。
おそらく、奈義がそうしてくれたように俺は奈義の上掛けを肩に掛けてやる。
もう夏が終わりかけているのか、夜が深くなるとやはり肌寒い。ここは安アパートだから壁も薄いし、秋口から冬にかけては隙間風も酷くなる。
────売れないバンドマンは、早めに夢から覚めた方がいいのかもしれない。
やつれた奈義の寝顔を見つめながら、俺は唇をかむ。
誰がなんと言おうが俺たちが売れないのは、俺のせいだった。
奈義のギターと売れる曲があれば奈義はこうして寒々しくアコギ抱いて眠ることもなかった。
特に歌の勉強もしてない俺より歌が上手い奴は死ぬほどいる。
「……なんで俺だったのかな」
奈義がいつだったか一人で所属事務所の社長に呼ばれたことがあった。マネージャーから後で話を聞いたら、引き抜きの話だったらしい。それもかなり有名なバンド。なのに、奈義はそれをあっさり断ったという。
『俺にはナルがいますから』
そうはっきり社長に告げたという奈義。
ナルちゃん愛されてるわね、なんてマネージャーは笑ったけど、やっぱり俺には理解出来なかった。
早く俺なんて見捨てて、売れちまえばいいのに。
どうしてそうやすやすとチャンスを溝に捨てられんだろう。
俺なんか疫病神なんだから、早く、早く、切っちまえばいいのに!
(あんたが一言いらないって言ってくれたら……)
俺は、喜んで歌を捨てる。消えろって言ってくれたら、喜んでいなくなるのに。
(俺の声が好きだって、奈義、言ってくれたけど)
それだけを頼りに、奈義に追いつくために頑張ってきたつもりだったけど、俺はやっぱりダメかもしんない。
どうしても、奈義のレベルには追いつけない。必然的に俺のレベルに合わせられた曲は、奈義のギターが光らないくらいくだらない曲ばかりだった。
天才な奈義とは違って、俺は凡人だ。でも努力だけはしてきた。してきた、つもりだった。
奈義と一緒にいるためには、努力はし続けなければならなかった。
「……頑張りすぎちまったのかな、俺」
誰に言うでもなく呟いてみる。
「……疲れちゃった」
馬鹿で無力で才能もないのに、奈義の隣にいたいってだけのわがままで、ここまでやってきたけど。
────ここらが潮時なのかもしれない。
今までいいかげんに生きてきたけど、奈義とジゼル組んでからの四年間は違った。俺に歌うことの楽しさとか、音楽のすごさを教えてくれたのは奈義だったし、あの時、土屋真幸の音がきっかけで奈義と出会って、よかったとも思う。
でも、奈義は?
もしかしたら、俺と会って、貧乏くじ引いたって思ってたら、どうしよう。
(……奈義)
いつか。そう、いつかは離れ離れになって、最終的に奈義はソロで売れるだろう。
売れるために俺が奈義の隣にいちゃだめなことはわかってる。
(でも)
俺が、世界中で一番初めに奈義の音楽を聞いてたい。
孤独で。
力強く。
胸に染みる、ギター。
技巧だけじゃなく、
魂がそこにある。
なによりも、俺は奈義が好きなんだろう。
奈義のギターが。
音楽に真正面から向き合う姿勢が。
がむしゃらに、貫く魂が。
苛烈な光に目を閉じるみたいに、時々、顔を背けなきゃ隣にいられないけど。
(好き)
骨張った指先。長くて、武骨なその指から、生まれる音。
はじめて奈義のギターを聞いた時、体が震えて死にそうになった。
(あんたの音には、俺以外の声が一番合うんだろうけど)
そこまで考えて、頭を振る。今更、なにを考えてるんだ。俺は。
飲みなれないアルコールのせいでこんなことを考えてしまうんだろう。
早く、アルコールを飛ばしてまともな思考回路を取り戻さないと。
リビングから戻って、少しは眠ろうとベッドに潜り込む。矢先、暗闇の中で何かが光った。
見ると、サイドテーブルに投げ出したままのスマホの着信ランプの青い光が点滅している。
サイレントモードにしてあるので音が鳴らない携帯を開くとマネージャーからの着信だった。こんな時間に珍しいと思っていると、俺が出る前に電話は切れてしまった。
なんとなく、用件が気にはなったが俺からかけるのも面倒だったしとにかく眠くて電話掛け直すのは起きてからでいいだろ、と俺は目を閉じた。
電話、あるいは留守電の用件を無視する大人とガキ。
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目が覚めたら、辺りは真っ暗でしばらく呆然とした。
暗闇に慣れてから、蛍光塗料で光る壁掛け時計の針で午前二時を過ぎた頃だとわかる。どうやら自分のアパートに戻っていたらしい。俺はベッドから起き上がり、肩に掛かっていた上掛けを手に取る。
(あれ?)
見覚えのないシャツだった。思わず匂いを嗅いでみる。……煙草臭い。
そうだ。あのカラオケで険悪な雰囲気に耐えられずに安い居酒屋になだれ込んだんだった。珍しく煙草をふかす奈義に俺は苛ついてた。俺が煙草嫌いだって知ってて今までは俺の前じゃ煙草を控えてくれてたのに、なんで、って突っ掛かったんだ。
(あ……)
俺はだるい体を引きずりながらベッドから降りて、リビングに続くドアを開ける。
暗闇の中、ソファに横たわる影があった。
「な……」
奈義、と声を掛けようとして思いとどまる。
奈義はソファの上で胎児のように膝を抱えて丸くなっていた。小さな寝息が暗いリビングに響いていた。
傍らにはギターがあった。そのアコギは、俺たちが出会う前から奈義が大事にしているもので、奈義の恋人みたいなものだ。
俺は奈義からギターを引き剥がすことは出来ない。奈義が俺から歌を取り上げることが出来ないように。
時々、そういうところで俺たちは似ていて、一番分かり合えないんだろうと思う。
おそらく、奈義がそうしてくれたように俺は奈義の上掛けを肩に掛けてやる。
もう夏が終わりかけているのか、夜が深くなるとやはり肌寒い。ここは安アパートだから壁も薄いし、秋口から冬にかけては隙間風も酷くなる。
────売れないバンドマンは、早めに夢から覚めた方がいいのかもしれない。
やつれた奈義の寝顔を見つめながら、俺は唇をかむ。
誰がなんと言おうが俺たちが売れないのは、俺のせいだった。
奈義のギターと売れる曲があれば奈義はこうして寒々しくアコギ抱いて眠ることもなかった。
特に歌の勉強もしてない俺より歌が上手い奴は死ぬほどいる。
「……なんで俺だったのかな」
奈義がいつだったか一人で所属事務所の社長に呼ばれたことがあった。マネージャーから後で話を聞いたら、引き抜きの話だったらしい。それもかなり有名なバンド。なのに、奈義はそれをあっさり断ったという。
『俺にはナルがいますから』
そうはっきり社長に告げたという奈義。
ナルちゃん愛されてるわね、なんてマネージャーは笑ったけど、やっぱり俺には理解出来なかった。
早く俺なんて見捨てて、売れちまえばいいのに。
どうしてそうやすやすとチャンスを溝に捨てられんだろう。
俺なんか疫病神なんだから、早く、早く、切っちまえばいいのに!
(あんたが一言いらないって言ってくれたら……)
俺は、喜んで歌を捨てる。消えろって言ってくれたら、喜んでいなくなるのに。
(俺の声が好きだって、奈義、言ってくれたけど)
それだけを頼りに、奈義に追いつくために頑張ってきたつもりだったけど、俺はやっぱりダメかもしんない。
どうしても、奈義のレベルには追いつけない。必然的に俺のレベルに合わせられた曲は、奈義のギターが光らないくらいくだらない曲ばかりだった。
天才な奈義とは違って、俺は凡人だ。でも努力だけはしてきた。してきた、つもりだった。
奈義と一緒にいるためには、努力はし続けなければならなかった。
「……頑張りすぎちまったのかな、俺」
誰に言うでもなく呟いてみる。
「……疲れちゃった」
馬鹿で無力で才能もないのに、奈義の隣にいたいってだけのわがままで、ここまでやってきたけど。
────ここらが潮時なのかもしれない。
今までいいかげんに生きてきたけど、奈義とジゼル組んでからの四年間は違った。俺に歌うことの楽しさとか、音楽のすごさを教えてくれたのは奈義だったし、あの時、土屋真幸の音がきっかけで奈義と出会って、よかったとも思う。
でも、奈義は?
もしかしたら、俺と会って、貧乏くじ引いたって思ってたら、どうしよう。
(……奈義)
いつか。そう、いつかは離れ離れになって、最終的に奈義はソロで売れるだろう。
売れるために俺が奈義の隣にいちゃだめなことはわかってる。
(でも)
俺が、世界中で一番初めに奈義の音楽を聞いてたい。
孤独で。
力強く。
胸に染みる、ギター。
技巧だけじゃなく、
魂がそこにある。
なによりも、俺は奈義が好きなんだろう。
奈義のギターが。
音楽に真正面から向き合う姿勢が。
がむしゃらに、貫く魂が。
苛烈な光に目を閉じるみたいに、時々、顔を背けなきゃ隣にいられないけど。
(好き)
骨張った指先。長くて、武骨なその指から、生まれる音。
はじめて奈義のギターを聞いた時、体が震えて死にそうになった。
(あんたの音には、俺以外の声が一番合うんだろうけど)
そこまで考えて、頭を振る。今更、なにを考えてるんだ。俺は。
飲みなれないアルコールのせいでこんなことを考えてしまうんだろう。
早く、アルコールを飛ばしてまともな思考回路を取り戻さないと。
リビングから戻って、少しは眠ろうとベッドに潜り込む。矢先、暗闇の中で何かが光った。
見ると、サイドテーブルに投げ出したままのスマホの着信ランプの青い光が点滅している。
サイレントモードにしてあるので音が鳴らない携帯を開くとマネージャーからの着信だった。こんな時間に珍しいと思っていると、俺が出る前に電話は切れてしまった。
なんとなく、用件が気にはなったが俺からかけるのも面倒だったしとにかく眠くて電話掛け直すのは起きてからでいいだろ、と俺は目を閉じた。
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