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崖っぷち、あるいは悪足掻きする大人とガキ。
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崖っぷち、あるいは悪足掻きする大人とガキ。
────────────────
♯
あんたの音に俺を重ねて。
いつか。
あれを、越えていく。
♯
────シャウト。
吐き出す言葉とパトス。伝えたいんじゃなくて、伝われ。
なけなしの声で。
音を越えて届け。
(あんたを)
喉が潰れても届くならそれでいい。後悔なんかしない。
(越えたい)
ただそれだけの不純な動機で俺が歌い続けるだけの話。
「俺不思議なんだけどよォ」
フリータイム数百円の駅前の安いカラオケ。俺たちのスタジオはいつもここで。持ち込んだアコギ腕に抱えたまま奈義が不揃いな顎鬚を指先でいじる。俺は人の持ち歌を歌いながら目だけ奈義に向ける。
「なんでコピーで満足してんの、お前」
生気のないタレ目。こけた頬。それはたんに奈義の不精だ。一日一食で生活費を切り詰め音楽に金を注ぎ込んでいるのだ。俺も似たようなもので、俺たち二人して音楽にすがりついてようやく生きてる。
「……満足なんかしてないよ」
マイクのスイッチを乱暴に切り、中途に開かれた歌本の上に押しつける。部屋中にあの人のベース、切り付けるみたいな尖った音が広がる。嘘嘘。こんなの本物じゃないって理解してるけどメロディラインむちゃくちゃに良すぎて、誰の音でも気持ちよくなっちゃうのは仕方がない。
だいたいこのカラオケ屋は防音を謳っておきながら、部屋の壁が薄い。だから安いのだろうが、右隣りからはひっきりなしに若い女の声がしているし、左隣からは野太い演歌が聞こえるのはさすがにひどい。それをかき消すために高くした音量はびりびりと俺の肌と鼓膜を震わせる。
あの人の作った音がどっと押し寄せる。
その感覚が俺は好きで、同じ曲をすでに四度も流していた。奈義は付き合いでいるだけで、もっぱら歌うのは俺だ。売れないデュオバンド、《ジゼル》のボーカルだし。
でも、いつもは俺が歌うのを目を細めて見ているだけの奈義がこうしてなにか言い出すのは珍しいことだった。
「カラオケでコピー以外になにすんだよ。自分の歌もカラオケマシンにろくに入らないようなやつがさ」
自嘲しながらウーロン茶を喉に流し込む。
「メジャーデビューしてもう二年だぜ? 出した曲はたった三曲でオリコン最高は三十八位。次ヒット無しなら契約解除の勧告受けて……あんたからはコピーで満足か、だもんな」
「ナル……」
「奈義はいいよな。クビ切られても昔みたいにどっかのバックギター弾きに戻ればいいんだし! 俺なんか潰しきかないからさ、どっかのバックコーラスに拾われたら儲けもんだけど」
「ナル」
「だいたい俺がプロになるって時点でおかしいと思ってたんだ。やってけるわけないって。なのにあんたが俺を無理やりこの世界に連れ込んだんだろ!」
「────鳴海」
低い、奈義の声が咎めるように俺の名を呼ぶ。あの日、俺をこの世界に引きずり込んだときのように。
「売れないのは俺たちに原因があるんだろう?」
悔しさにうぐ、と声を詰まらせる。
八つ当たりなのは重々わかってた。俺と組むまではフリーでツアーのギタリストやってた奈義とは違って、俺にはもう、後がない。
次がラストチャンスだった。
契約切られたら、もうダメだ。再デビューがどれだけ厳しい世界なのかは、数年この業界に身を置いただけでわかる。
ひっきりなしに、歌は生まれて、売れない奴らは容赦なく切り捨てられて、後釜はもう決まっている。
俺たちだって誰かを押しのけてデビューした。
なのに───俺は売れないのを自分のせいだと認めるのが怖かった。
「………じゃあさ、俺と奈義、どっちが悪いんだろうね」
「それを俺に言わせるのか」
表情をまったくのフラットにして感情を殺した声が刺さる。
皮膚の一ミリ下をナイフで削ぎ落とされる。
剥される。本性。見せつけられる。目の前に。
(待って。まだ隠して)
明るみの中にまだいられるほどじゃない。
アレはまだ、キツい。
まだ。
「くそみたいなプライドなんざ、恥だ」
静かに何度もその言葉を繰り返す。恥。恥恥恥。
そうだ。
「────俺の代わりなんか、すぐ見つかると思うよ?」
「────そうやって、いつまで逃げるつもりだ………鳴海」
言われなくても、わかってる。
悪いのは、俺だって────。
俺たちがまだ光を恐れていた頃。出会った頃。俺たちは音楽を殺そうと思っていた。そんなことできやしないのを知りながら、でも、やらなきゃ殺られると、思い込んでた。
あの時の、思い詰めたキツい光が奈義の目の中に揺れていた。
ねえ。俺たちは、いつの間にか、牙を折られて。
抗えない巨大な流れに右も左もわからないまま飲み込まれた。
売れるために誰かの歌を歌わされて結局売れないから切られるなんて不条理も甚だしいけど、契約振りかざされたら何も言えない。
────昔はこんなんじゃなかったのに。
あの人や、奈義と出会った頃は。
もっと自由で。
もっと楽しくて。
もっと────音楽に恋していたはずで。
崖っぷち、あるいは悪足掻きする大人とガキ。
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あんたの音に俺を重ねて。
いつか。
あれを、越えていく。
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────シャウト。
吐き出す言葉とパトス。伝えたいんじゃなくて、伝われ。
なけなしの声で。
音を越えて届け。
(あんたを)
喉が潰れても届くならそれでいい。後悔なんかしない。
(越えたい)
ただそれだけの不純な動機で俺が歌い続けるだけの話。
「俺不思議なんだけどよォ」
フリータイム数百円の駅前の安いカラオケ。俺たちのスタジオはいつもここで。持ち込んだアコギ腕に抱えたまま奈義が不揃いな顎鬚を指先でいじる。俺は人の持ち歌を歌いながら目だけ奈義に向ける。
「なんでコピーで満足してんの、お前」
生気のないタレ目。こけた頬。それはたんに奈義の不精だ。一日一食で生活費を切り詰め音楽に金を注ぎ込んでいるのだ。俺も似たようなもので、俺たち二人して音楽にすがりついてようやく生きてる。
「……満足なんかしてないよ」
マイクのスイッチを乱暴に切り、中途に開かれた歌本の上に押しつける。部屋中にあの人のベース、切り付けるみたいな尖った音が広がる。嘘嘘。こんなの本物じゃないって理解してるけどメロディラインむちゃくちゃに良すぎて、誰の音でも気持ちよくなっちゃうのは仕方がない。
だいたいこのカラオケ屋は防音を謳っておきながら、部屋の壁が薄い。だから安いのだろうが、右隣りからはひっきりなしに若い女の声がしているし、左隣からは野太い演歌が聞こえるのはさすがにひどい。それをかき消すために高くした音量はびりびりと俺の肌と鼓膜を震わせる。
あの人の作った音がどっと押し寄せる。
その感覚が俺は好きで、同じ曲をすでに四度も流していた。奈義は付き合いでいるだけで、もっぱら歌うのは俺だ。売れないデュオバンド、《ジゼル》のボーカルだし。
でも、いつもは俺が歌うのを目を細めて見ているだけの奈義がこうしてなにか言い出すのは珍しいことだった。
「カラオケでコピー以外になにすんだよ。自分の歌もカラオケマシンにろくに入らないようなやつがさ」
自嘲しながらウーロン茶を喉に流し込む。
「メジャーデビューしてもう二年だぜ? 出した曲はたった三曲でオリコン最高は三十八位。次ヒット無しなら契約解除の勧告受けて……あんたからはコピーで満足か、だもんな」
「ナル……」
「奈義はいいよな。クビ切られても昔みたいにどっかのバックギター弾きに戻ればいいんだし! 俺なんか潰しきかないからさ、どっかのバックコーラスに拾われたら儲けもんだけど」
「ナル」
「だいたい俺がプロになるって時点でおかしいと思ってたんだ。やってけるわけないって。なのにあんたが俺を無理やりこの世界に連れ込んだんだろ!」
「────鳴海」
低い、奈義の声が咎めるように俺の名を呼ぶ。あの日、俺をこの世界に引きずり込んだときのように。
「売れないのは俺たちに原因があるんだろう?」
悔しさにうぐ、と声を詰まらせる。
八つ当たりなのは重々わかってた。俺と組むまではフリーでツアーのギタリストやってた奈義とは違って、俺にはもう、後がない。
次がラストチャンスだった。
契約切られたら、もうダメだ。再デビューがどれだけ厳しい世界なのかは、数年この業界に身を置いただけでわかる。
ひっきりなしに、歌は生まれて、売れない奴らは容赦なく切り捨てられて、後釜はもう決まっている。
俺たちだって誰かを押しのけてデビューした。
なのに───俺は売れないのを自分のせいだと認めるのが怖かった。
「………じゃあさ、俺と奈義、どっちが悪いんだろうね」
「それを俺に言わせるのか」
表情をまったくのフラットにして感情を殺した声が刺さる。
皮膚の一ミリ下をナイフで削ぎ落とされる。
剥される。本性。見せつけられる。目の前に。
(待って。まだ隠して)
明るみの中にまだいられるほどじゃない。
アレはまだ、キツい。
まだ。
「くそみたいなプライドなんざ、恥だ」
静かに何度もその言葉を繰り返す。恥。恥恥恥。
そうだ。
「────俺の代わりなんか、すぐ見つかると思うよ?」
「────そうやって、いつまで逃げるつもりだ………鳴海」
言われなくても、わかってる。
悪いのは、俺だって────。
俺たちがまだ光を恐れていた頃。出会った頃。俺たちは音楽を殺そうと思っていた。そんなことできやしないのを知りながら、でも、やらなきゃ殺られると、思い込んでた。
あの時の、思い詰めたキツい光が奈義の目の中に揺れていた。
ねえ。俺たちは、いつの間にか、牙を折られて。
抗えない巨大な流れに右も左もわからないまま飲み込まれた。
売れるために誰かの歌を歌わされて結局売れないから切られるなんて不条理も甚だしいけど、契約振りかざされたら何も言えない。
────昔はこんなんじゃなかったのに。
あの人や、奈義と出会った頃は。
もっと自由で。
もっと楽しくて。
もっと────音楽に恋していたはずで。
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