おじょうさまとごえい

ハフリド

文字の大きさ
上 下
2 / 22

2. 護衛任務、屋上にて

しおりを挟む
「あー、それは災難だったね」

屋上で那由の話を聞いた小柄な少女は柵に身体を預けながら足を遊ばせた。

「素直に、『なんて光栄なのかしら、由貴子さまにお声を掛けていただけるなんて! 嬉しくて気を失いそうですわ!』とか言っておけば、その場でただの同級生Aに戻ることができたのに」

「正解を教えていただけて感謝します。ぜひ実践したいので、時間を巻き戻していただけませんか」

あいにく知り合いにタイムマシンを持っている人はいなくてね、と小柄な少女はまた足を遊ばせた。

「そうだ。由貴子さまご本人に頼んでみれば? もしかしたら叶えてもらえるかも」

那由はため息をつくと、食べ終えた弁当箱にふたをした。手早く包み、小柄な少女と場所を変わる。

美和みわさんは、由貴子さまとお話したことはあるのですか?」

「あいさつ程度はね。でも、それだけ。存在を認識されているかは怪しいかな。お屋敷の一侍女としても、同じ学校の先輩としても」

那由の顔に浮かんだ表情を見て、美和は肩をすくめた。

「自分が興味を持つ――というか、自分が存在を認識するものを選ぶことができる。それが許されるのが由貴子さまなの」

そしてね、と代わって休憩に入った美和は自分のお弁当箱を開けた。

「那由はその由貴子さまから一緒に帰るように誘われたの。断るという選択肢はないわ。逃げるという行動をとることはできるけれども、それをすれば一週間もしないであなたはこの学校を追い出されるわよ」

「由貴子さま、そんなことをするんですか?」

「するのは取り巻き。由貴子さまの視界から不快なものを取り除くことこそ我が使命……みたいになっている子が何人もいるからね」

弁当を食べながら美和がためいきをついた。

「なんというドS集団……」

「ドMじゃないかな? 由貴子さまの一挙手一投足からその内心を推し量り、そして勝手に行動する。上手くいっても褒められはせず、下手をうてば一顧だにせず捨てられる。それでも由貴子さまが自分を見てくれたという喜びに震えるような連中だよ」

「本当に女王様なんですね」

那由はため息と共に足元に目を落とした。折りたたまれた長傘が愛想なく転がっている。空は晴天。そして今日の降水確率はゼロ。

にもかかわらず、那由はそれを手に取った。

「手伝おうか?」

いえ、と美和の言葉に首を振ると、那由は宙をにらんだ。

子供が遊びで傘を銃に見立てるようにそれを構えた。持ち手に指を滑らせる。そこに引き金があるかのように、人差し指が虚空に掛かる。

傘先がとある木の先端に向けられた。
那由の指が動いた。

次の瞬間、狙いの先にあった空間がわずかに歪んだ。一瞬跳ねるように揺れ、そしてただの空気に戻る。

「お見事」

美和は端末を取り出した。自分たちの雇い主に報告する。

「美和です。いま那由が一体駆除しました。場所は、巳ノ八―二一ノ九一四三。かなり薄いので、必要ないとは思いますが、回収するのであれば、乙以上の方を派遣してください」

報告を終えると、美和は那由の横に立った。

「あいかわらず、よくわからない能力ね、あんたのそれ」

「本当に。なんでできるんでしょうね、こんなこと」

傘を下ろすと那由は頭をかいた。

「まあいいじゃない。それができるおかげで、那由は学校に通えるし、お金も貰えるのだから。仕事の中身と釣り合うかどうかは微妙だけれども、割はいいよ、この仕事。普通の高校生が稼げる額より桁が一つ多いのだから。だから――」

美和は那由の胸を軽くたたいた。

「退学しないようにがんばりなさい。とりあえず、今日は由貴子さまと一緒に帰るのね」

那由はため息をつき、しぶしぶとうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

織りなす楓の錦のままに

秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。 期間中に連載終了させたいです。させます。 幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は 奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。 だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ 行きがかり上、彼を買ってしまう。 サラームは色々ワケアリのようで……?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

臓物爆裂残虐的女子スプラッターガール蛇

フブスグル湖の悪魔
キャラ文芸
体の6割強を蛭と触手と蟲と肉塊で構成されており出来た傷口から、赤と緑のストライプ柄の触手やら鎌を生やせたり体を改造させたりバットを取り出したりすることの出来るスプラッターガール(命名私)である、間宮蛭子こと、スプラッターガール蛇が非生産的に過ごす日々を荒れ気味な文章で書いた臓物炸裂スプラッタ系日常小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...